不可能の、可能性
ーーーゆき、お前が気配を辿るんだ。
予想だにしなかった、その言葉にゆきは思考停止して固まってしまう。
「私が、気配を辿る?どういうこと?」
ゆきは先祖返りと言われているが、その感覚は全くもってなく、胡月らのような妖力もなければ、術と呼ばれるものを使えるわけでもない。
先祖返り、と名のつけられた、ただの人間なのだ。行方不明の人を探す、超能力のようなものをゆきが持ち合わせているはずがなかった。
あまりにも突拍子のない言葉に、ゆきが困惑していると、胡月が「これしか、方法はない」とさらに追い詰めてくる。その顔はあまりにも真剣で、胡月が冗談を言っているようにも、現実逃避をしているようにも、とても思えなかった。
「今から、俺の妖力をお前に移す。よく知った人の気なら、その痕跡がなくても匂いがするはずだ」
「妖力を移すって……」
「もう、考えている余裕はないんだ。もし、妖力に満ちた場所に半日以上も放置されていれば、人間じゃ耐えきれない!」
語尾を荒げて胡月がゆきに迫る。
残された猶予はない。一刻も早く、亜希を探し出さねばいけない。
ゆきの実の母が亡くなった後、悲しさに塞ぎ込んだゆき。そんなゆきの心を慮ってそばに寄り添い、ゆきが手を伸ばすのをずっと待ってくれていた。少しずつ、少しずつ。ゆきの心が亜希を受け入れられるまで、辛抱強く、いつも変わらぬ広い懐でゆきを向かい入れてくれた。
そんな、優しくて大好きな亜希のことを救えるのならば、ゆきはどんなことだって厭わない。
「わかった、やる」
ゆきは決心して、顔を上げた。
力強い双眸が、胡月のそれと真正面からぶつかる。
胡月はゆきの問いに小さく頷くと、そのままゆきの襟元を徐に引き寄せた。そして、それは一瞬の出来事だった。
「ーーーっ!!」
焦点が合わないほど近づいた顔に、頬を掠めた吐息、そして、次の瞬間に触れた、唇に柔らかな温もり。それが、キスだと気づくまでにゆきの脳は時間を要した。
何で、胡月とキスしているのか?一体、何が起こっているのか。
意味がわからず、反射的に平手打ちが飛びかけるが、すんでのところで胡月に阻止される。宙に浮いた手が胡月の手によって自由を奪われ、行き場を失った。
そのまま、慌ててもう片方の手で胡月を押しのけようとするも、服ごとゆきを引き寄せた手は力強く、びくともしない。
何が起こっているのか、ゆきは理解できないままパニックに陥っているが、胡月はそんなことはお構いなしでうっすらと唇を開いた。深くなる口付けに怖くなったゆきが口を強く閉じようとするも、その甲斐空く、何がゆきの口の中に侵入してくる。
しかし、それはゆきが想像したものではなかった。胡月の口から侵入して来たのは、何か温かな液体のような空気のような、何とも言えない不思議なものだった。
何を食べさせようとしているのか、怖くなり舌で押し留めようとするも、それはゆきの意識を無視してゆきの喉元を下り、腹へと落ちてくる。
腹へ落ちきった、そうゆきが感じると、胡月の唇がゆっくりと離れていった。
そして、腹の底に溜まった温もりが全身へと溶けていくのをゆきは感じた。何が起こったのか、胡月に問い詰めようとゆきが口を開こうとした。しかし、その言葉を口にする前に、脱力した胡月がゆきの胸元へ倒れ込んできて、慌ててその体を抱き止める。
「ちょっと!何?!どうしたの?!」
状況が理解できないままパニックになるゆき。そんなゆきを無視して、胡月は「早く探せ」と不機嫌そうな声を漏らした。
「探せって……え?」
ゆきの目の前に、細い煙のような粒子が森の中にまっすぐに伸びていた。そして、何故だかわからないが、それが亜希のものだと、直感がゆきにそう告げていた。
「いる!森の奥に、亜希さんがいる!」
ゆきの声に、胡月が安堵したのがわかった。
ゆきの体は受け取った妖力をしっかりと使えていた。妖力移しが、成功したのだ。
胡月は、ことの成り行きを不思議そうに見ていた海に、「家で式神と待っていてくれ」と頼む。真剣な面持ちの胡月に、海は幼いながらも事の重大さが理解できたのだろう、わがままを言うこともなくこくりと頷く。そして、胡月が取り出した式神を両手で持って部屋の中に入って行った。
胡月はそのままゆきの手を取り、立ち上がらせる。
「行くぞ!」
胡月の言葉に、ゆきは強く頷く。
走り出した2人は、瞬く間に暗い森の中にその姿を消した。




