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きつねうどん


 きつねうどんが完成した頃には、胡月が眠りから目を覚ましていた。まだ熱はあるものの、海や虎徹の問いかけに、はっきりと受け答えしている所を見ると、先ほどよりかは幾分か熱も下がったように見える。

 ゆきはほっと安心しつつ、うどんとスポーツ飲料の乗ったお盆を持って、胡月に近づく。


「大丈夫?うどん作ったんだけど、食べれそう?」


 付喪神がどこからか見つけてきた、小さなお膳台を持ってきたので、その上にゆきがお盆からうどんと飲み物を置く。

 陽はすっかり傾き、柔らかいオレンジ色の光がうどんを染め上げる。立ち上るような、出しの優しい香りが鼻腔をくすぐる。


 香りに釣られるようにきつねうどんに釘付けになっていた胡月は、ゆきの心配そうな視線に気づき、ふいとそっぽを向く。


「これしきのこと、食べなくとも回復でき……」


 胡月が強がりを言い始めた途端、じとっと湿度の高い虎徹と、心配でうるうると潤んだ海の視線に釘刺しとなり、胡月はうっと言葉に詰まる。

 食べろと言う強い圧を感じながらも、これを食べてしまえば、自身が食事から回復せざるを得ないほど妖力を消耗していたことを証明しているようで、自身の未熟さを認めるようで罰が悪かったのだ。まさに背水の陣である。


 言葉に詰まる胡月を見て、ゆきは断られるかもと思い、つい保険をかけるように言葉を並べる。


「食べなくても平気なら、全然いいよ。ただ、食べたほうが早く回復するのかなと思って、勝手に作っちゃっただけだし……」


 だから、無理して食べなくてもいいよと、ゆきとしては助け舟を出したつもりなのだが、胡月はそう受け取れなかったらしい。

 その言葉を聞いて胡月はさらに口をへの字に曲げ、プライドと良心の狭間で必死に葛藤していた。そして、とうとう降参とでもいいたげに、ゆっくりと上半身を起こして、ゆきのほうへと身体ごと顔を向けた。


「食う。……手間をかけて悪かったな」


 ぼそりとそう溢すと、胡月は早く箸をよこせと右手をゆきの方へと伸ばす。慌てて箸を胡月の掌に置いてやると、胡月は大きなお揚げを見つめ、ごくりと唾を飲み込んだ。

 もし、彼のお尻に尻尾がついていれば、ものすごい速さで左右に大きく振っているだろう。


 湯気が立ち込めるうどんの茶碗を慎重に両手で持ち、ふぅふぅと息を吹きかけると、そっと口をつけて口内にほんの少しの汁を流し込む。もう一口、また一口と、こくこくと汁を味わう。

 そして、大きな重量感のあるお揚げを箸で持ち上げ、がぷりとかぶりつくと、胡月は思わず「うまい……」と言葉を漏らした。


 熱のせいなのか、箸を持つ手に力が入らないようで、たどたどしく口元に運んでいく。その姿は幼い子どものようで、病人にこんなことを思うのは失礼かもしれないが、ゆきの目には可愛らしく映った。


 胡月が素直に食べ始めたのを確認した虎徹は、「あとはよろしく」とすぐに部屋を出ていってしまった。胡月に、ゆき、海を残した部屋には、胡月がうどんを啜る音が響く。

 胡月は虎徹がでていったことに気づいていないのか、それとももう強がる元気がなくなったのか、おとなしく食べ進める。


 ぽやぽやとしたまま箸を進める胡月の横で、じぃーっと海がその姿を食い入るように見つめている。おそらく、安心した上に美味しそうな匂いを嗅いで、空腹を感じているのだろう。気づけばもう夕暮れ、夕食を作り始める時間だ。


 物欲しそうな視線を向ける海に、胡月は熱のせいなのか反応が鈍くなっているようで全く気づかず黙々と食べている。いつもの海に好物を譲ってやる胡月と違い、周りに注意をさく気力がないほど弱っているのだろう。


 早く良くなるといいのに。口うるさいけど、いつもの胡月の方が安心する。


 ゆきが海の耳元に手を当てて、こっそりと「夕飯を作ってくるから、もう少し我慢しててね」と耳打ちする。海の顔は渋いまま、こくりと頷く。それほど我慢していたのか。海に申し訳ないことをしたと感じると同時に、不安な中、頑張って手伝ってくれたと、感謝の気持ちでいっぱいになる。


「今日はたくさん手伝ってくれたお礼に、海ちゃんの大好きなエビの天ぷらもつけるね」


 ゆきの言葉に、海の顔があからさまに明るくなる。食いしん坊の海には効果絶大だったようだ。


「それまで、お兄ちゃんがちゃんと食べてるから見張っててくれる?しっかり食べないと、元気になれないからね」


「わかった!」


 お互いにひそひそ声でそう言葉を交わす。海のやる気スイッチが、無事に再度オンになったようだ。まるでお姉さんになったかのような、頼りがいのある小さな背中がいつもより大きく見える。

 みた目の年齢より、少し幼い印象を受けていたが、中身はしっかりと成長していたようだ。子どもの成長は早いものだとよく言うが、その通りなのだろう。


 海に胡月を任せて、再び台所に戻る。海との約束通り、エビの天ぷらをたくさん用意してあげよう、とゆきは晴れやかな気持ちで、料理に臨むことができそうだった。


 食事が完成して、海と虎徹に夕食をとってもらっている間、ゆきは胡月のそばにいた。

 うどんを完食した上に、スポーツドリンクにも口をつけていたようだ。半分ほどなくなったペットボトルの中身に、ゆきは安堵する。妖怪に水分補給がいるのかわからないが、あれだけの高熱だったのだ、脱水になってもおかしくはないだろう。

 飲み物には口をつけてくれないかと、もともと期待してなかった分、喜びが大きい。ちゃんと、身体が回復しようとしているのだと、感じるからだろう。打てば響く、それほど嬉しいことはない。


 胡月は布団にくるまって、やや呼吸を荒げながらも眠っているようだ。食事をとってすぐだからだろうか、先ほどよりも少し体温が上がったのか、額には汗が滲んでいた。

 ゆきはぬるくなった氷嚢を取り除き、氷枕の氷を入れ替える。そして、濡れたタオルで、汗の滲む額や首元を拭いてやった。タオルが気持ちいいのか、何度か汗を拭いているうちに、呼吸が規則正しく穏やかなものへと変わっていった。


 バタバタしてて忘れていたが、胡月とこうして顔を合わせるのは、2週間ぶりのことだろうか。あの、奇妙な顔合わせからずっと忙しくしていて、帰ってくるのも夜遅かった。何をしていたのかは聞かされていない。虎徹に聞いても妖関連でね、と誤魔化されたが、何か厄介ごとが起きているのは明らかだった。それに対応するべく休みなく働いて、妖力が底をつくぐらい疲れも溜まったのだろう。


「おやすみなさい。ゆっくり休んでね」


 ゆきは寝息を立てる胡月に、そう呟くと静かに部屋を出ていった。

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