思い出の味
虎徹になんとか気力を持ち直してもらって、4人で食卓に着く。ちらし寿司にすまし汁のみの、シンプルなものだが、海が手伝ってくれたこともありとても豪華な食卓に見える。
「いただきまーす!」
海が口いっぱいにちらし寿司を頬張り、ほっぺたがぷくぷくと愛らしく動く。こくり、と飲み込むと「おいし〜」とこれまた満面の笑みで、見ている方もほっこりする。
美味しそうに食べる海に促され、ゆきと虎徹もちらし寿司に口をつけた。口に入れた途端に、お揚げの甘味がじゅわっと広がる。後を追うようにカニカマの甘みや鮭の塩味が現れ、蓮根や椎茸の食感も楽しい。噛めば噛むほど旨味が出てくるようだ。そこへすまし汁を流し込む。昆布でとった出汁に、醤油、酒、味醂で味をつけ、最後に、目にも鮮やかな手毬麩と三つ葉を加える。シンプルながらも深みのあるホッとする味だ。
うん、おばあちゃんの味だ……。
幼い頃に祖母から教わった、大切な味。あの頃とは環境が全く違うし、ゆき自身も変わっただろう。それでも、同じ味を再現できたことにゆきは安堵した。
大切な味は変わらずずっとそばにいてくれる。遠く離れた家族を思い出し、温かくも少し寂しい気持ちになる。皆どうしているだろう、と感傷に浸っていると、ふと、玉枝が箸を手にしたまま固まっているのに気がついた。思い詰めたような、硬い表情に、ゆきは思わず「玉枝さん?」呼びかけた。
「どうしました?苦手なものでもあります?」
ゆきの言葉で虎徹も玉枝の異変に気付いたようだ。海に悟られないように小声で玉枝に問う。
心配そうな2人の視線を受け、玉枝は我に帰ったかのように「ちゃうねん」と首を横に振り否定する。
「ちょっと昔のことを思い出しててな……」
玉枝はそう言うと、そっとすまし汁に口をつける。こくり、と一口飲み込むと、味わうように目を閉じてホッと息を吐く。
「うん、やっぱり似てる」
目元を和らげて微笑む玉枝に、ゆきと虎徹は顔を合わせて首を傾げる。お互いにさっぱり意味がわからない、という表情だ。
「あの、似てるって何にですか?」
懐かしさに浸っている玉枝に声をかけるのも憚られたが、気になるものは気になる。思い切って尋ねてみると、玉枝は優しげに目元を和らげたまま、快く答えてくれた。
「私が人間の世界に行くようになった時のことやねんけど……。あの頃はまだ会社勤めし始めで、全然うまいことできひんくて……。疲れ果てた落ち込んでた時に、うちが仲良うしてた同期の子が『お腹いっぱい食べてしっかり寝な、元気でーへんで』って言ってご飯作って食べさしてくれたんよ。そん時によく作ってくれたんが、ちらし寿司と汁物」
お茶碗にもったちらし寿司を両手で持ち、愛おしそうに眺める。
「宝箱みたいにキラキラしてて、とても眩しくて……無くなるのがもったいなくて、ずっと眺めていたかったわ」
ちらし寿司をお箸ですくいあげ、ぱくりと一口放り込む。ゆっくりと咀嚼して飲み込むと、玉枝は「ああ、やっぱり」と再び顔を緩める。
「人間界から離れて、食事をとることもほとんどなくなったし、彼女とももう会うことはない。せやから、もう二度と味わえへんのやろうなって思ってたんやけど……」
玉枝が箸を置き、まっすぐにゆきを見据える。
「まさか、またこの味に出会えるとは思わへんかったわ。ゆきちゃん、ほんまにありがとう」
あまりにも美しい笑顔に、ゆきは顔を真っ赤にさせてしどろもどろになってしまう。ゆきが何か、返答をする前に、海が「おいしー?」と玉枝に話しかける。玉枝は「すっごく美味しいわ」とにこやかに答えると、再び大切に味わうように食事を進める。
ゆきはそれきり、話しかける機会を逃してしまい、自身も再び箸を手に取る。
箸を取りながら考える、他人と味が似ることってどれくらいあるのだろうか。ゆきは祖母に教えてもらったが、祖母は誰から教わったのだろう?親?はたまた友人?可能性は無限大である。
いずれにしても、もしかしたら、ゆきの家系と玉枝の人生がどこかで交わっていたのかもしれない。
こんな偶然ってあるものなのだろうか、それとも必然だったんだろうか。
玉枝の同僚と血のつながりがあるかもしれないゆき。そんなゆきが玉枝の息子の婚約者に選ばれたなんて、何かの縁を感じざるを得ない。
ゆきは不思議な気持ちのまま、玉枝の思い出の味でもある、祖母の味を大切に味わった。