表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

32/41

予測不能な救出劇 前


 森を駆け抜けながら、ゆきはいつもとは違う感覚に戸惑いつつも、不思議な高揚感を感じていた。


 速い……!


 足場の悪い道のはずなのに、足取りは軽く体の重さを一切感じない。まるで、宙に浮くような感覚だった。息が弾むこともなく、足への疲労も感じない。

 それどころか、身体中で活力が湧いてくるような、走れば走るほど元気になっていくような感覚さえあった。


 その速さは胡月に匹敵するどころか、術を使わなければ胡月以上だっただろう。それほどまでに、胡月の妖力はゆきの中にうまく溶け込み、そして、その器に相応しいほどに増幅されていた。


 山を一直線に駆け抜けると、ゆきの目に見えていた煙が一際濃く漂っている場所を見つけた。


「あそこ……っ!あそこに、亜希さんがいる!」


 崖の下を指差し、直感的にそう叫んだゆきに、胡月の表情は険しくなる。それもそのはず、そこは人里と妖の世界の境目でありながらも、人の目では見つけるのとのできない魔の場所だった。妖怪の世界へと人の生命力は吸い取られ、姿形もなく消えてしまう。神隠しが生じるのは、いつもこんな狭間の世界だった。


 アダンらは彼らの存在を知った亜希を、みすみす人間の世に逃すつもりはなかったのだ。自身の手は汚さず、妖の理にその役割を担わせる、どこまでも外道なやつらだった。


「急ぐぞ!」


 胡月はゆきを抱き抱えると、そのまま崖を飛び降りる。崖の下には、大木に横たわるように亜希が横たわっていた。その顔は青く、苦痛で歪んでいた。


「亜希さん……!」


 慌てて駆け寄ろうとするゆきを胡月が遮る。飛び出そうとする体が、その腕に引き留められ、カクンと身体が倒れ込みそうになる。


「離して!」


 どうして邪魔をするのか、ゆきは憤りをあらわにしながら胡月の手を振り払おうとする。

 しかし、胡月の手は力強く、一歩も引こうとしない。


「待て、今のお前は人間には毒だ」


 言葉の意味がわからない。ゆきがその場に立ち止まったのを確かめて、胡月が続ける。


「今、お前には俺の妖力が入っている上に、その力を抑える術もない。人間にとって、妖力はその生命力を奪いかねない、強力な力なんだ……。お前も親父の妖力に当てられたことがあるだろ?」


 胡月の言葉にゆきは息を呑んだ。

 ゆきは九鬼家に来た当初、酒呑の妖力に当てられ、倒れかけた。その時に、身をもって妖力の恐ろしさを体験していた。


 目の前に亜希がいる、手を伸ばせば届くはずなのに。それなのに、そばに寄れないもどかしさに、ゆきは歯痒く下唇を噛んだ。


「お前はここにいろ」


 そう言うと、胡月は亜希のそばに近づこうとして、何かに気づいたのか「嘘だろ……っ!」と声を荒げる。


「週数は?!」


 緊迫した声にゆきは身を縮める。ぱちぱちと、瞬きをするゆきに、胡月は声を荒げる。


「腹に子がいるんだろう?!何週になる?!」


 胡月の言葉にゆきは慌てて計算をする。


「えっと……38週くらいかな」


 ゆきが家を出たのが、臨月まであと1ヶ月だからそれくらいだろう。それがどうしたの、とゆきが聞くと胡月はおもむろにゆきをひっぱる。

 胡月はそのまま亜希のそばに行くつもりのようだ。


「近づいたらダメなんじゃないの?」


 先ほどと立場が逆転し、今度はゆきが胡月の手を遮った。


「人間ならば、そうだ。でも、腹の子はお前と同じ先祖返りだ」


 木の葉が風に揺れ、擦れる音の中、はっきりと胡月の言葉が耳の中にこだまする。

 

 私と同じ、先祖返り?


 胡月はそう言ったものの、少し考え、「いや、違うな」と独りごちた。そして、顔をあげゆきをまっすぐに見据える。


「腹の子は、妖だ。母親を守るために、妖力で結界を作っている」


 胡月が亜希のそばに手を伸ばすと、パチっという音がした。目を凝らすと亜希の周りに霧のようなものがその体を取り巻くように漂っていた。


「子の生存本能だろうな……。だが、赤子の身には負担が大きすぎる。このままでは、子の命が危ない」


「そんな……っ!」


 ゆきは近寄れるギリギリのところで、亜希とその霧を生み出しているお腹の中の子を見つめる。ゆきの目に、小さな線香花火の火花のようなものが、亜希の腹あたりで弾けているのが見えた。

 ここまで頼りにしてきた、亜希の気配によく似たそれは、腹の子の妖力なのだと、ゆきは何となく察した。


 ほのかにオレンジ色を帯びた黄色い光。

 淡い光を放つその火花は今にも燃え尽きてしまいそうなほど、弱く儚いものだった。


「ねえ!何か手はないの?!」


 縋るようなゆきの声に、胡月は「ある」と短く答えると、ゆきの手を掴む。そして、その手を亜希を包む結界に触れさせた。


 パチパチっと炭酸が弾けるような、小さな刺激が手のひらに生じた。


「いいか、今から結界の中に入る。今から生じる感覚に抗うな、ただ受け入れろ」


 真剣な面持ちで、胡月が告げた内容はあまりにも曖昧すぎた。どういうことなのか。その言葉の意味が、全くもって理解できなかったが、胡月に説明する気はないようだ。


 ゆきがどういうことかと、口を開くよりも前に、2人は赤子の結界の中に飛び込んでいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ