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身を削る


 カハッと赤い血を吐き、酒呑がゼーゼーと肩で息をする。エドモンドは嘲笑を交えて、酒呑の腹の奥深くへと、爪を深く食い込ませた。

 酒呑の腹から、エドモンドの爪をつたい真っ赤な血が流れていく。白い月に照らされ、その赤が異様なほどの存在感を放っていた。


 虎徹の叫び声が酒呑の耳に届いた、気がした。


「もっと強いかと思っていましたが……鬼の当主も大したことありませんね」


 勝利を確信し、冷静さを取り戻したのかエドモンドは人間に近い顔つきで満足そうにそう呟く。自身の強さを自覚していなかった訳ではないが、あまりにもあっけなく勝敗のついた闘いに、その口ぶりにはやや口惜しさも混じっていた。


 酒呑は消え去ってしまいそうな、掠れた声で「ほう……わしもみくびられたものだな」と小さく笑った。


 死に際の敗者のものにしては、あまりにも自信家な態度にエドモンドはますます嫌悪感を覚えた。


「負け惜しみですか?はっ!穢らわしい」


 そう吐き捨てると、再び月の力を集め始める。眩い光がエドモンドを包み込んでいくのを、虎徹には父へ訪れたあの世へのお迎えのように見えて、訳もわからず叫び出す。


「これで、おしまいです……!」


 そう、エドモンドが光の球を振り翳そうとした、その瞬間だった。


「おしまいは、お前だ……っ!」


 酒呑のその言葉を皮切りに、大鴉天狗が札を取り出してエドモンドに投げつける。背後からの攻撃に気づいたエドモンドが身を翻そうとした、次の瞬間、酒呑の腹を刺していた手が急に手応えを失い、その身のバランスを崩した。


「う、嘘だろ……!」


 虎徹は目の前で繰り広げられている、信じられない光景に釘付けになる。


「な、なんだ!?うっ……はなせ!!」


 腹に大きな傷を負ったはずの酒呑の腹が、瓶のような形になって、いや、その腹の真ん中にぽっかりと大きな穴を開けて、エドモンドを引き摺り込んでいるのだ。

 妖怪がその身の中へ妖怪を取り込んでいる、そうとしか言い難い奇妙な光景に、虎徹は言葉を失った。


 大鴉天狗は何ら動揺する様子もなく、次々と札をエドモンドに向けて投げつける。それは瞬く間に網のような形状となり、エドモンドが酒呑の腹の中へ収まるように動きを制限して誘導していった。


「嘘だ!こんなもの……っ!」


 抵抗すればするほど、網は強く絡みつく。酒呑の腹を貫いていた手を抜こうとするも、強く絡みつき外すことができないどころか、酒呑の中へと誘われていく。


「どうしてだ?!なんなんだ!」


 形勢逆転、とんでもない状況に見舞われたエドモンドはパニックになり怒り狂う。酒呑の腹の外に出ているのは、もはや顔と取り込まれまいと踏ん張り続けている片足のみだった。


「何も策も持たずにそちらの陣地に乗り込むはずがなかろう」


 エドモンドの顔付近へと大鴉天狗が羽ばたき降りる。エドモンドの息の生臭に、虎徹は思わず鼻を塞いだ。

 大鴉天狗は懐から先ほどまでの札の、一回りほど大きな木製の札を取り出した。


「我ら鴉天狗はただ闇雲に山で修行しているわけじゃ、ないんじゃよ。我ら鴉天狗は妖界の警備隊、よからぬ道へ進んだ妖を封じるのも我らの仕事なんじゃよ」

 

 喚き散らすエドモンドを無視して、酒呑が腹のうちへうちへと、引き摺り飲み込んでいく。その、あまりの強力な力に足を滑らしたエドモンドにもはや逃げ道などない。


 酒呑は額に脂汗を滲ませながら、かろうじて見えているエドモンドの頭に向けて「観念するんだな」としたり顔で呟く。


「くそーーーーーっ!!」


 ぽちゃんっと闇の中で飛沫があがり、怒りの悲鳴ごと腹の中へ収めた。そして、酒呑の抱えた腹の闇に向かい、大鴉天狗が木札を投げつけた。

 木札が闇の手前で四方八方に広がり、その闇を塞ぐ。


 そこにはもう、先ほどまでの穴が嘘のように、普段の酒店の腹そのものだった。


 一部始終を見ていた虎徹は、理解が追いつかず、ぽかんと口を開けて2人を交互に見やる。


「ったく、むちゃをしよって」


 大鴉天狗が巨大化した酒呑のそばへ着地する。周囲の妖怪達はすっかり伸びている。おそらく、酒呑の妖力に飲み込まれてしまったのだろう。


「大鴉のじじいに頼み込んだ甲斐があったな」


 酒呑は刺された腹が痛むのか、はたまた、エドモンドを飲み込んだせいなのか、相変わらず顔色は悪い。

 

「ねえ、何が起こったの?あんな術初めて見たんだけど?」


 大鴉天狗の背中から降りて、虎徹が酒呑へ駆け寄る。見たところ、擦り傷はあるものの、致命傷となるはずだった腹の傷は塞がっている。

 

「お前に家を任せて、色々奔走した甲斐があったということだな。まあ、詳しい話は後でするとして、今はゆき殿だな」


 酒呑は甲板の奥、キャビンへ繋がる扉へ視線を向ける。そこには、ゆきを担いだアダンが立っていた。


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