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第一話 永遠の都と爆弾魔(ボマー)


 ドラシユルグ。

 それは世界樹の名であり、同時にこの学祭都市の名でもある。


 正式名称、未来機関・上級学祭都市ドラシユルグ。

 総人口40万人ほどのこの学祭都市の住人の大半は学生であり、未来の研究者を目指して日々学業に明け暮れている。


 しかし、週3日の学業外の時間は自由で開放的なお祭りの賑わいが日常化しており、この都市の学生達は概ね享楽的な生活を送っていた。


 この物語は、その学祭都市で起こる犯罪に対峙する警察少女を主人公とした荒唐無稽(こうとうむけいなるコメディである。


1.永遠のみやこ爆弾魔ボマー


 ここは学祭都市。学園と日常からのお祭り騒ぎが混在している場所になる。

 その学祭都市の賑わいが突如として、喧騒の波に打って変わった。


「美波ーっ! そっちに犯人行ったわっ!」


 金八木陽子かねやぎようこの大きな声が、響き渡る。

 季節は初夏。飲食などの屋台が立ち並ぶ中を一人の男が大急ぎで駆け抜けていく。


 人波に何度もぶつかりながら、その男が手にしているのは2本のホットドック。

 無銭飲食犯、かっぱらいの男を確保するため、学生であり、この学祭都市の警察官である金八木陽子と牛上美波うしがみみなみの2人が追い込みをかけているのだった。


 が。


「あわわ」


 こちらに駆け寄ってきたホットドック窃盗犯の男を怖がって、美波は情けない悲鳴をあげながら避けてしまう。


 そのまますっ転んで、ゴロゴロと転倒し、備え付けの共有ゴミ箱に頭から突っ込み、カエルの足の様になった足の間からは、制服のスカート越しにパンティが見えている。

 そのパンティには子供っぽい大きなトマトの絵柄が描かれていた。


「もう! なにやってるの! しっかりして!」


 艶やかな金色の長髪をなびかせ駆け寄ってきた金八木が、共有のゴミ箱から美波の身体を引っこ抜く。


「ぴえん。すみませぇん」


 ゴミ箱から無事抜け出てきた美波の髪色は土留め色で、たこ焼きの爪楊枝が髪飾りのように髪の毛に突き刺さっていた。

 その爪楊枝を金八木は抜いてあげて、ゴミ箱に捨てた。


「もう、なんでいつも逃げちゃうの美波は。ハッキリ言って戦力になってないぞ」


 利発そうな弓型の眉を歪ませながら、金八木は美波を優しく怒った。


「ごめんなざいいい~、これからはちゃんとしまず~」


 半泣きになりながら謝る美波。

 情けないグスに見える。

 が。


 そんな美波を金八木は優しくハグした。


「だいじょうぶ。美波は本当は出来る子だって私は知ってるから。がんばろ」

「……うん」


 美波は泣き止み、10cmほど背丈が上の金八木の切れ長の眼をみた。

 その眼には確かな光のきらめきが宿っている。


「さぁ、じゃあ2人で一緒に犯人を追いましょう」

「うん……ぁ、はいっ!」


 ハッキリと大きな声で返事した美波と金八木の2人は、それから犯人が逃げた後を追っていく。

 そして、10分後。

 見事に犯人の身柄を金八木は確保することができた。


「身柄確保! お縄に付いて頂きますっ」


 犯人の手に手錠をかける金八木。

 と。


 犯人が両手で握り締めていたホットドックからツルリとソーセージが飛び出し、そのソーセージがポケーっと見守っていた美波のツルペタの胸の間にダイブした。


「いや~」


 ソーセージに付着していたケチャップで美波の制服が汚れてしまう。


「ひっひっひ、お嬢ちゃんすまねぇな」


 犯人の男は嬉しそうに卑ねた笑い顔をつくって、美波に謝った。


「あら? 窃盗の罪に加えて、猥褻物わいせつぶつ陳列罪ちんれつざいも加えようかしら?」


 犯人の男に対して、金八木がするどく目を光らせる。


「ひぃぃ、ご容赦を」


 情けない声をあげて、男は懇願こんがんした。

 ……無事、一件落着。


 男の身柄はパトカーに乗せられ、所轄の警察署へと送られていった。


「ふぅ、いい汗かいてしまったわ。美波もケチャップで制服汚れちゃったでしょ。一緒に着替えよ」


 金八木に促されて、美波は一緒に学園の近くにある学園の制服が置いてある着替え所に向かう。

 ドアを開け、ロッカーが並んでいる着替え所の中へ。

 ドアを閉め、鍵をかける。


 そして、金八木と美波はおもむろに警察の夏の制服を脱ぎ始めた。

 ブラジャーとパンティのみの姿になる。

 ナイスバディの金八木に対して、ずんぐりむっくり幼児体形の美波。

 キリリとした美人の金八木に対して、美波は太眉たれ目と何もかもが対照的な2人だ。


「いいなぁ」


 美波が金八木のしなやかでメリハリのある身体を羨ましそうに見て呟く。


「なにが?」


 素っ気なく金八木が返事して、2人は顔を見合わせた。


 ーー学園の夏の制服に2人は着替え、ロッカーを閉め、部屋のカギを開けて学園へと向う。

 初夏の強い日差しが照り付ける中、青い空、白い雲の眼下に広がるのは広大な学園の敷地。

 グラウンドや手入れの行き届いた庭園があり、瀟洒しょうしゃな箱型の学園校舎がドンと建てられている。


 学園校舎の2年生の入口から金八木と美波は入り、下駄箱で上履きに履き替え、校舎階段へ。

 4階建て校舎の2階が2年生のクラスになっていて、机と椅子が立ち並んだいつもの教室内へ入る。


 学園はちょうど4限目の授業が終わったところで、2人は遅れてきて昼休憩の時間に教室にやってきた次第だ。


 2人が学祭警察で仕事があることは、クラスの全員が知っているので、特別珍しいことでもないな、という様子で、何の波風も立たずクラスの輪の中に入っていく。


 20名ほどのクラスの中には様々な生徒が居て、赤、白、ピンク、緑、など様々な髪色の生徒達がいる。


 教室の窓際、教壇から見て、右手前最前列には、緑色の髪の男子生徒である竜神達樹りゅうがみたつきが居て、彼はいつもワイヤレスのイヤホンを両耳にして音楽を聴いて過ごしていて、クラスのどのグループにも入らずに孤立していた。ルックスは温和そうなイケメンで、いわゆるぼっちでイケメンというクラス女子の乙女心をくすぐるポジションに居る。


 その竜神達樹の真後ろが美波の席で、美波は着席すると手持ちの弁当箱を開き、普段のトロ臭い動作とは打って変わって、凄まじい速度で弁当箱の中身を掻っ込んでいく。


 ガガガガガッ! ――ごちそうさま。


 くらいの勢いで食事を終えた美波はいつものクラスの会話グループへ。

 仲良しの会話グループの面々は全部で4人。


 グループ内でリーダー格の女子、金八木陽子かねやぎようこと、赤髪に攻撃的な目が印象的な男子、炎羅忍えんらしのぶ。そして、黒髪で心優しきクラス代表の良心的存在と人気の男子、水奈星辰器みなほしたつき、それに加えて、ドジっ娘代表の牛上美波うしがみみなみの4人になる。


 ちなみに、美波は炎羅のことがずっと好きで、それでもなかなか告白する勇気が出ないでいるというやきもきする片思いの関係だ。


 美波の他の3人は既に集まっていてなにやら雑談をしていた。

 そこへ、弁当箱を空にしたばかりの美波が加わる。


「え? もうお弁当食べたの? ホント食べるのだけは昔から早いね、美波って」


 毎度の所業に驚きつつも、金八木は美波の座るための椅子を机から放して用意してあげる。


「早寝、早飯、早ナントカってなぁ……別にわりぃことじゃねーだろ」


 炎羅がけだるそうに机の上に両足を放り投げた姿勢のまま、投げやりな感じで言う。


「早ナントカって濁してあげるところに、炎羅クンの奥ゆかしさを感じます」


 炎羅とは対照的に、品行方正に正しい姿勢で椅子に座っている水奈星が同意を促す。


「え? ちょっと待って。早ナントカってなに?」


 物事に疎い美波が反応して、そこを尋ねてしまう。


「……」


 みんなが言い淀んでいると。


「ウンコだウンコ」


 炎羅がけだるそうに直球で答えてしまう。


「えっ? ちょっとヤメてよ炎羅クン。せめてお通じって言って」


「別にいいだろ。ウンコくらい。みんな毎日するんだし」


 たしなめる金八木に対して、炎羅が悪びれずに応える。


「……私、ウンコしないもん」


 美波の告白に、思わず炎羅はえっ? っとなる。


「美波。アイドルじゃないんだからそこまで言わなくても」


 少しでもいい印象を持たれたくてムリ言ってる美波に金八木が、もっと自然な方がいいのよと助け舟を出す。


「そう言えば聞いた事あります。いにしえのアイドルは、ウンコじゃなくてファンタジーをするんだという話を」


 博識の水奈星がマイルドに話をまとめようと、機転を利かせる。


「ハハハッ、ファンタジーか、そいつはいい。牛上は毎日ファンタジーをしてるって訳だな」


 上機嫌になった炎羅が快活そうな様子に一転して言う。


「う、そうだよ。ファンタジーだもん」


 照れくさそうに美波も便乗してそう言った。


「デカそうなファンタジーだな。うひゃひゃひゃひゃ!」


 痛烈な炎羅の切り返しに、美波は顔を真っ赤にしてうつむいた。


「プッ」


 と、遠方の方から失笑が漏れる声が聞こえてきたので、グループの4人は一様にそちらの方を向いた。

 すると、珍しく両耳からイヤホンを外した竜神がこちらの方を見ながら、控えめに笑っていた。


 いつも独りで居る竜神が珍しいものだと思い金八木が声をかける。


「竜神クン。よかったら私達の輪に入る?」


 隣の空いている机の椅子を引いて、金八木が手招きをする。


「いいんですか。クラスの人気者達の輪に僕みたいなのが入れてもらって」


 控えめに謙遜しながら、竜神がおずおずと歩み寄ってくる。


「オメーみたいな温和そうなイケメンなら誰でも大歓迎に決まってるだろ」


 またけだるそうな雰囲気に戻って、炎羅が乱雑な物言いながら歓迎の意を示した。


「ありがとうございます」


 ペコリ、と頭を下げて竜神が金八木が引いてくれた椅子に着席した。


「で、オメーはするのか?」


 炎羅が竜神に尋ねる。


「なにをですか?」


「クソ」


「はわっ、言い方が悪化してる」


 水奈星がド直球を投げ込んできた炎羅に解説を付け加える。

 しかし、クソと言われても顔色一つ変える様子は無く竜神は平静な調子で答えた。


「垂れてますよ毎日、この上なく臭い醜悪なクソをね」


 なにか背筋が凍り付くような、少し茶化しているような絶妙なニュアンスでそう言って、言葉を受け取る者達からすると、この話題を早急に切り替えた方がよい空気感が鋭く感じ取られた。


「ところで、竜神クンはいつもどんな音楽を聴いているのですか?」


 聡い水奈星が話題を切り替えて、それからは場は音楽の話題に変化していった。

 ……。


「あ、いけないもうこんな時間だ。パトロールにでなくちゃ。行こう美波」


「うん。警官の制服はもう一着代えがあったし……行こう」


 金八木が美波をパトロールへと促し、美波は頷く。


「オイオイ酷ぇな、場に男3人残して煮詰まらせる気かよ」


 炎羅がそりゃないぜと声をかけるが、またねと言って2人は出立の準備をする。


「僕もそろそろお暇します。普段いつも独りでいるので今回はいい刺激になりました。ありがとうございます」


 律儀に頭を下げ、竜神も場から退散していく。


「ったく。ダリ―時間がまた始まるなぁ水奈星」


「いいじゃありませんか。僕は炎羅クンのこと好きですし」


「オイオイ」


 机に足を放り投げたままの炎羅と品行方正に着席した水奈星のいつもの生暖かい会話が始まり、邪魔にならないように金八木と美波はそっと教室を退散した。


 2人は着替え室に舞い戻り、午後のパトロールのために再び警官服に着替えていく。

 着替え終わった2人はロッカーを出て、学園の敷地外の外へ。


 少し小高いなだらかな丘になっている学園の敷地から、学祭都市を見渡してみる。

 そこにはビル群があり、並木道があり、並木道にはびっしりと飲食や遊戯などの屋台がどこにも立ち並んでいる。


 一般の世界で言うところのハレの日。お祭りの日の世界がこの街では常態化していて、故に学祭都市と呼ばれている。


 学祭都市の住民も出店の屋台の店主も客もほぼ全員が学生の年代で、年の頃は12歳から26歳位が数多い。かくいう金八木と美波も年の頃は共に18歳で、現在は高等部の2年生。この学祭都市に越してきて以来の旧知の仲である。


 強い信頼の絆で結ばれた2人は凸凹コンビとひやかされるが、犯罪検挙率はトップクラスに高く、ある種のアイドル警察コンビとして界隈では周知されている。


 金八木と美波の2人がパトロールで出歩いていると、様々な人達から声がかかり、屋台の出店の食品やら景品やらをプレゼント攻勢され、逐一2人の後ろにはバイクにまたがった配達員が付いて回り、それらプレゼントを回収していっている始末だ。


 スマホでパシャパシャと無許可で写メを撮る者も後を絶たないし、さながら学祭都市の賑わいを一層華やかにするコスプレをした花形役者のような立ち回りになっている。


 それをベストスマイルを絶やさず受け流す金八木と、どこかぎこちないギクシャクした動きで申し訳なさそうに恐縮している美波と、やはり対照的な反応でパトロールを続けていた。


 ――と。

 2人の前方に不意に黒煙があがったのが見えた。

 火事かっ!? とにわかに周囲が緊張するが火の手はまだ見えない。


 早急に現場の確認の必要性を認識し、金八木と美波は手にしたプレゼントの品を配達員に投げ渡して、素早くダッシュしていく。


 しなやかな雌豹のような軽やかな走りで煙の元へと駆け付ける金八木と、それから少し遅れてドタバタとした運動不足の中年のような走りで、美波も追いつくことができた。


 そして煙の出元を注視してみる……と、便箋の手紙の上にねずみ花火のような黒いタブレットが置かれていて、そのタブレットから煙がモクモクとあがっている状態だった。


 金八木は黒いタブレットをピンセットで摘まみ取り、地面の上へ移動させると、靴で踏みにじり、煙をもみ消した。


 そして、便箋を手にし取り上げると、それを躊躇せず開封して手紙の内容を読み始めた。



 ―――。

 学祭都市のみなさんへ


 これから沢山人が死にます。

 今回は警告に過ぎませんが、最終的には強力な爆弾を仕掛け、大量殺人を犯します。

 私を止めることは不可能です。

 死にたくない人は逃げられるものなら、逃げてみてください。

 次の予告地点は○✖地区A通りです。


 殺戮天使爆弾魔さつりくてんしボマーより


 ―――。



 金八木の血相が変わる。


「美波! 大量の応援が必要。すぐ本部に連絡して応援要請して。念のため予告地点からは人払いをしないといけない」


 金八木の階級は警部付け。

 一方、美波の階級は平の巡査。

 

 上意下達の組織の論理はこの学祭都市世界でも変わらず、即座に美波は配給品のスマートフォンを取り出して、本部に連絡を入れた。


 程なくして数十名の応援増員が現場に駆け付け、それに対して現場統括指令となった金八木がテキパキと指示を出す。


 爆弾魔ボマーの予告した地点には早急に人払いが行われ、程なくして、先程とほぼ同じ内容の便箋と黒いタブレットが発見された。


 スマホを通して、新しく入手した手紙の内容を部下の警官から伝達された金八木は……。


「次の予告地点は○✖地区C通り! 先ほどと同様の対処! 急いで!」


 迅速に爆弾魔ボマーが予告した新たな予告地点へと応援増員を送り込む。

 そして、それは何度も同様に繰り返され、学祭都市の中心に鎮座する巨木……世界樹ドラシユルグを周回し、徐々に外部へ向かってスパイラルを描くように、予告地点が移動している傾向が見て取れた。


 地図に予告地点全てに✖印を付けて、地図と睨めっこしていた金八木はハッと気付く。

 このスパイラルの行き先にある主要施設といえば……先程まで級友達と過ごしていた学園の敷地に他ならない。


 恐らく、爆弾魔ボマーの最終目的地は学園の敷地内。

 間違いない! そう判断した金八木はスマホで指示を出し、応援増員総員を学園の敷地内へと送り込み、爆弾物の捜索に当たらせた。


 ……。

 しかし、それから30分経過しても、爆弾物の発見には至らなかった。

 金八木の脳裏に焦燥が走り、それを不安そうに美波が見つめている。


「おかしい……。そもそも初めから爆破を試みず何度も爆破地点の転換を試みた動機は一体どこ

にあるのか? ……ただのイタズラの可能性も捨てきれないが、何か根本的に考え違いをしているのかも知れない……」


 ブツブツと高速言語で金八木が呟きだす。

 それを見て美波はがんばれがんばれと心の中で必死に応援した。

 ……。

 ………。


 と。

 ふと、金八木に天啓が降ってくる。

 そうか! と。


「これは……時間稼ぎの揺動だ! 学園の敷地から一番遠い主要施設……それは……」


 それは……この学祭都市の名の冠にもなっている世界樹ドラシユルグ。爆弾魔ボマーの狙いは恐らく世界樹だ。今度こそ間違いない。


「美波、今は私たち2人しか居ない。急いで世界樹へ駆け付けよう」

「うん! ……ぁ、はい!」


 金八木と美波の2人は、猛然と聖地であり、禁則地である世界樹ドラシユルグへ向かってダッシュしていく。


 そして5分後――。

 立ち入り禁止の看板と、縄張りで人除けしてある聖地へ、金八木と美波の2人は躊躇なく侵入する。


 そして、世界樹ドラシユルグの根本に辿り着いた。

 ビンゴ。やはり、だった。


 世界樹の根本の周囲にはTNT爆弾が複数敷かれ、それがグルリと世界樹を囲むように周回されている。


 そして、その周回の一部分に、とある人影があった。


 その人影を同時に見た金八木と美波はハッと驚く。


 ーーそれは、いつも教室で顔を合わせている、教室窓際最前列でいつもポツンと独りで音楽を聴いている温和そうなイケメンで、秘かに女子の人気も高い竜神達樹りゅうがみたつきだったからだ。


 金八木陽子かねやぎようこ牛上美波うしがみみなみは共に一瞬絶句する。


「竜神クン……あなたが爆弾魔ボマーなの? なんで?」


 珍しく美波が先導して口を開いた。


 竜神は少し間を置いてから、おずおずと喋り始めた。


「聡明なる金八木さん達のことです。揺動作戦は立てましたが、見破られる可能性についても一応想定していました。これから、この世界樹、ドラシユルグを爆破します」


 そう言って足元にあるTNT爆弾の1つから伸びている配線に備え付けてあるボタンを押そうする。

 スイッチオンで起爆という手筈だろう。


 事態の緊急性を察知した金八木が、即座に拳銃を抜き出し、竜神に向かって構え照準を合わせる。


「動くな竜神達樹! ドラシユルグはこの学祭都市の希望の象徴。貴方もわかってる筈。動けば即座に射殺する」


 毅然とした口調で金八木は竜神を恫喝した。

 しかし……。


「その拳銃の口径。28口径とお見受けしました。この距離からの発砲で仮に致命傷を得たとしてもスイッチによる起爆に成功する公算が高いですね」


 落ち着いた分析口調で、竜神は金八木の恫喝をいなした。


「黙れ! 3秒以内に両手を挙げろ! でなければ射殺処分だっ!!」


 金八木は最終宣告を激しく叫んだ。


 3。

 2。

 1。


 そして。

 そして……なにも起こらなかった。


 なんと牛上美波が大の字になって立ち塞がり、身を挺して竜神を守ったからだ。


「……美波。あなた自分が何をしているか分かってるの?」


 平静を装いながら金八木はそう諭すが、手に握っている拳銃の銃身は小刻みに震えていた。


「陽子ちゃん。こんなの間違ってるよ。竜神クンは大事な大事なクラスメイトだもん。撃つのはやめよう」


「美波……」


 力なく金八木は美波の名を呟く。


「竜神クンもさぁ!」


 珍しく美波が声を張り上げて叫んだ。その声は震えて、涙声で滲んでいた。


「知ってる? 世界樹って、ううん、樹って全部とってもやさしいんだよっ! だから殺たりなんかしちゃダメだよっ」


 悲しくて辛くて、美波の声は震えが止まらないが、言葉を続ける。


「ねぇ? やめようよ! こんなことさぁ! やめようよぉ!」


 竜神は美波の訴えで何かに気付いたのか、ふと黒い衝動が薄れた。


「……樹は優しい。か。それはよく知ってるさ……」


 それから竜神は無言になり、不意にフッと笑って両手を挙げた。


 慌てて、金八木は竜神の元に駆け寄り、迅速な所作で手錠をかけた。


「緊急逮捕! 竜神達樹の身柄を確保します!」


 最悪の事態を避けられ、ホッとして金八木はひとつ息をつく。

 それから。


「クラスメイトとして聞くわ。竜神クン、どうしてこんなことをしたのかしら?」


 いつもの調子に戻って、金八木は竜神に尋ねた。

 竜神はフッと笑って――。


「この世界がクソ以下の肥溜めのるつぼだからさ」


 一瞬とても怖い顔になってそう言った。


「そう」


 それだけ聞くと金八木は何か納得したのか、それ以上問い詰めることはなかった。

 金八木に促され、竜神は世界樹から身柄を離されていく。


「ねぇ。竜神クン……。戻ってきたらまた私たち友達だよね? また5人で楽しくお喋りしようよ」


 美波がそう声をかける。

 それに対しては回答せず、竜神は口を開いた。


「いいこと教えてくれたお礼に、僕からも1つ教えてあげてもいいかな。僕が何故降参したのか? それはね、キミ(牛上美波)をここで殺したくないと思ったからさ。……ひょっとしたら僕はずっとキミのことが好きだったのかも知れない」


「えっ?」


 美波がどきまぎしながら驚く。


「ごめんね。冗談さ」


 そして、再び竜神はフッと笑った。


 ――その微笑みは、いつもの両耳にイヤホンをして音楽を聴いているだけの、いつもの温和そうな竜神が見せている表情だった。


 いや、ほんの少しだけ、ほんの少しだけ微かに寂しそうに美波の目には見えた。 


(キミがいつも僕の背中に居てくれたから僕は……)


 けれど、それ以上は思考することを竜神はやめた。


「容疑者を連行します。……それから、美波。今回のことは他に誰も見てないから不問に伏すけど、今度同様のことをしたら……謹慎じゃ済まないから」


 冷厳な態度で、金八木は容疑者である竜神を連行していった。


 世界樹ドラシユルグの葉が、そっと優しい風に揺れている。



 ――一方その頃。


 必死に学園の敷地内を捜索している応援の警察隊を尻目に、大勢の学生達と一緒に退避している炎羅忍えんらしのぶ水奈星辰器みなほしたつきが居た。


 彼らは2人でずっとなにやら、とある話題での雑談を続けている。


「なぁ、金八木のウンコの色の件だが、オレはやはり緑がかっているとみたが、オマエはどうだ?」


「あまり大っぴらに口にしていい話題ではないですが、僕は黒味がかっていると」


「うげぇ、それヤバイ病気じゃねーか!? ――賭けるか?」


「賭けません。仮に賭けたとして色を確認したことがバレたらブッ殺されます」


「……だな」


 そして、現場には季節が夏であるにも関わらず、何だか風邪でも引きそうな、冷たい風がピューっと吹き抜けていった。


 それを受けて、何羽ものカラス達が飛び立っていく。


 そのカラス達を見て、ふと炎羅が呟いた。


「なあ? オレ達は今日何を見ていた?」


 少し考えてから、水奈星が答える。


「さて。……うるわしき妄想、でしょうか?」


「オイオイ」


 炎羅は軽く笑ってから、存外そうなのかも知れないと思い、やれやれといった調子でもう一度自嘲気味に笑った。



 第一話 永遠の都と爆弾魔ボマー closed.


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