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追撃


「ねー、ほんとにこっちであってます?」


 日の沈んで暗い海の上を虎徹は蝙蝠の傀儡を抱え不安そうに漏らす。


「知らぬ。そなたのカーナビとやらが正しければこっちだ」


 ここは日本海の上。虎徹は巨大化した大鴉天狗の背に乗って空を飛んでいた。

 なぜこんな海の上を飛んでいるかと言うと、数時間前、虎徹が取り出してきた、カーナビことアダンの傀儡のためだ。玉枝のはった結界のおかげで、弱りきっていた傀儡だがなんとか妖力を辿れる状態で保存することができていた。


 話し合いの結果、空から追撃することになったのは、虎徹と大鴉天狗、そして、酒呑と彼らの使用人である黒服達であった。クロと呼ばれる黒服達は、その真の姿は鴉天狗であり大鴉天狗の孫であった。

 

 大柄な酒呑の腕を引っ張り上げるように、鴉天狗2人がかりで空を飛ぶ。大鴉天狗は風との相性が良い、微かな妖力を辿るには彼らの中で最も適していると言っても良い。

 もともとは虎徹が捉えたため、術を保持したまま持ち出すのは虎徹が適任ということで、恐れ多くも大鴉天狗の背に乗せてもらっている。しかし、それだけが理由ではないはずだ。


 虎徹は後ろに続く酒呑を眺めながら、大の大人の不毛なやり取りを思い出す。よくもまあ、酒呑は大鴉天狗に頼み込んだものだと感心するほどに、2人の相性は悪かったのだ。


 大男が、烏2人に支えられている様は、見ていて落ちないか不安になるが、それよりもまずは、ゆきを探し出さねばいけない。

 虎徹は心配事を振り切るように、黒光りする海へと目を凝らす。


「兄さん達よりも早く見つけないと」


 虎徹の言葉に大鴉天狗が頷く。


「わかっておる。奴の能力はできるだけ使いたくないからのぅ」


 大鴉天狗はそう言うと、空高く上昇しその鋭い目で暗闇の先を見据える。蝙蝠の傀儡が指し示す場所はすぐそこだ。


 後ろに続いているはずの、胡月らが到着するまでに奴等を見つけて、ゆきの居場所の目星をつけなければ。


 まさか兄さんが、あんなものを用意しているなんて……。


 虎徹は緊張で引き攣る顔を片手で覆いながら、最悪の事態にならないことを祈ることしかできない。歯痒い思いが虎徹の気持ちを焦らせる。


 背後を見やるともう虎徹達が飛び立った地は点のように小さくなっていた。

 大鴉天狗は速度を緩め下降を始める。そして、日本の領海近くで大鴉天狗はその速度を保ったまま旋回を始めた。


「みつけたぞ」


 大鴉天狗はある、海の一点を指差す。

 そこには、本来あるはずのない景色の歪みが生じていた。


「これは結界……?」


 胡月や玉枝のつくる結界と違い、作成者の妖力もその結界自体がもつ禍々しさも感じられない。しかし、たしかに生じている歪みからは、その空間に何かが隠されていることは明確だった。


「妖狐の結界は特殊じゃからな。あれは結界自体に術者の妖力を注ぎ込まれ続けなければならない。それゆえ、精度は高いが術者への負担が大きい」


 大鴉天狗は自身の羽を一枚抜くと、それを天へ向けて大きくひと仰ぎする。するとたちまち、黒い羽は白銀の小刀へと姿を変えた。


「やつらの結界は呪いのようなもの。一度作って仕舞えばそれきり、妖力は必要ない。妖力で辿れないゆえに隠しやすく、術者にとっての負担も少ないが……」


 大鴉天狗は小刀をまっすぐに、時空の歪みへと投げつける。まっすぐに飛んでいく小刀を目で追いながら、大鴉天狗は悪戯が成功した子どものようにニタッと顔に笑みを浮かべた。


「繋ぎ目からの攻撃には脆い」


 たちまち、結界が音を立てて砕け落ち、その身に隠していた物の姿を露見させた。

 そこには巨大客船とも言うべき、大きな船が北西へ向けて進んでいた。


「い、た……」


 本当に、奴らを見つけることが出来た。

 呆気に取られる虎徹をよそに、大鴉天狗は振り落とさんばかりの荒い飛行を始めた。結界が解けた途端、船から蝙蝠をはじめとする様々な傀儡や武器が彼らめがけ飛んできたからだ。


「じじい殿!なんでそう勝手に結界を解くのだ!これでは近づけぬだろう!」


 後ろから酒呑の怒鳴り声が飛んでくる。

 大鴉天狗は酒呑の発言を鼻で笑うと、「バカめ!」と酒呑に言い返してくる。


「一刻も早く結界を解かねば、奴らはまた姿を眩ますやもしれん!石橋を叩いて破るような真似をするお主とは違うんじゃよ!」


「なにをっ!じゃあ、この状況、どうやって近づいて相手を追い詰めるんだ!」


「はぁ?それを考えるのはお主らの役割じゃろ!」


 西洋妖怪達の攻撃を避けながら、酒呑と大鴉天狗の口喧嘩がヒートアップしていく。

 虎徹は振り落とされないように必死で大鴉天狗の翼にしがみつき、舌を噛みそうになりながら言霊を唱える。すると、虎徹の口から青い光の人魂のようなものがふわふわと出てきて、虎徹の周りを浮遊した。


 これは妖力の少ない虎徹が身につけた、小さな精霊のような存在を作り出す、彼ならではの術だ。海の精霊達に愛された海坊主の母親の血を引く、虎徹だからこそ使える言霊。それは皮肉にも、彼の母親が亡くなってからより強固なものとなったのだ。

 海の精霊が愛する妖は1人だけ、まるでそう言われているように、その日を境に虎徹は海の精霊からの寵愛を授かった。


 そして今、幸いにも彼の言霊と相性の良い、水の上にいる。彼の術が作用しやすい、絶好の場所だった。


 再度、虎徹が何かを唱えると、言霊達はふよふよと浮遊しながらその身を消す。虎徹が何かを唱え続けていると、ふいに船の動きが止まった。

 明らかに船上のもの達の空気が変わり、船の中では混乱が生じていた。


「船を止めました。今、ゆきさんの場所を探っています」


 虎徹の野太い声が響き、酒呑と大鴉天狗は口を止め虎徹の方に顔を向けた。そして、一瞬の沈黙も束の間、酒呑と大鴉天狗は「よくやった!」と声を揃えて歓声を上げた。


「虎徹!エドモンドの方はわしが引き受けよう!クロよ!船の上空でわしを降ろしてくれ!」


 酒呑はそう叫ぶと、クロ命じて船の上空へと近づく。


「クロ!近づかんでよいから、上空まで来たら話してやれ!」

 

 大鴉天狗の声を合図に、クロが2人同時に両手を話し酒呑を船の上へ放り投げた。その先には巨大な体躯のオオカミが酒呑を待ち構えていた。


「あっちがエドモンドということは……」


 虎徹は船の中で強固な妖力を放っている、もう一つの人影を探した。


「いた!けど……、まずい!ゆきさんのそばにアダンがいる!」


 言霊からの情報に虎徹は真っ青になる。

 この状況をいち早く察知していたアダンは、誰よりも早くゆきの元へ駆けつけていたのだ。虎徹はくそっ、と唇を噛む。

 混乱を招いている隙にゆきを連れ出す、もしくは、アダンとエドモンドの目を虎徹らに引きつけておく必要があったのだ。そうしなければ、妖力に弱いゆきを攻撃に巻き込んでしまう恐れがあったからだ。


 アダンは日本妖怪が居場所を突き止めることを、どこまで見越していたかはわからない。


 しかし、今、現状はアダンの方が一枚上手だったと言える。それは、人質を盾にされて脅されているもの同然だった。


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