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妖に、先祖返り…消化不良なのでもういいです

 胡月に続き、酒呑が部屋を出てすぐに、ゆきが入ってきた方の襖が勢いよく開かれた。力の入らないゆきは、座り込んだまま顔だけを音のする方へ向けると、真っ赤な着物を着た女の子が襖の前に立っていた。年は6歳くらいだろうか、キッズモデルのように端正で愛らしい顔立ちで、黒く長い髪が肩で揺れている。そして、ゆきをとらえて爛々と輝かやく大きな瞳は今にもこぼれ落ちそうである。


「海〜、父さんが大事な話をしてるから入っちゃダメだよ〜って、もう遅いか」


 突然の少女の来訪に驚き固まっていると、少女の後ろから少年がやってくる。185センチ以上ありそうな長身だが、細身な上に垂れ目で可愛らしい顔つきだからか、あまり威圧感がない。こちらの少年はスウェットに、ジーンズといったいかにもラフな出立ちである。海、と呼ばれた少女は、「パパいない!」と胸を逸らして部屋を指差した。


「あれ?父さんは?出て行っちゃった?早くない?」


 少年は室内に酒呑がいないことを不思議そうに首を傾げながらも、ゆきの顔を見るなりぎょっとした表情をした。


「えっ、大丈夫?もしかして父さん怒らせた?」


 少年は慌てて座布団をかき集め、ゆきを横たえる。少年の問いに、ゆきは曖昧に頷く。


 あれは、怒っていたのだろうか……。


 婚約解消という言葉を出したら空気は変わったな、とゆきは朧げな意識の中で思う。

 少年は押し入れから掛け布団を出してきて、ゆきにかけてやると、大袈裟にため息をついた。


「はぁ、あれほど、先祖返りは妖力に対して免疫がないから注意しろって言ったのに。これだから、力の強い妖怪は嫌になるよ」


 せっせと世話を焼きながら漏らした、少年の一言にゆきは首を傾げる。少年はそんなゆきの表情に気づかず、ぶつぶつと酒呑の傲慢さについて文句を漏らす。その中で、何度も出てきた、妖怪、先祖返り、というワードにゆきは堪えきれず、少年に問いかけた。


「あの……先祖返りってなんですか?それに、妖怪って?何の話をしてるんですか?」


 ゆきがそう口にした途端、少年の動きがぱたりと止まってしまった。そして、ゼンマイ人形のように、ぎこちなくゆきに向き合うと、「聞いてないの?」と問い返された。

 何のことかわからず、ゆきが首を傾げると少年は頭を抱えて、またもや大きなため息を漏らした。


「あのバカ親父……!自分の仕事ぐらい、てめぇでしろよ」


 少年がぶつぶつ文句を言っていると、横で大人しく座っていた少女……海がとことこと横になったゆきの顔の近くにやってくる。

 

「うみも、パパも大兄さまも、兄さまも、みんなようかい!お姉さんも、ようかい!だから、大兄さまとけっこん」


 にこにことご機嫌で話す海だが、ゆきは意味がわからず気が遠くなる。妖怪と、呼ばれるものたちのことは、知識としてはゆきも知っている。だが、あくまで空想上のことだ。現実にいるわけない。

 それに、目の前にいる少女はどこからどう見ても、人間の女の子だ。ここにいる少年だって、酒呑や胡月だってそうだ。人間の男性であり、少年たちである。それに、ゆきだってれっきとした人間である。それは揺るぎない事実である。


 おままごとの延長だろうと思い、海の奥にいる少年を見やると、少年は眉間を押さえながら「俺、めんどくさいの嫌なんだけど…」と文句を言いながら、海にお絵かき帳をとってくるように頼んだ。

 一体、何をするつもりなのだろうか?疑問に思うゆきをよそに、少年は「信じがたい話をすると思うけど、まずは何も言わずに聞いてほしい」と真剣な表情で口を開いた。


 「まず、俺たちのことだけど、あの子は海で、俺は虎徹。君の婚約者の胡月は、僕たちの兄に当たる人」


 虎徹は少し口籠もり、「信じられないと思うけど」と再度前置きをすると、自身の前髪をかきあげ、白い額を露わにした。


「僕たち家族は皆、妖怪なんだ」


 そういうと、真っ白な額から漆黒とツノが2本現れた。ゆきは突然のことに唖然とするも、目の前で出てきて、また消えていく角を目の当たりにし言葉を失った。信じ難いけど、これは現実なのだろうか、はたまた、夢なのだろうか。混乱するゆきをよそに、虎徹は話を続ける。


「これはほんの一部だけどね。俺は鬼に分類されるんだけど……ねぇ、妖怪自体は聞いたことあるでしょ?」


 虎徹の問いかけに、ゆきはこくんと頷く。


「聞いたことはあるけど、本当にいるとは思わなかったってところかな?まあ、僕たちも人間に見つからないように暮らしてきたからね」


 ちょうどそこへ、お絵描き帳とクレヨンを抱えて海が戻ってきた。虎徹は海からそれらを受け取ると、自身の膝の上に海を乗せて話を続ける。


「昔は妖怪の力も強くてさ、平安時代の陰陽師の話は有名でしょう?あそこあたりから、善良な妖怪はひっそり息を潜めて暮らしてきたわけ。

 最初は妖狐は妖狐と、鬼は鬼と……みたいに同種族間で生きながらえてきたんだけど、どんどん数が減ってきて、しかも人間同様、自由恋愛を訴えるものも出てきた。このままでは血が途絶えてしまうってことで、妖力のひきつがれる妖同士の結婚は認めようってなったわけ」


 虎徹がクレヨンで何やら絵を描き始める。画用紙の上には、可愛らしいタッチのイラストが並ぶ。1番上には赤鬼、その下には、狐、白鬼、そして目玉がぎょろっと目立つ黒い謎の生物が順に描かれる。


「これが父さんの、酒呑童子。それから、前妻である京都の九尾との間に産まれたのが兄さんの胡月、兄さんも九尾ね。それから、海坊主の後妻の間に生まれたのが僕と海。僕は一応鬼だけど、妖力は母に似てあまりないんだよね。反対に海は母さんと同じ海坊主だけど、妖力は父さんに匹敵するくらい強い」

 

 話がぶっ飛んでいて、ゆきは理解するのを半ば諦め、可愛らしいを描くな……とどうでもいいことを考えながら、とりあえず口を挟まずに話に耳を傾ける。ゆきの生きてきた世界とは全く世界の話をしているのだから、理解できなくとも無理はない。

 虎徹はそんなゆきにお構いなく、次々に説明を続ける。


「こんなふうに、力の強い家系の妖は、なんとか妖力を絶やさないように繋いでいったけど、妖力の強いもの同士の結婚はなかなか難しくて。母体の妖力よりも、力の弱い子ができると母親に吸収され消滅してしまう。反対に、力の強すぎる子が産まれると、母体の妖力を吸い取ってしまう」


 虎徹が海の頭を撫でる。その仕草で、力の強すぎる子とは海のことだろうと察するも、幼い海の前で、妖力を吸収された母親がどうなったのかは聞けなかった。


「妖同士の結婚でも、家を保っていったそんな時、君が現れた」


 虎徹は狐の横に、おかっぱの女の子を描く。

 予想外の話の中に、自身が登場しゆきは眉を顰める。


「妖怪であることを隠し、人間と交わっていったものの血筋に、稀に妖怪としての器をもつ、先祖返り、と呼ばれる存在が現れた。それが君。君のご先祖様には、座敷童子がいたのさ」


 先祖返り、ゆきがぽつりと呟くと、ふと幼い頃の母親の声が蘇ってくる。


ーーーゆきがお店にいると、お客さんがたくさんやってくるね。


 懐かしい記憶が、虎徹の話に結びつき、ゆきはざわめきを覚える。しかし、その動揺を虎徹は見逃さなかった。


「君が健康だと店が儲かる、反対に君にとって衝撃的でマイナスなことが起こると店の経営が傾く。心当たりあるだろう?」


 そう問われ、ゆきは母親が亡くなった年のことを思い出した。順調だった店の経営が、母の死の直後に一気に傾いた。でも、それはただの偶然…そう思っていたが、虎徹の金色に光る双眸がゆきの疑惑をより一層膨らませていく。

 ただ、虎徹にとってゆきを先祖返りだとわからせることが目的ではないので、不敵に笑うと「脱線をして悪かったね」と軌道修正する。


「先祖返りには僕ら生粋の妖怪ほどの妖力はないけど、母体としては僕ら妖怪よりも優れている。どんな妖力をもつ子を腹に宿そうが、人間と何ら変わらず産み育てることができる。普通の人間なら、子の妖力は消えていくことが多いけど、先祖返りは反対に子の妖力が増えていく。妖力を育てる器が先祖返りにはあるんだ。

 だから、先祖返りはいわば、妖と人間のいいとこ取りしたハイブリッドみたいな感じかな。しかも、座敷童子と来たもんだ。妖界の救世主ってところかな?」


 ゆきは、ふと先ほどの酒呑との会話を思い出す。


「この婚姻は、おじいちゃん達のなりゆきじゃないってこと?」


 酒呑がゆきと胡月の婚約を解消するつもりがないのは、単におじいちゃんとの約束だからってわけではないのだ。それに、おじいちゃんと酒呑が友人ってことも怪しい。そもそも、胡月の父が酒呑だというのだから、聞いていた話と矛盾している。

 ゆきの疑問に、虎徹は「そうだね。君が何で聞いていたから知らないけど」と付け加える。


「人間界に座敷童子の先祖返りが生まれたって聞いて、父さん飛んで行ったから。あらゆる手を使って、妖力の込められた誓いを立てさせられたんだろう」


 虎徹の言葉に、昨日浴びた電流のようなものを思い出す。妖力を込めたと言っていたから、あの電流はそれによるものなのだろう。

 ゆきは上半身を起こし、縋るような思いで、虎徹に問いかける。


「どうしたらその誓いは解けるの?婚約破棄はできないの?」


 切望するゆきに、虎徹は「兄さん嫌われてるじゃん」とカラカラと笑う。腹立たしいが、今、ゆきが頼れるのはこの少年しかいない。

 まっすぐなゆきの視線に、虎徹は降参したように、笑いを引っ込めて真剣に考え始める。


「父さんが契約主だから基本父さんしか解けないだろうね。あとは…父さんより強い妖怪に頼む、とかかな?けどまあ、日本中探しても父さんと同格はいても、それより強い妖はいないと思うから、望み薄かな」


 虎徹の言葉にゆきは肩を落とす。

 この話が全部本当だとすると、ゆきと胡月が婚約破棄した際、酒呑側にはデメリットしかない。酒呑側に、ゆきが嫁入りする以上のメリットがないと、婚約破棄は難しいだろう。

 

 ゆきが難しい顔をして悩んでいると、虎徹の膝の上から海が抜け出し、ゆきの膝の上に飛び込んできた。そして、ころころと無垢な明るい笑顔でゆきに問いかける。


「おねえさん、お名前は?わたしはねー、うみっていうの」


 そこで初めて、ゆきは2人に名乗っていなかったことを思い出した。改めて海に、そして、その後ろの虎徹に向き合い、ゆきはゆっくりと頭を下げた。


「倉敷ゆきと言います。よろしくね」


 とりあえず、今は悩んでも仕方がない。解決策を探すべく、まずはこの人たちのことを知っていこう。ゆきはそう決意した。

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