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つきまとって、つきまとわれて。

 会話主体の短編です。二つの事件は、最後でちゃんと繋がります。どちらも実験的にやってみました。笑ってやってください。


 1日目。

 野川探偵事務所内部。

「わたくし、ストーキングされているのです」

「で、その人の特徴は?」

「分かりません」

「分からない?」

「ええ、分からないの」

「……どうしてです?」

「だって、扉の投函に嫌がらせの手紙がいつの間にか入っていたり、扉を毎晩叩かれたり、無言電話を毎日かけられたりと一方的で相手の姿が見えないんですもの」

「そうですか。…しかし、お宅の近所で不審な人は見かけた事はありましたか?」

「いいえ、一度も…」

「それは困りましたね」

 うなだれる女を目の前にして、野川所長は溜め息混じりに声を吐いた。


「監視カメラ仕掛けてみては、どうです?」

 男の助手である、佐伯真琴が提案を示した。

「それだ!」

 真琴を指差して声をあげたのちに、男は再び依頼人の女と向き合い、自信あり気に話しを再開する。

「では、貴女のマンションの管理人さんに許可をいただいて仕掛けますが、大丈夫でしょうか?」

「ええ、是非お願いします。それでストーカーが捕まるなら」

 依頼人、柿田陽子が笑顔で礼を述べた。



 2日目。

「俺、最近変な女に付きまとわれているんだ」

「なによ。急に…」

「いや、相手側がそのうち諦めてくれるだろうと待っていたんだ」

「…で、諦めてくれなかったわけ? いつ頃から…?」

「半年前から」

「半年も黙っていたの!?」

 彼氏の言葉に声をあげて、椅子からも腰を上げてしまった。店内に首を回して、女が座り直す。身を乗り出し睨み付けるなりに、声を潜めて語り出した。

「よく、まあ、半年も我慢できたものね…。アタシにも黙っていたわけだ」

「いや…、悪かった」

「今頃になって話したってことは、相手側が粘り強いのね…」

 女は独り言のように声を出しながら、座り直した。前に座る彼氏を見詰めて目を逸らした直後、ひと言。

「明日、アタシが探偵に話してくるわ」

「え? あ、いいよ。俺自身が警察に行って話してくるから」

「大丈夫だって。そこの探偵は腕がいいらしいから、解決できるわよ。…もしも貴方の過去にかかわる人物だったらどうするわけ…?」

 彼女のその言葉に、何だかギクッときてしまった男。そんな彼を見て、微笑み

「アタシが何とかしてあげる」

 女、間島智子は自信を持った声を彼氏に向けた。



 3日目。

 野川探偵事務所へ行き、要件を伝え終えて、間島智子は友達の柿田陽子と喫茶店で落ち合っていた。智子は陽子を信用して、彼氏の事情を話していたのである。

「まあ! たか…先崎さんがストーカーに?」

「そう。半年も付きまとわれているんだよ」

 智子の彼氏、先崎隆の近況に驚きを示した陽子。ちょっとばかりむすくれている智子に話しかける。

「警察か探偵事務所にはお行きになりました?」

「ん。探偵に行ったよ。話してみたら受けてくれるって」

「それは良かったわね」

「本当に良かったよ」

 そう云ったあとにアイスティーを飲む智子を見詰めていた陽子が、ミルクコーヒーの氷をストローで突っつきながらゆっくりと話しを切り出した。

「智子さん……」

「なに?」

「わたくしもストーキングされているのですよ」

「貴女もっ!?」

 驚く友の姿に目を向けて、陽子はニコリと笑い声を出す。

「でもご心配ありません。わたくしも探偵事務所へ行きましたから、解決してくれると思います」

「……。よ、用意周到じゃあん。こいつう~~」

 智子、何だか分からないが陽子の額を指先で突っつきたくなり、人差し指を立てて腕を伸ばした。


 だが、避けられたのだ。


 陽子が頭を傾けて、迫る人差し指をかわした。そして、元に戻す。智子はそれに思わずムッときてしまい、再び人差し指を突き出した。今度は頭を引かれてしまう。歯を剥き出して陽子を睨み、人差し指を連射し始めた。目の前に座る女は、表情をひとつも変えずに智子から繰り出されてゆく人差し指を、余裕を持って次々にかわしてゆく。顔を右に左に傾けたり、顔を引いたり、頭を下げたり。

 鋭い直線を描いてきた人差し指から逃げることなく、陽子は智子の手首を掴み取った。それはまるで、毒牙を剥いて急襲するまむしの首を掴むかのようだったのだ。暫くお互いを睨み合ったのちに、陽子が手首を放した途端、智子は素早く手を引っ込める。

 そして、陽子が無表情で智子へとひと言吐き捨てた。

「職場で知り合って二カ月経ったからって、お友達面をなさらないでくださる?」

 その言葉に智子は歯軋りをしながらも、喉から出てくる声を押さえ込んだ。

 ―こっっ! こいつうぅっ……っ!!――



 4日目。

 野川探偵事務所内部。

「柿田さん。ひとつ、ご不明な点がありましてね」

「はい、なんでしょう?」

「通話記録を調べてみたのですが。貴女は無言電話をかけてきた相手に、電話を返しているようなのですが……」

「……。

 そうです。相手がどのような方かを確かめる必要がありましたので」

「……分かりました。で、貴女が手紙を頻繁に出しているという情報も得ました」

「わたくしが、ですか?」

「ええ、そうです。今どき、携帯のメールで済む筈の場合が多い世の中。貴女は郵便ポストに毎日投函なさっているそうですね」

「わたくしが?」

「そうです」

「何故、わたくしの事をお調べになさるのです?」

「貴女のお住まいになるマンションに監視カメラを仕掛けましたよね? 確かに柿田さんの仰っていた通り、不審な人物の姿が行き来する様子を確認できましたが、何かと引っ掛かるのですよ」

「お疑いなさるのですか?」

 陽子がムッときた。

 対して、野川所長は冷静に言葉を続いていく。

「疑うことが私たちの仕事ですので。…まず、そうですね…。貴女の依頼された後日に、とあるカップルが参りまして、同じくストーカー被害にあっていると」

「それはまた奇遇ですわね」

「奇遇どころではないのです。そっくりなのですよ」

「そっくり……ですか?」

「ええ。無言電話に白紙の手紙です。あとは、仕事場以外にゆく足の運びですね」

「まあ…、それは興味深いですわ」

「そうですか。…では、良ければ明後日にまたお越しいただけれますか?」

「はい」


 同事務所、深夜。

 事務所所長の野川彰宏が書類に目を通している真琴を見て、溜め息と同時に言葉を吐き出した。

「全く…。ストーカーする連中の気が知れんよ…」

「……私はなんとなくですが分かる気がします」

 所長に目を一旦向けて、再び書類を読みながら話し出す。

「そういう人との、果ては男女間から同性に至るまで関わりがあると、ひとつ二つ“こじれ”が出てきて当然ですよ」

「そ、そんなものかな…」

「そんなものですよ」

 真琴がスカートの裾を直して答えた。



 5日目飛んで6日目

「本日はお忙しい中、お集まりいただきましてありがとうございます」

 野川探偵事務所で二組が呼ばれていた。

 一組は、隆と智子。

 二組目は、陽子。

「えー、本日あなた方をご一緒にお呼びしましたのは、あまりにも被害が似ているというか一致していたからです」

「いいかげんにしてくださるっ? わたくしにつきまとう犯人がお分かりならば、早く警察へと突き出してくださいっ」

 勿体ぶる態度の野川所長に、少し苛っときて陽子が声をあげた。隆も同じだったらしく。

「そうですよ。分かっているなら、お願いします」

「ちょっと……、隆」

 智子が彼を止めにかかったのだが、陽子と共に隆は言葉を出してゆく。

「早くお願いします!」

「捕まえてください!」


「コイツをっ!」


 互いを指差して叫んだ。

 陽子と隆だった。

 ハッとして目を合わせる。

 二人して顔が赤らんだ。

 照れくさそうに目を離して、もじもじとし始めた。開いた口が塞がらない智子。

 野川所長は二人に訊いた。

「お互いに白紙の手紙とは、どのような意味だったのですか?」

「白紙に戻したいとの思いからです…」

 隆の答えに、陽子も続ける。

「わたくしだって、お互いをまっさらな関係に戻したいと思っています」

「そしてやり直せるなら、お互いにやり直したい」

「隆……」

 陽子の瞳が潤んで、男を名前で呼んだ。


 そして。


「では、解決ということでよろしいですね?」

 野川所長の問いに、黙って頷く陽子と隆。

 智子はどうなる?

 隆の右側に座る智子は、彼氏の横顔を無言で見つめ続けていた。

 静かに静かに見つめて思いを馳せている。

 あなた達は解決しても、このアタシはどうすればいい? アタシは隆の何だったの? 智子の中に、沸々と湧き上がってくる黒いヘドロのような熱い負の感情。

 ―畜生ーーっ! つきまとってやろうかしら……。――

 そして、ひとつのストーカーが解決したこの時、新たなるストーカーの誕生した瞬間でもあったのだ。


 エンドレス。



『つきまとって つきまとわれて』完結

 奇妙な短編を読んでいただきまして、ありがとうございました。

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