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訪れる危機


 ものすごい速度で陸まで辿り着いたゆきらは、小さな港に降り立った。ゆきの村から九鬼家の敷地を通って、ちょうど反対側に位置する村だった。人気はなく、夜も遅いことから、家の明かりは消えていて、遠くに光る灯台の光が淡く海岸を照らしていた。

 それでも、巨大化した海を目撃されたら大騒動になる、と胡月の術によって風を起こし早急に海を乾かす。

 水分が乾いていくにつれて、どんどん萎んでいき、すぐにサッカーボールくらいの大きさにまで縮んだ。


 幸い、人気は全くない。胡月がゆきと海を担ぐと、そのまま、ゆきが困惑する暇もなく、地面を強く蹴った胡月は民家の屋根を飛びのる。そしてそのまま、走るように屋根の間を飛び移っていく。


 目下に屋根が見えるという、なんとも奇妙な体験にゆきはただひたすら、振り落とされないように胡月にしがみつくしかできなかった。まるで空を飛んでいるかのような体験に、海はご機嫌な様子で歓声を上げている。

 海にとってはジェットコースターのようなアトラクションなのだろうが、実際は民家の少ない村は星々が美しく、まるで星空を歩いているようなロマンティックな風景だった。

 こんな状況でなければ、楽しい夜空の散歩となったかもしれないが、今はそれどころではない。早く、亜希と会った場所に行かなければと、焦る気持ちが胡月をさらに加速させた。

 集落を抜け、山に入ると今度は枝から枝へと飛び移りながら移動する。ゆきは振り落とされないようにしがみつきながらも、どこかで亜希が倒れていないか注意深く周囲を見渡す。胡月のスピードの元では目にする風景がすぐさま立ち替わり、じっくりと探す隙はなかったが、それでも、人影らしきものは見つからなかった。


 そうこうしている間に、胡月らが九鬼家の屋敷に到着した。胡月はあがる息をなんとか抑え込みながら、ゆきを先頭に亜希と最後にあった場所へと駆けていく。

 力の入らない膝を何とか奮い立たせて、前へ前へと、ひたすらに動かす。家の中を突っ切って、ゆきは緊張した面持ちのまま、裏口へ手をかけた。


「……いない」


 そこに亜希の姿はなく、そのことに落胆するべきなのか、はたまた、妖の世界にひとりで放置されていなかったことに安堵するべきなのか。ゆきはどう捉えていいのか分からなかったが、亜希の安否が分からずじまいで激しい焦燥感を覚えた。

 するとそこへ、1羽の烏が胡月目掛けて飛んできた。


「虎徹からだ」


 胡月はそう言うと、腕に烏を止まらせた。

 烏の胸元には真珠のような、丸い宝石のネックレスがかけられており、その真珠から雑音のような音が聞こえてくる。ラジオの周波数が合わない時のような雑音が、少しずつクリアな音へと波長を合わせていく。そして、雑音が消えたと同時に、虎徹の声がはっきりと聞こえて来た。


『兄さん、聞こえる?』


 その声に胡月が、ああ、と短く返事をすると、『よかった……』と安堵するような虎徹の声が返って来た。

 いつのまに、こんな術を使えるようになったのか。胡月が感心していると、後ろからよく知った声が聞こえて来た。


『胡月!亜希ちゃんはそこにいる?!』


「母さん?」


 次に聞こえて来た声は紛れもなく玉枝のもので、胡月は眉を寄せた。虎徹はゆきの実家に向かったはずなのに、なぜそこに玉枝がいるのか。

 胡月の疑問を感じとった玉枝が『そんなんはええねん!それより、亜希ちゃんは?!』とものすごい剣幕で捲し立てる。


「いや、いなかったが……虎徹、実家はどうだったんだ?」


『それが昼過ぎから姿が見えなくなったらしくて……さっきまで、ご家族と玉枝さんで探してたらしい』


「母さんがいるなら、そっちの匂いから気配を辿れないのか?」


『それが、途中で断たれてしもてて……多分、第三者が隠したんやと思う』


 胡月らのやりとりに、ゆきは真っ青になる。

 亜希は実家にいなかった上、探し出せていない。その事実が重くゆきにのしかかる。


「やっぱり、あの時私が見た亜希さんは本物で……あの人たちに亜希さんも攫われたんじゃ……」


 今にも泣き崩れそうなゆきを胡月が抱き止める。そして、その手に力を込めると、烏の真珠に向かって真剣な声で告げた。


「わかった。こっちから追ってみる。そっちから俺の居場所を探せるか?」


『多分、できると思う。ただ、探してる間は通信はできないかも……』


 申し訳なさげな虎徹の声に、胡月が「上出来だ、任せたぞ」というと、再び雑音が鳴り響いた。


「ねえ、こっちから追うって?匂い?っていいうの?ここから辿れそうなの?」


 縋るように胡月に見上げるゆきに、胡月は静かに首を横に振った。


「匂いは完璧に消されている。おそらく、アダンらの仕業だろう」


「そんな……」


 これじゃ、八方塞がりだ……。

 虎徹らに追えると言ったくせに、と恨めしい気持ちが湧き上がって来たが、それよりも完全なる喪失感がゆきを襲った。

 絶望的な状況にゆきは足の力が抜け、ぺたりと崩れるように地面に座り込んだ。力無く手に触れた土を握りしめる。どうして、あの時、亜希の手を取らなかったのか……、どうして、結界の中に引っ張り込まなかったのか……。どうすることもできない後悔が湧き上がってくる。


 そんなゆきに向かい合うように、胡月もその場にしゃがみ込む。そして、ゆきの両肩をしっかりと掴んで「だが、まだ手はある」と暗闇に沈んだ瞳に訴えかけた。その口が、次に紡いだのは予測もできない言葉だった。


「ゆき、お前が気配を辿るんだ」





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