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海に散りゆく

 エドモンドは腹立たしさを当たり散らすように、乱暴に自身が作った結界のかけらを薙ぎ倒していく。


 何でここがバレているんだ……!


 外に酒呑らの気配を察知したのも束の間、瞬く間に船を包んでいた結界が破られその膨大な船そのものが生身のまま海へ放り出された。

 自身の能力を怠っていたわけではない、身を隠すことに関しては、風を操る鴉天狗の力が上手だっただけのことである。


 西洋妖怪の圧力の元では、日本の妖怪の、それも力のある家のものは手出しできない、そう踏んでいたエドモンドの傲慢さが招いた結果と言えるかもしれない。まさか、日本最強の風の妖が政界から身を引いていて、その上で酒呑らにつくとは思いも寄らなかったのだ。

 エドモンドは看板にでると、空を睨み上げた。


 来る。


 妖力を隠す気がさらさらない、膨大なエネルギーが降ってくる。エドモンドは高笑いを響かせ、その身を巨大な狼へと変化させる。

 その体は体長3メートルほどに膨れ上がり、空から降ってくる刺客をその大きな爪で引き裂こうと振り上げた。そして、その爪が振り下げた、次の瞬間、ガンっという金属がぶつかる鈍い音が船の上に響き渡った。


 強い衝撃によって水飛沫が当たり一面を覆う。


 視界が遮られた中、エドモンドの太い爪が何かに弾き返され、獲物を捉えることが出来ず宙を舞ったことだけが、その手応えのなさから感じることが出来た。


 そして、その先にいる者の莫大な量の妖力の増幅に、エドモンドははらわたが煮え繰り返りそうになるほどの怒りを感じた。


 金棒の先には、体長2.5メートルほどの大きな黒い角を持つ赤鬼、酒呑が立っていた。


「ほう、でっかい犬っころが騒いでいると思ったら、エドモンド殿ではないか」


 酒呑の嘲笑にエドモンドの頭の血管が音を立てて切れたのがわかった。

 満月によって力を増したエドモンドは、その恩恵のみならず気のたった野生的な本能に支配されていく。


「そなたなど、八つ裂きにしてやる……!」


 理性を失ったエドモンドが、そのとんでもない体躯を振り回しながら、酒呑へと肉体攻撃を始めた。酒呑はその攻撃をかろうじて避けながら、体格差の大きな敵とのリーチの違いに、反撃に転じられず手をこまねいていた。


 船が止められた今、ここは日本の海域のまま。つまりは、エドモンド達がここで捕まれば、すべての計画がご破産になるどころか、国家侵略と見做されることは間違いなかった。


 今、ここで捕まるわけにはいかない。


 月へ向かい雄叫びをあげると、たちまちエドモンドを白い光が包み込む。そして、その光が球のようにエドモンドの手のひらに集まり、酒呑へ向かって投げつけられた。


 「むっ……!」


 あまりの豪速球に酒呑は体勢を崩してなんとか避ける。光の球が行き着いた先には、地中深くにぽっかりと穴が空いていた。


 狼人間であるエドモンドの、月の光を用いた攻撃に酒呑は固唾を飲む。満月の今日、彼の力は最高峰へと達していた。


 船の上に着弾すれば、敵味方もろとも海へ沈む捨て身の攻撃だった。ゆきの無事が確証できない今、船を壊すことはできない。

 立て続けに降ってくる光の球をなんとか海へと諌めながら、酒呑は船の上を逃げ回る。


「今度は鬼ごっこか?貴様など海の藻屑となれ!」


 酒呑が逃げ回っているばかりで反撃に講じられないのには訳があった。

 あまりに強い妖力はゆきの身に影響を及ぼすからだ。エドモンド達がどこまで把握しているかわからない。何らかの結界の中にいれば、彼らの妖力の影響をゆきが受けることはない。


 しかし、ゆきが結界の外へ放り出されていれば、ブラックアウトは免れない。酒呑は妖力を最小限に抑えた肉体攻撃に転ずるしかなかった。


 金棒を大きく振り回して、エドモンドに殴りかかる。光の球が酒呑の頬すれすれを掠め、じりりと熱を帯びた。


 こんなもの、擦り傷だ。主点はそのままエドモンドの懐に入り込むと、金棒を縦にして思いっきり突き上げた。

 微かに込めた妖力が酒呑の速度を上げ、エドモンドからの反撃を受ける前に飛び退く。


 うまく溝内に入り込んだようだ。エドモンドはカハッと胃の中のものを吐き出した。その中には同胞のものらしきものの残骸が、微かに顔をもたげていた。


「ずいぶんと暴れてくれたようだな」


 酒呑の怒りが頂点へと昇る。エドモンドは口に滲んだ血を大きな毛皮に包まれた手で拭う。そして、酒呑を挑発するようにニタァとよだれが垂れたままの汚い笑みを浮かべた。


 エドモンドらが酒呑らの領土で暴れていることは勘付いており阻止し続けてきたが、被害者は想定よりも多かったようだ。酒呑の頬が真紅へと染まり、額から3本目の角が生えてきた。

 酒呑にもう、理性は残っていなかった。



ーーー……


「チッ、あのバカ。妖力を解放しよって」


 大鴉天狗の舌打ちに、虎徹が「大丈夫」と応じる。


「アダンが妖力消しの術を欠けてるみたい。僕の言霊もこれ以上近づけない」


 虎徹は額に大粒の汗を浮かべながら、苦しそうに息を吐く。妖力がもともと少ない虎徹にとって、アダンの術を受けながらの言霊使いは、その身を削りかねない行為だった。


 そして、次の瞬間、パチンッと泡が弾けるように、言霊を捻り潰された。


「っ……!ちくしょう!」


 虎徹が新たな言霊を作ろうとするが、大鴉天狗の手に遮られる。


「それ以上は体に障る。それに、形勢逆転じゃよ」


 大鴉天狗が船上へと急降下を始める。吹き飛ばされそうなほどの向かい風を受けて、虎徹は大鴉天狗の肩にしがみつく。

 遮られた視界に映ったのは、長い爪を腹に受けた父の姿だった。


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