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The dream is over

作者: 真喜兎

晴仁(はるひと)先輩、今日もなんてかっこいいの……」


 壁に張られた十数枚の隠し撮り写真を見て、わたしはほうっとため息をつく。ストーカー? 嫌ね、違うわよ。わたしは晴仁先輩のおっかけってだけ。つまりはファンよ。ファンなら大学の帰り道、ちょっと後をつけるくらい許されるわよね?


 いつも慎重に後をつけているんだけど、なぜか時々、先輩を見失うのよね。あ、でも大丈夫よ。もう彼の住んでいるアパートも突き止めているわ。もちろん一人暮らしって事も。わたしは彼の部屋の玄関ドアが見える公園で、彼が帰ってくるのを待っている時間も幸福なの。


 先輩と学部は違うけど、大学の構内でたまに見かける事もあるわ。そんな時、視線がばちっとぶつかる気がするの。ふふ、わかってるわよ、そんなの気のせいだって。彼とわたしはまともに話した事もないんだから。






 わたしと先輩の馴れ初めを聞きたい? うふ、馴れ初めなんて言っちゃダメよね、わたしはただの一ファンだもの。


 最初の出会いは大学入学初日の満員電車の中。痴漢にあって震えている事しかできなかったわたしを彼が助けてくれたの。


「もう大丈夫ですよ」


 そう言って白い歯を見せて笑ってくれた彼の顔が、わたしの脳に焼き付いているわ。そこから必死に彼を追いかけていって、同じ大学の先輩だって事がわかったの。


 絵に描いたような地味子だったわたしの事を、先輩は覚えてないと思うの。でも聞いて! こんな事もあったのよ。


 わたしは先輩のファンとして恥ずかしくないように、自分改革をしたわ。髪を染めて、脱毛サロンに行って、メイクもばっちりするようになったの。自分で言うのもなんだけど、かなり変わったわ。でもそしたら……


 どこかのサークルの新歓パーティに誘われたの。わたしは自分改革をするなら、外見だけじゃなく中身も変わらなきゃ、と思って参加したわ。そこでどうなったと思う? そう、変な男に絡まれちゃったの。その人ったら飲みの席を抜け出したわたしの後を追いかけてきて、しつこくわたしにまとわりついてくるの。


 冗談じゃないわ! でもわたしもまだまだ変わり切れてないわね。小さな声で「や、やめてください」としか言えなくて、そのままホテルに引きずられそうになってたの。


 そこであの人の登場よ! もちろん晴仁先輩の事よ!


「彼女、嫌がってるだろ」


 そう言ってその男の手を捻り上げたの。奇跡よ! たまたまこんな所に彼が居合わせて、そしてまたわたしを助けてくれるなんて!


「変な男には注意しなよ」


 彼は前のように白い歯を見せて、笑顔で去っていったわ。ああ、彼はわたしを助けたのが二度目なんて思いもよらなかったでしょうね。でももうわたしの心は完全にあなたの物。


 さあ、今日も講義が終わったら急いで彼の学部がある棟まで走っていかなくちゃ。本当ならスキップしたいくらいよ。わたし毎日が楽しい!






 わたしはいつもの木陰で先輩が出てくるのを待つ。この瞬間はいつも胸がどきどきするわ。ほら、先輩が出てき……た……


 えっ!? せ、せ、先輩が女の人と二人で歩いている……! ま、まさか彼女!?


 わたしは慌てて二人の後を追う。手は繋いでないけど、親密そうな距離。彼女が何か言うと、先輩は朗らかな笑顔を見せる。


 ユミちゃんはかわいいね、なんて言っているわ! なんでこの距離でわかるのかって? わたしは一流のスト……いえ、ファンよ! 読唇術くらい心得ているわ!


 うううぅ~、目から鼻から垂れ流しているものは気にしないで。ただの汗よ。だってわたしは一流のファンよ(二度目)。彼女の登場を喜びさえすれど、悲しんだり憎んだりなんかしないわ、うぅうぅう~。


 あ、彼女、先輩と方向が別みたい。バイバイしてる……けど、先輩は彼女の頭を一撫ぜしたわ。うぅ、決定的。わたしも今日は帰ろう。しばらくショックで立ち直れないかも……


「ねえ、なんで泣いてるの?」


 帰りかけていたわたしの後ろから声が響いた。え? この声って……


「何か悲しい事でもあったの?」


 う、うそ。さっきまで向こうにいた先輩が、すぐそこにいる。そしてわたしに、わたしに!? 声をかけている!


「あう、あう、あう」


 餌をねだるアシカみたいな声出してるんじゃないわ、わたし! 先輩が話しかけてきてくれているのよ! でも何を喋ればいいの!? 好きですって言っちゃう!? 今彼女の存在を確認したばかりなのに!?


 先輩はハンカチを取り出して、混乱しているわたしの顔をぽんぽんと優しく拭いてくれる。


「おれ、君の事、知ってるよ」


 ま、まさか先輩、わたしの事を覚えていてくれたの? 嬉しい! けどわたし、緊張しすぎて全然声が出ない。


「よければ家においでよ。狭い所だけど、落ち着くまでお茶くらい出すから」


 先輩、尊い! なんでそこまで優しいんですかあ。わたし感激で余計に泣いちゃう。






 先輩はアパートの前で、カギも出さずに玄関のドアを開ける。


「入って」


 わたしは思わず躊躇しちゃった。だって、本当にいいの? 先輩の家に入るなんて、思いもしなかった憧れのシチュエーションよ!?


「お、おじゃまします」


 わたしはかろうじて小さな声を出して、先輩の家に入る。間取りは1K。手前にはキッチン。そして奥がいつも先輩が寝ている場所。


 どきどきしながら中に入ると……え? 壁一面、写真だらけ。そこに写っているのは……わたし?


「ようやく来てくれたね、おれの部屋に。いつもカギ開けて待ってたのに、そこの公園から見ているばかりでちっとも来てくれないんだから」


 どういう事……? わたしが質問を口に出来なくても、先輩は答えてくれる。


「初めて電車で会った時から君の事、ずっと見てたよ。おれのためにきれいになってくれて嬉しい。時々、君を()いて、逆におれが尾行してたの気づいてた?」


 もしかして……


「女の子と仲良くしている振りしても、声かけてきてくれないんだから。でも結果オーライかな。君の涙を拭いたハンカチも手に入った事だし」


 もしかしなくても……先輩ってストーカー?


「さ、これからおれといっぱいお喋りしよ」


 先輩は白い歯を見せて爽やかな笑顔を見せた。






 それからどうしたですって? もちろん……全力で逃げたわ!


 だって、ありえないでしょ! ストーカーなんて気持ち悪いもん!


 完


 ノベルアップ+のイヤミス(嫌な気持ちになるミステリー)コンテストに応募している作品です。イヤミスっぽくないのはご容赦を……


 お読みくださりありがとうございました!

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