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病人だけの、とくべつ

 海と付喪神たちに手伝ってもらい、なんとか胡月を布団に寝かせることに成功したゆきは、どうすべきか考え込む。


 とりあえず、何か熱を冷ますものは……。


 ふと、台所に氷枕が戸棚の奥底にあったのを思い出したゆきは、海と付喪神たちに声をかけて、台所へと駆けていく。

 熱中症の時、大きな血管を冷やすといいって、保健の先生が言ってたから、多分、熱のときも効果があるだろう。氷枕の他に、ビニールに氷水を入れて簡易の氷嚢を作り、そこらじゅうのタオルをかき集めて急いで胡月の元へ戻る。

 氷の冷たさに、焦る心が少し冷静さを取り戻したようだ。部屋に戻ると、胡月の頭元へ氷枕を置き、少し悩んで脇と、鼠径部へ、タオルに包んだ氷嚢を乗せてやる。そして、濡らしたタオルで、額や頬、首元を拭う。


「にーに……」


 海が心配そうに、目に涙を浮かべる。その背中をそっと包み込むように支えながら、一緒に胡月を見守る。

 しばらくすると、冷やしたのが心地よかったのか、規則正しい寝息が聞こえ始め、ゆきはほっと息を吐く。心なしか、顔色も明らかに先ほどよりましな気がする。

 念の為、額に手を当ててみると、まだ熱は高そうだが、先ほどまでの異常なほどの高温ではなさそうだ。


 しかし、あくまで対症療法に過ぎず、また熱をぶり返す可能性もある。水分補給もしてほしいし、もし、効く薬があるのなら飲んでほしい。

 食事も取れそうなら取ったほうがいいだろうか……?あくまで人間の基準で考えてしまうが、それ以外にゆきに対処できることはない。

 それに、以前、食事からもエネルギー補給できると言っていた気がする。そう、ゆきが考え込んでいると、海がぎゅーっとゆきの腹付近に抱きついてくる。


「にいに、大丈夫?死んじゃう?」


 海は大きな目にいっぱいの涙を浮かべゆきを見上げる様は、ゆきの心を掻き乱した。

 兄を心配して、涙を流した海は海坊主の姿に変化してしまったが、自身の体内の水分を涙として流しているからか、どんどん身体が縮んでいって30センチぐらいのサイズになってしまった。

 その様が何とも痛々しく、ゆきはぎゅっと海を抱きしめた。


「大丈夫、ぐっすり寝たらまた元気になるよ」


 海の小さな心を、これ以上悲しみと不安で占拠したくなくて、少しでも心の痛さを取り除いてあげたくて、ゆき自身も不安だったが、それを悟られないようににっこりと笑顔をつくり、そう告げる。胡月の強がりを、借りることしかできない自分が情けなかった。

 海はそんなゆきの言葉にこくんと頷き、ゆきから離れ胡月の横にちょこんと座った。


「海ちゃん、今からお兄ちゃんのご飯を作ってくるから、その間、お兄ちゃんのそばについていてくれる?」


 海は任せて、とでも言うように、胸を大きく張り、こくりと大きく一回頷いた。


「ありがとう」


 ゆきはそう言うと、立ち上がり台所へと向かいながら、うーんと首を捻る。


 さて、何を作ろうか。胡月の栄養になり、かつ、熱のある病人が食べやすいもの……風邪ひきといえばお粥だろうか。しかし、妖怪の栄養になるかと言えば微妙ではないか。

 いつも山ほど食べている姿を知っているがゆえに、ゆきは一般的な病人が食べやすいものを思い浮かべては却下していく。


「あ、あれだったら……」


 ふと、頭に思い浮かんだ料理に、悩み沈んでいたゆきの気持ちは浮上する。熱があっても食べやすいし、胡月の好物でもある。

 ゆきは冷蔵庫の中を確認すると、さっそく料理に取り掛かった。


 ことことと、鍋を煮詰めていると、どこから現れたのか明るい軽快な声が後ろから降ってきた。


「きつねうどん?いいねー、僕にもお願い」


 ふりむくと、そこには虎徹がいつもの柔和な笑みを浮かべてゆきの手元を覗き込んでいた。

 待ち望んでいた、虎徹の登場にゆきは心が先走るままに、「あの!胡月さんが!」と前のめりで口走る。虎徹はそんなゆきに、「大丈夫、知ってるよ」と落ち着けるように片手を顔の前に前にだして、ゆきの言葉を止めた。


「さっき、様子見てきた。多分、相当妖力を使ったんだと思う。休めば治るから、安心して」


 にこっと微笑む虎徹の言葉に、ゆきは安堵から崩れそうになる。


「兄さんを心配してくれてありがとう。すごい熱でびっくりしたでしょ?僕も子どもの頃、びびった」


 台所に並ぶように立つ虎徹にならって、ゆきも膝に力を入れて立ち直り、同じように台所へ身体を向ける。


「ご飯って食べれるかな?」


 作業を再開しながら、虎徹にそう問いかけると「大丈夫大丈夫」と台所を漁りながら返事をする。何かに気づいたのか、にたーっと効果音のつきそうな、意地の悪そうな笑みを浮かべる。

 虎徹の視線を辿り、何となく言いたいことがわかったゆきは罰の悪そうに、あからさまに虎徹の視線に気づかないふりをした。

 そんなゆきにお構いなく、虎徹はゆきに突っかかってくる。


「すごーく、いい油揚げ使ってるんだねぇ?分厚くて大きいし…味付けもゆきさんがしたんだよね?前、兄さん、市販のやつは甘すぎるって文句言ってたから。ふぅん、兄さんの好みにしてあげたんだねぇ」


「うるさい」


 味見もしてないくせに、と思ったが反論すると倍で返ってきそうなので、あくまでも冷静にスルーを決め込む。居心地が悪く、苦虫を噛み締めたような表情をしているゆきを、虎徹は肩肘で突く。


「いいな〜兄さん、愛されてるな〜」


「病人は特別!好物食べていいって決まってるの!」


 揶揄うような虎徹の発言に噛み付くように、ゆきが声を荒げる。胡月の食べれるものと、必死で準備をしていたが、虎徹にはいたせり尽せりな、特別扱いに見えたのだろう。これ見よがしに揶揄われ、ゆきはムッとしてしまう。

 目の前に病人がいれば、誰でも必死になるだろう。胡月だから、とかでは決してない。そうは思うが、素直に人に甘えない胡月だから、これだけ慌てて悩んだのも事実である。

 海はもちろん、虎徹や酒呑が熱を出しても必死に看病するし、相手も素直にゆきを頼ってくれるだろう。これだけ手を焼いてるのは、彼だからなのかもしれない。そう頭のどこかでちらつくが、認めると虎徹の揶揄った通りになりそうで、頭の隅から追い出す。


 1人でやきもきしているゆきをみて、虎徹はくすっと笑う。少し鎌をかけただけなのだが、想像以上にいい反応を見せてくれたゆきに、虎徹は感謝の念を抱く。

 お節介ながらも、頑固で不器用な兄の胡月がゆきのことを少なからず気に入っていることに気づき、兄孝行な気分で突っかかってしまったのである。正直、女の子にあの態度はないだろう、と思っていた虎徹は、好意を持っていなくても、ほんの少しでもゆきが胡月のことを、意識してくれたらいいなという軽い気持ちだったのだ。しかし、それが意外にも好感触で、虎徹は嬉しくて仕方ない。

 

 まあ、兄さんも素直にゆきさんを気に入ってるとは認めないだろうから……道のりは険しそうだけど。


 虎徹は小さく肩をすくめる。もし、2人が互いに惹かれあうようなら、今日の日のことはいい思い出になるだろう。今は根吹きかけた小さなタネが、どのように成長するのか、虎徹は楽しみだなと、まだ見ぬ未来へ思いを馳せる。


「じゃあ、僕が風邪ひいた時はステーキでよろしくね」


 僕の好物だからさ、と言い置いて去っていく虎徹に、ゆきは相変わらずの仏頂面で「消化に悪いし却下」と返す。


 えー、冷たいなーと軽口を叩く虎徹は、軽い足取りで胡月の元へ戻って行った。

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