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刻一刻と、迫る

 なぜ、彼がここに……?


 胡月らは驚いて言葉も出ない。それもそのはずである。妖界で重鎮にあたる立場であったにも関わらず、数十年前に忽然と姿を消した伝説の妖怪、それが大鴉天狗であったのだ。


「誰がおいぼれじゃい!もう政界からは手を引いたというのに、こんな面倒ごとに巻き込みおって」


 突風を起こしながら、大鴉天狗は地上へと降り立つ。その肩には胡月の元へやってきたのと似た烏が、大鴉天狗に甘えるように彼の首元へ頬擦りする。


「何故、天狗の大将がここに?」


 胡月が海らを庇うように、一歩前に出て酒呑と大鴉天狗にまっすぐな視線を向ける。目の前の男を脅威として捉えているのだろう、老人とはいえ圧倒的な妖力に全身の毛が逆立っていた。


 現代の日本は、南の鬼、京の妖狐、そして、北の烏の三強時代であり、それぞれが強固な妖力を持ち、妖界の均衡を保っている。


 そんな三家のうち、鬼と妖狐の血を引く胡月だからこそなのか、烏の圧倒的な妖力を、自身にはない最強の血として、感じ取っているのだ。

 そんな胡月の視線に、大鴉天狗が気づくと値踏みをするように、じっとりと胡月を眺めすかす。


「こやつが例の妖狐じゃな?どうせ血に甘んじておったのじゃろう。自分の花嫁くらいしっかり守れ」


 大鴉天狗からの叱責に、怒りの根が芽生えてくるのを、胡月は冷静さを装いながら必死で抑える。自身の未熟さは十分にわかっているし、それを指摘させるのはプライドの高い胡月には我慢できなかった。

 しかし、今言い返せば大鴉天狗は怒って帰っていくかもしれない。どういう訳でここにきたのかはわからないが、おそらく、何らかの打開策のために呼ばれたのだろう。ゆきを探す手は多い方がいい。


 胡月はそう自身の未熟さを飲み込むと、大鴉天狗に向けて頭を下げた。


「己の未熟さなのはわかっている。でも、今は一刻の猶予もない。大鴉天狗殿、手を貸して欲しい」


 頭を下げる胡月に、大鴉天狗はつまらなそうにフンッと鼻息を吐く。ただ文句が言いたかっただけのようで、素直に頭を下げられて虫の居どころが悪くなったらしい。消化不良の文句をぶつぶつと酒呑へぶつける。


「そもそも、何で西洋妖怪がこっちで暴れとるんじゃ。お主らの縄張りじゃろう?舐められた真似をしよって!日本妖怪の総力で潰せば良いではないか」


「妖怪の世も変わったんだ。世界戦争にならぬように、政界のやつらは手が出せんのだから、お主に頼むしかなかろう」

 

 宥めるように大鴉天狗の肩に手を置く酒呑に、大鴉天狗はまだ文句を言いたりないようだが、かろうじて口を閉じた。酒呑は胡月らに視線を移しニッと笑う。


「虎徹からの電報は聞いた。早く、ゆき殿を取り戻すとしよう。胡月、ゆき殿の居場所を教えてくれ」


 胡月の九尾としての耳に、信頼をおいている酒呑は何の疑念もなくそう言い放った。その瞬間、彼らの中に芽生えた、希望が音を立てて崩れ落ちた。

 胡月は俯き、唇を噛む。そのあまりにも苦々しい空気に、酒呑は失言だったと気づいたのか、目線で虎徹に説明を頼んだ。


「それが、痕跡が一切残っていなくて……」


 その言葉で胡月の苦々しい表情の訳がわかった酒呑は、んんっと咳払いをし慌てて「大丈夫だ!」と声を上げる。


「大鴉天狗殿の眷属達に探って貰えばすぐにわかるだろう!なあ!」


 そう振り向くと、大鴉天狗は静かに目を閉じた。話の流れから、何となく予想はできていたのだろう。全国の烏達と意識を通い合わせ、西洋の妖怪達の行方を追う。

 しばらく念を飛ばしていた大鴉天狗は、そっと目を開くと静かに首を振った。


「だめ、か……」


 酒呑がガックリと肩を落とす。


「どうやら、風や音を跳ね返す術をかけ撹乱しているようじゃ。巧妙な術すぎて、ちっとも綻びが見つからん」


 あまりにもあっけらかんとした言い草が、かえって痛快だ。大鴉天狗は、闇雲に探すしかなかろうが、それでは夜が明けてしまうじゃろうな、と胡月を見る。

 早くしないと、あいつらの領土へ連れ去られてしまう。時間の猶予は、もうないのだ。


 万事休す。お手上げ状態の皆に張り詰めた空気が流れる。


 なんとか、この状況を打破しなければいけない。


 はやる気持ちから胡月が闇雲にゆきを探そうと、妖術で飛んで行こうとするのを酒呑が腕を掴み抑える。


「親父、離せ!時間がないんだ!」


 荒れる胡月に、酒呑は静かな声で言い聞かせる。


「闇雲に探している余裕がないのはお前がよくわかってるだろう。何か策を練らねば……」


 まるで自分自身も諌めるように、酒呑は低い声でそう言い聞かせる。何か、彼らの行方のヒントとなるものを見つけ出さねば……二人は顔を伏せて黙り込む。

 そんな2人の間で、大鴉天狗は「奴らの毛か何かがあれば、妖力を辿れるのにのぅ」と間の伸びた声で羽を折り畳む。


「妖力を辿る……?」


 虎徹がその言葉を繰り返す。どこかで、そんな話を聞いたような……?


ーーーカーナビや!


 玉枝の声が脳内で弾けた。


「あー!あれってそう言うことか!」


 玉枝への恐怖のあまり、奥底に沈めていた記憶のかけらが光り輝く。


 突然の大声に、ポカンと虎徹を見つめるみんなの視線に、「ある!あったんだよ!」と虎徹は興奮しながら、例の場所へと走り出す。

 

 これで、ゆきさんを救えるかもしれない!


 よくわからないが、これにかけるしかない。皆が虎徹の後を急いで追う。

 彼らの元に、希望の光が一筋、差し込んでいた。

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