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Called,“Remove and add.”  作者: 伝記 かんな
13/13

彼と、ともに

約三ヶ月という時間を経て

穏やかに過ぎていった日常は、

かけがえのない宝ものとして

二人の心に刻まれていた。


来るべき時が訪れても。乗り越えられると信じて。







                  13



目の前で、誰かが泣いている。


自分の頭を撫でて、

無理矢理微笑んだその人は、

引き寄せて、抱擁する。



「―・・・・・・。」



何かを、囁いた。


だけど、聞き取れない。

いや、聞き取れない・・・のではないのか。


“思い出せない。”


多分、この言葉が合っている。



温かくて、いい匂い。

この感覚で、やっと誰なのか気づく。



母さん。



この人は、母さんだ。


顔を見ても、分からないなんて。









                   *









8月下旬。


最近まで朝の5時頃から

蝉の大合唱が始まっていたが、この頃から

急にピタリと止み、違う種類のそれが

また鳴き出す。


夏も、終わりを迎えようとしている。



明来はアラームの音で、瞼を上げた。


スヌーズを止めて、目を擦りながら

起き上がると、温かみのある光を放つ

八分音符のライトスタンドに目を向ける。


この流れがもう、習慣になっていた。

しばらく何も考えずに

じっと眺めて、ゆっくり覚醒していく。



自分の部屋に設置されているエアコンは、

一晩中快適な涼しさを保ってくれている。

前代は数年前に故障してしまい、

当時から親交が深かった松宮に

両親が頼んでいたのを憶えている。

これをきっかけに、他の部屋も

同じエアコンに取り替えられた。


当時最新の、壁掛け形エアコンである。

エコは勿論、電気代も低コスト。

真夏でも気兼ねなく点けて

快適に過ごせるのは、感謝しかない。



ベッドから下りると、カーテンを

少しだけ開けて、外の様子を窺う。

白白明けの空に、星が眠そうに瞬いている。

今日も、快晴。

ギラギラと暑くなるのを予想させる。



―今日も、過酷やろうな。



命の危険を感じる程、現場は酷暑で

意識を持っていかれる。

何度か熱中症になり掛けて、

水分と塩分補給の大事さを

身を持って知ることができた。

水筒だけじゃなく、スポーツドリンクの

ペットボトルを持参している。

近くのスーパーで安売りしているのを

この間まとめ買いして、ストックしていた。

その日飲む分を、冷蔵庫に入れている。



欠伸をして背伸びをすると、

ヘッドボードに置いていたスマホを

手に取って、ベッドに腰掛ける。

いつものように通知を確認していると、

葉音からメールが届いていた。

時間は深夜である。


《寝てたらごめんね(*'ω'*)

 かわいーの見つけちゃったから

 みてほしくて!》


その文章の下に、リンクしている画像がある。


何となく察したので、小さく笑うと

返事を入力して、送信した。


                  《おはよ》

             《いつもありがとう》


素っ気ない言葉かもしれないが、彼女には

言い表せないくらいに感謝している。



部屋のエアコンを消して、ドアを開けると

生温い空気が吹き込んだ。

早朝なので、それ程暑くはないが

十分、不快指数は高い。

晩夏なのに、熱帯夜が続いていた。


階段を下りていくと、

リビングのドア窓から明かりが漏れている。


毎朝舞乃空は、自分よりも早く起きて

昼御飯のおにぎりを作ってくれる。

具を様々考えてくれていて、お陰さまで

日頃の楽しみになっていた。

仕事で疲れているだろうが、いつも彼は

進んで家事をしてくれる。

なるべく自分も、彼が

きつくならないように率先しているが、

甘えさせてもらっているのは

言うまでもない。



リビングのドアを開けると、

涼しい風が自分を迎える。エアコンも万全だ。


「おはよー明来ー!」


今日も、明るい彼の声と笑顔が

目に飛び込んでくる。

自然と笑みを浮かべて、挨拶の言葉を紡いだ。


「おはよ。」


声は最近、安定している。

残念ながら、あまり変わりはないように思えるが

舞乃空が言うには、少し低音になったらしい。

劇的に変わらず、少しがっかりしたけど

以前よりもコンプレックスは

改善した気がする。

背の高さはというと、これも

あまり変わらない。


「今日のおにぎり、ちょーやべーかも。

 うますぎ!最強!」


「そうなん?楽しみにしとく。」


テンション高めの彼に、素直な言葉を投げて

顔を洗いにいこうと歩き出すと、

慌ててキッチンから出てきた。


「待って待って、明来ちゃん。

 おはようハグな。」


ほぼ自然の流れで、両腕を回される。

それに、何の抵抗もない。

習慣というものは、怖い。


あの時から彼は、制限を守っている。

ハグは、朝の始まり時だけだ。


「あー。生き返るーっ。」


そう言って、すーっと、息を吸う音がする。

これもいつも通りだが、

匂いを嗅がれるのは、ちょっとドキドキする。

汗臭くないか、気になるのだ。

エアコンで快適とはいえ、寝汗は掻く。


彼は、というと

信じられないくらい良い匂いがする。

自分とは違って、

気を遣っているのかもしれない。



「・・・・・・」


いつもより、長くはないか。

中々、離れようとしない。


「・・・・・・舞乃空。」


もういいやろ。

そんな響きを乗せて、声を掛ける。


「あともう少しだけ・・・・・・」


さらに、ぎゅーっとされる。


流石に、ドキドキが発生した。


「・・・・・・もういいやろっ。」


今度は、声に出す。


「・・・・・・うん。よしっ。

 充電完了!ありがとーっ!」


ぱっ、と身体を放されて、頭を

ぽんぽんされる。

それも、ドキドキの原因になるのだが。


完全に高鳴ってしまった鼓動を

抑えるように、明来は

真っ赤になった顔を背けた流れで、

リビングを出た。



あれから少しずつ、

自分に変化が生まれている。


最大の変化は、スポーツブラを着けている事。

それと、月に一回の、アレだ。

最初は流石にびっくりして、こっそり調べた。

どうやら、女性特有のものらしい。

病気じゃないかと焦ったが、

成長の証だと認識すると、複雑だった。

女としても、緩やかに成長しているのだ。


不思議としか、言い様がない。

舞乃空が言っていたように、二つの人生を

同時進行しているような感覚だ。


洗濯は、進んで自分が行うようにしている。

彼も察しているようだ。

それに関しては、何も言ってこない。

ただ、頭痛と腹痛が酷い時の

彼の対応は、神がかっている。

仕事現場でも何回か、倒れそうなくらいに

体調が悪い時があったが、

速やかに休憩を促してくれたりして

大事には至っていない。

いつも、支えられている。



検査結果は、『ジーン』の見立て通りで

再確認という形で伝えられた。

とある対策を、付け足して。


それは、究極の二択。



“今までの人生通り、男でいるか。

    女として、生まれ変わるか。”



両性具有アンドロジニー”でいる事は、

“暗闇”の意図に嵌ってしまうと、

『彼女』は語った。


―「成長にも関わるから、じっくり考えて

  答えを出してほしい。

  心に留めてもらいたいのは、

  どちらを選んでも、あなたである事に

  変わりはないということ。

  何も恥じる事はないし、

  堂々と生きていいのよ。

  ただ、女として選んだ場合、

  見た目の変化で

  周りは気づいていくから、それに

  理解を得られない時もある事。

  ・・・・・・でも、あなたの周りには

  親切で優しい人たちが多いみたいだから、

  心配しなくてもいいと、私は思うわ。


  あと、伝えなければならない事実が

  一つだけある。


  あなたの声帯に、“I.N.”と思われる物が

  埋め込まれている。・・・というより、

  “埋もれている”という表現が合っている。

  ・・・・・・この原理を説明しても、

  理解は得られないと思う。

  この事項は、過去に同じ例があって

  結論には辿り着いている。だから、

  あなたに“I.N.”が寄生しているのは、

  予想範囲内だった。

  ・・・・・・そして、あなたの家にあるPC。

  それに、大きく関わっている。

  今の時点で、取り除く事は

  不可能に近い上に、

  あなたに支障が出てしまう。

  寄生すると、深い根を張って

  神経にまで繋がってしまうのよ。

  拒絶反応もなく、自分の身体の一部として

  認知してしまうのが、

  この“素材”の恐ろしさ。

  ・・・・・・現時点では経過観察、という事になる。

  出来る限りの対処は行えるけど・・・・・・

  無力で、申し訳なく思っているわ。」―



『ジーン』と蔵野、そして

その橋渡しをしてくれているゆりには、

心の底から感謝している。

『彼女たち』のお陰で、

平常心を保つ事が出来ているのだ。

原因が分かっているのと、

分かっていないのでは、話が違う。

心構えが出来るし、備えられる。


“暗闇”の存在に怯える事なく、

今に至っている。


そして、葉音だ。


検査結果の後に、自分の事情を

話せる範囲で彼女に打ち明けた。


今まで彼女は、ずっと自分の事を

心配してくれていた。

出来る限り自分を支えようと、

彼女なりに考えてくれて。

だから隠さずに、

自分の身体に起こっている事を

話すべきだと思った。

『ジーン』も、それには同意している。

身近で、女性として寄り添える

存在がいる事は、必要だと。


葉音は最初こそ驚いていたが、

納得してからの対応は、素早かった。


女性の聞きにくい事を、速やかに

教えてくれたり、必需品の買い物まで。

さっきのメールに添付されていたリンクは、

恐らく通販のウェブサイトだろう。

今着用しているスポーツブラは、

葉音が教えてくれて、選んで

購入したものである。


どうしようか悩むよりも、彼女は

何もかも受け入れて、背中を押してくれる。

頭が上がらない。


舞乃空の行動力に匹敵する、葉音の対応力。

そんな二人が傍にいてくれて、

自分は本当に幸せだと改めて感じた。













炎天下。

この言葉が当て嵌まる、正午近く。


明来は、壁掛け形エアコンの施工中だった。

滝のような汗を拭う事も忘れて、

室機内から伸びる冷媒と、

室外機へと伸ばした冷媒を繋げる為に

フレアツールで加工する。

断面に傷がないかを確認し、フレアボルトを

大きさの違うモンキーレンチ二つで、

しっかり閉める。


この一連の作業を、

手際よく出来るようになった。

数をこなしているお陰もあるが、

力の入れ具合や、道具のクセなど

把握するようになってから、上達したのだ。


約三ヶ月前から施工している、

集合住宅の壁掛け形エアコン設置。

この施工期間は、

かけがえのない経験と実績になっていた。



「明来ー。昼休憩だぞー。」


背後から、舞乃空の声が掛かる。


丁度切りの良いところまで終わらせ、明来は

天板に跨るように上っていた

四尺の脚立から、ゆっくり下りていく。

腰道具を外し、養生シートの上へ静かに置くと

近くに置いていたタオルで

首元に噴き出る汗を拭いながら、彼に尋ねた。


「どこまで出来た?」


「この階以外は、全部繋げて回れたかなー。」


「・・・・・・早いやん。」


「へへっ。師匠にも褒められた!」


照りつける太陽に晒されて

赤く染まっている彼の笑顔は、満足げだ。


いつも彼は律儀に日焼け止めスプレーを

使っているが、この強い日差しでは

完全に防ぎきれないようだ。

モデルという顔はもう、

感じさせないくらいに、逞しい。



あれから舞乃空は、

こつこつと現場経験を重ねて、

室外機を任されるようになった。

力もあるので、機器運びや土台設置など

多岐に重宝されている。

最初、自分と一緒に寺本に付いていたが、

彼の非凡な力の強さと機動力に

水野が黙ってはいなかった。

今では彼が、舞乃空の師匠になっている。


近いうちに、舞乃空も

室内機設置を覚えるだろう。

手足の長さや身長も非凡なので、

可能性が底知れなかった。

上達の速さも、圧倒的だった。

危機感、というよりも、

良きライバルが出来たと思う方が強い。

見習う所は吸収して、自分の良いところを

伸ばしていこうと思っている。

焦らず、マイペースで。


ポジティブに考えられるようになったのも、

彼のお陰かもしれない。

その存在は、自分の中で本当に大きい。

何もかも。






二人が仮説駐車場まで歩いていくと、

既に松宮たちが車の側で待っていた。


「何台いけた?」


寺本に尋ねられ、明来は即座に答える。


「三台目のフレアを、

 繋げたところまでっすね。」


「上出来。舞乃空は?」


「明来がいる階以外の外機は、

 設置完了っす!」


「後でチェックするけんな。」


得意げに言った舞乃空に、水野は

電子たばこを美味しそうに吸いながら

言葉を投げた。


「最初ん時は、銅管潰してましたけど。

 へへっ。もう覚えました!」


「やっていく内に、

 力の加減が分かったやろうが。」


「はいっ!」


「順調にいけば、今日で施工は終わるな。

 もう午後からは、真空引きも始めていこう。

 舞乃空は水野と一緒に回れ。

 後は、私が引き継ぐ。」


「了解しました!」


松宮の目が、明来へと向けられる。


「早くなったな、明来。」


短い言葉だが、彼から発せられたものは

とても貴重で、嬉しい。

“ありがとうございます”、と発して

笑顔で応えると、会釈をした。


皆それぞれ、解散する。


寺本が乗用するバンへ歩いて向かう後を、

明来と舞乃空は付いていく。


彼はドアを開放し、気温上昇していた車内の

風通しを良くしてエンジンを点けると、

冷房をオンにした。

一時間弱という休憩時間だが、少しでも

涼しい空間を作って避暑し、

水分塩分補給するのは大事である。


「汗くせーっ」


後部座席の足元に置いていたリュックから

着替えを取り出すと、舞乃空は外で

制服の上着を勢いよく脱ぐ。

中に着ていたTシャツも脱いで、

上半身が露になった。


彼は昼休憩の時いつも、着替えを行う。

今日はタイミング的に

それを真正面から見てしまい、内心慌てて

目を逸らした。

舞乃空を、いや、露になった上半身を

目に入れないように、助手席の下に置いていた

ショルダーリュックを手に取る。

すぐに車に乗り込んで、

保冷バッグに入れていたペットボトルを

取り出し、蓋を開けて勢いよく飲んだ。


「いつもいつもハンパねぇ暑さやなぁ。」


運転席に座りながら、寺本は

ハンドルに掛けていたタオルで汗を拭く。


「寺さんもこれ、使います?」


舞乃空が外から

デオドラントシートを差し出すと、

寺本は笑いながら断った。


「俺はいいよ。いい匂いしてもなぁ。」


「いい匂いだけじゃないんっすよ!

 すーっとして、

 めっちゃ気持ちいいっすから!」


「へー。」


彼は興味がなさそうに返事をして、

大きめの水筒からコップに

麦茶を並々注いで、喉を鳴らす。

舞乃空はTシャツを着ながら、

残念そうに呟いた。


「涼しくなるのになー。」


このデオドラントシートタイムと着替えが

終わる頃には、冷房も効き始める。

舞乃空が後部座席へ乗り込んで

ドアを閉めると、明来と寺本も同様に閉めた。



最近、この時間に困っている。

目のやり場がない。

前までは、平気だったのに。

これも、変化の内に入るのだろうか。



デオドラントシートの、フルーティな香りが

車内を漂う中、寺本は

保冷バッグに入っている弁同箱を取り出して

蓋を開けると、すぐに箸を持って

口いっぱいに入れていく。


いつも思うが、この美味しそうに食べる姿を

奥様に届けてあげたい。


「いつも思うっちゃけど、お前ら

 おにぎり二個だけでよく足りるなぁ。」


手の平サイズのおにぎりを二つ取り出す

自分たちを、寺本は咀嚼しながら一瞥する。


「量いかねぇと、もたねぇやろうもん。」


「十分足りますよー。飲み物多めなんで。

 なー、明来ー。」


ペットボトルのスポーツドリンクを

美味しそうに飲みながら、舞乃空が話を振る。

明来は静かに頷いて、手の中にある

おにぎり二つを、じっと見つめた。

アルミホイルで包まれているので、

どちらが最強のおにぎりなのか、分からない。


「三角の方が、紫蘇とワカメ!

 丸い方が、最強な!」


察して補足する彼は、流石である。


丸いのが、最強の方。

これを楽しみにとっておいて、

紫蘇とワカメの方のアルミホイルを

丁寧に剥がしていく。


青ネギ入りの卵焼きを頬張りながら、

寺本は短く告げた。


「倒れんなよ。」


舞乃空は既に、笑顔で

二個目のおにぎりを頬張っていた。


「気をつけます!」


「明来は特に、やな。

 何回かやべぇ時あったけん。」


「・・・・・・はい。」


その警告を、素直に受け入れる。


彼が言うように、命の危険に晒された事は

何度もあった。でも、

その経験があるからこそ、備えられる。

熱中症にならないように、

水分塩分補給を多めにという意識だ。


過酷な環境に触れて辛い時もあるが、

それを知って適応力が付いた身体は、

強くなって、耐えられるようになる。

汗をかく事が、今では清々しいとさえ

思えるようになった。


快適で無理のない生活が当たり前になると、

これが薄れがちになる。

生きる実感というのが、

日常で得られる機会があるのは

とても大切な事だと、考えるようになった。


自分たちの歳ではまだ、

親の範囲内でしか動けないのが殆どだが、

早くても遅くても自立する時が来る。


それに気づけるか、気づけないか。

その違いだけだ。



紫蘇とワカメのおにぎりは、

安定の美味さだった。

すぐに、最強の方へ手を伸ばす。

短冊サイズの海苔で巻かれた、丸いおにぎり。

両手に持ち、大きく口を開けて

かぶりつく。


嚙んだ瞬間に、プリっとした歯ごたえ。

その後に広がる、プロセスチーズの濃厚さ。


これは、確かに。


「・・・・・・おいひい。」


思わず素直に、感想を零してしまった。


「なーっ!美味いだろー?!」


明来の反応に、舞乃空は

とても嬉しそうである。


「何が入っとうと?」


寺本は中身が気になる様子で、

そのおにぎりを覗き込む。


「ソーセージとチーズっす!」


目を閉じて、もぐもぐしている自分の代わりに

彼が元気よく答えてくれた。


「最強やな。」


「最強っすよね?」


美味くないはずがない。


―ちょっと、ピリッとする・・・・・・

 あぁ、黒胡椒か。

 しかも、マーガリンで焼いたんやな。

 このひと手間が、効いとる。

 へぇ。今までありそうで、ない具やったな。


惜しみつつ、食べ終えてしまった。


「・・・・・・ごちそうさまでした。」


丁寧にお礼をして、締めくくる。


「へへっ。しばらくこの具にするかー?」


しばらく、この具にしてもらおうかな。

言おうとしたら、先回りされた。


「よろしくお願いします。」


「りょーかい!」


二人のやり取りを、寺本は笑って

ご飯を頬張りながら眺めている。


「ホントお前ら、仲いいよなぁ。」


彼がいつも、口にする言葉である。


自分にとっては、少なからず

そわそわする言葉だ。

まだ、周りには気づかれていないが

いずれ、知られてしまうだろう。


舞乃空と自分の、事情を。

















午後6時を過ぎた頃。


無事に仕事を終えて、明来と舞乃空は

自宅に帰り着いた。


「ただいまーっ。」


彼はいつも、誰かに呼び掛けるように

挨拶の言葉を発する。

これも慣れているので、スルーして

言葉を投げた。


「・・・・・・舞乃空。

 晩メシは俺が作るけん。」


「えっ。・・・いいのー?」


「だから、お先に風呂どうぞ。」


「おぉーっ。じゃあ、今日は

 お言葉に甘えまーす!」


「水筒洗うけん、リュックから出して。

 これ、部屋にお願い。」


「はーい!」


自分の水筒とタオルを取り出して

彼の水筒を受け取ると、明来は

ショルダーリュックを手渡す。


着替た物とタオルは、各自で

洗濯槽に入れるようにしていた。

汗まみれになった物を触れたり、

触れさせるのは、暗黙の了解で控えている。


舞乃空は、にこにこ顔で

弾むように階段を上がっていく。


仕事始めて一ヶ月近くの彼は、疲れ果てて

階段を上がるのも辛そうだった。

仕事の環境に慣れたのもあるが、

成長した証拠でもある。

彼の背中は、一回り大きくなった気がする。


明来は、水筒たちを一旦キッチンへ置くと

洗面所に向かい、制服の上着と靴下を脱いで

タオルと共に洗濯槽の中に放り込んだ。

洗面台で入念に手を洗い、

顔を冷やすように洗う。


冷たくて、気持ちがいい。

この瞬間が、ほっとする。

仕事が終わったんだと、切り替えられる。


リビングに戻ると、即座にエアコンを点けた。



明日8月25日は、舞乃空の誕生日だ。


この日の夕飯、松宮家に呼ばれている。

陽菜と葉音が、お祝いの料理を

振る舞ってくれるらしい。

仕事を休もうか彼に提案したけど、

独特な意見を自分に返した。


“誕生日の時は、いつも

 人の為になる事をしようって決めてるんだ。

 だから仕事してる方が、人の為になるじゃん?”


祝ってもらうという環境がなかったのか、

彼独自の考えなのか分からないが、

それを聞いて衝撃的だった。

同時に、共感できるところがあって、

自分の時もそうしようかなと考える。


流石に松宮家の誘いまでは

断らなかったが、特別な事という認識は

彼にはないらしい。

だからせめて、今夜は前祝いで

自分が料理を作ろうと思っていた。

と、いっても、普通の晩御飯なのだが。


そして、自分としては

何かプレゼントを用意したかった。

何がいいだろう、と一ヶ月前から考えて

悩んでいたけど、何とか決まった。

もう、こっそり準備している。

明日渡すつもりだ。


でも、ふと思った。

彼は、隠している事を見抜く。

サプライズできないのでは。

そう思っていたけど、彼は

それに関して特に何も触れてこない。

バレていないのかな。疑問に思いながらも、

密かに遂行している。


しかも、今夜は偶然

地区の花火大会が行われるという情報がある。

ルーフバルコニーから花火が観れるという、

最高のシチュエーション。

今日、仕事が早く終わって良かった。

20時から始まるので、その時間になったら

誘い出そうと思っている。

あ。そうだ。炭酸欲しいな。

こっそり後で、コンビニに行こう。


あの時よりも自分は、考え方が

柔らかくなったと思う。

物事を、少しずつ

受け入れられるようになって、

見える世界が広がったような気がする。


支えてくれる周りのみんなが、

自分を生かしてくれる。

そう思えるようになった。


その中でも、舞乃空の存在は

誰よりも大きい。

好きだという気持ちも、強くなっている。

あの時よりも。

彼を、心から大事に想っている。

それは、確実に。

だからこそ、一緒に過ごす時間を

噛みしめている。


時々、自分からハグの制限を失くそうと

持ちかけようか迷う時がある。

でも実行に移しては、ない。

自分の身体の変化もあるが、

好きという気持ちに

歯止めが掛からない気がして。

今なら、あの時の舞乃空の気持ちが

少しだけ分かる。

歯止めを掛ける意味が。


今なら。

少しだけ、緩めても、いいのかな。


『ジーン』に差し出された

究極の選択の答えは、彼の影響で

ほぼ決まりつつある。

それを、きちんと彼にも話そうと思う。


その答えで、変わるものがあっても。

自分の想いは、変わらない。

決めた事に、後悔はない。


彼が、笑ってくれるなら。











晩御飯の準備が終わる頃、

舞乃空がリビングに姿を見せた。


「お風呂いいよー。」


夏場というのもあるが、お互いに

風呂はお湯を張らずに

シャワーで済ませてしまうので、

20分程度しか掛からない。


化粧水で潤った彼の顔には、

爽快感が溢れていた。


「うん。こっちも準備できた。

 冷蔵庫で冷やせば出来上がり。」


「おーっ。もしかして、冷やし中華?

 いいねーっ!」


生野菜と冷たい麺は、

身も心も涼しくさせてくれる。


茹で卵を作り、麺ともやしを湯がいて

トマトと胡瓜、ハムを切って盛り付ければ、

後は冷蔵庫で寝かせておける。

時短で有難い料理だ。

胡麻だれは、市販のもので十分である。


「大した料理やないけど。」


「何言ってんのー?手が加われば

 全部料理だってばー。めっちゃ嬉しい!」


彼の満面の笑顔を横目に見て、明来は

冷やし中華が盛り付けられた二つの器に

ラップを掛けて、冷蔵庫に入れる。


「じゃあ、ちょっと待っとって。」


「いつまでも待ちます!」


ドラマの台詞みたいな言葉を吐き、舞乃空は

上機嫌でスマホを片手にソファーへ座った。

明来はリビングを出ると、

着替えを取りに二階へ上がっていく。


―炭酸、いつ買いに行こうかな。

 ・・・・・・晩メシ食べ終わって、

 舞乃空が部屋に戻った後でいいか。

 間に合うかな。


考えながら、部屋のドアを開けた。


―確実に、成功させたい。










午後7時30分を過ぎた頃。


舞乃空が部屋に戻ったのを見届けて、明来は

こっそりと玄関から外に出て行った。


コンビニまでの距離は、徒歩2分。

非常に便利な位置に存在している。


たまにアイスとかお菓子が食べたくなって、

舞乃空と買い出しに行くことがある。

夜の散歩は、特別な時間だ。

数ヶ月前まで一人だったが、今では彼と二人。

物寂しく思えた公園の木々も、二人の時だと

風に乗って楽しく揺れている気がする。


無事コンビニで

炭酸とスナック菓子を買った後、

そらが入ったバイオマスレジ袋を提げて

公園の側を歩いていく。


ざわざわと、木々の擦れる音が届いた。


ふと、足を止める。




おいで。



そんな声が、聞こえた気がした。



時間はまだ、大丈夫。


少しだけ寄っても、間に合う。



誘いに乗るように、明来は

公園に足を踏み入れた。


歓迎するように、木々が揺らめいて見えた。


特等席であるベンチの側の照明が、

ちか、ちか、と、ゆっくり点滅している。



いつもと、違う雰囲気だ。


少し、緊張感を覚える。


照明が、消えてしまったら。

周りは、真っ暗になる。

もし、そうなったら。

そう考えると、震えが生じた。



おいで、という声に、

なぜ、応えてしまったんだろう。


その声は、危険だと、

なぜ、忘れていたのだろう。



震えが、止まらなくなった。



照明が、消える。


座り込んでしまい、その拍子に

レジ袋に入っていたペットボトル2本が

地面に転がった。


真っ暗なはずなのに、

ベンチに座る人影が浮かび上がる。


それは。


【さぁ。来るべき時が来たようだ。】


にたりと笑う、その顔は、

鏡で見ている自分と、同じ顔だった。


【手を取り給え。

 遊びの時間は、もう終わりだよ。】



手を、差し伸べられる。

自分が、自分に。

いや、自分の姿をした、“暗闇”に。



「・・・・・・いや、だ・・・・・・」



ささやかな、抵抗の意思。

それが、自分にとっては

精一杯の拒絶だった。



【手を取れば、永遠の時間が訪れる。

 君は、重要な役割を果たせる。

 我々の存在を、愚かな者たちに示すのだ。】


「・・・・・・いや、だ・・・・・・」


自分と瓜二つの“暗闇”が、

ベンチから立ち上がる。


【怖がる必要はない。

 何も感じなくなるだけだ。

 それは、至高だとは思わないのかね?】


必死で、首を横に振る。

後ずさりしたくても、身体が動かない。


【なぜ君を、部下に託したか。

 この世界そのものが、偽りであると

 知ってもらう為だ。上辺だけの、綻びだと。

 事実は、もっとシンプルで美しい。

 生きる歓びと、死して味わう苦渋。

 これが融合すれば、我々はようやく

 真理を手にする事が出来るのだ。】



何一つ、理解できなかった。

ただ、分かる事は。



「・・・・・・偽り・・・・・・

 なんか・・・・・・ひとつも、ないっ」



今、心にある、この想いは。

偽りじゃない。

そして、みんなも。

支え合って、生きている。

誰一人、偽りなんかじゃない。



“暗闇”は、憐れむように

自分を見下している。


【・・・・・・私の遺伝子とは思えんな。

 こうも、変わり果てるものなのか。

 使えん。同意を示せば、

 残しておいたものを。

 ・・・・・・手初めに、あの少年には

 死を与えてやろう。悪い影響を排除する。

 心配しなくてもいい。絶望を感じる前に、

 何も感じなくなる。そう。忘れる。

 良い言葉だろう?

 そして、書き換えるのだ。思うままに。

 君が大好きな曲と同じだよ。】



そこで、明来は、ぐっと

歯を食いしばった。


「・・・・・・同じ、じゃないっ・・・・・・」



舞乃空が心を籠めて作った、あの曲は。


何も感じない事を至高だと言う、

“お前”なんかと、一緒じゃない。


彼が、どんな思いで。

ここに、辿り着いたのか。

“お前”に、分かってたまるかっ・・・・・・!!



心の中で、叫ぶ。拒絶する。



睨みつけてくる明来に、“暗闇”は一笑した。


【怒りを見せるとは。

 無駄だとは思わないかね?】


手を伸ばし、自分の頭に触れようとした。

その瞬間。



ダァァァン!!



銃声が、鳴り響く。



はっとして後ろを振り返ると、

見知らぬ男が立っていた。


この真夏に、ロングコート。

大いに違和感があるだが、

それを気にする余裕はなかった。


『終わりにするのは、お前の方だが。』


その声に、聞き覚えがある。


そうだ。あの時の。

姿は見えなかったが、

低くて良い声を放つ、誰か。

その声の主だと、確信する。


【・・・・・・しつこい犬め。】


男の姿を“暗闇”は、歪んだ形相で見据える。

煩わしい。それが露に出ていた。

そして片手を、もう一方の手で抑えている。

指の脇から、黒い血が流れていた。


男の左手に握られているものを、把握する。

それは、一丁の拳銃だった。

大音響と、“暗闇”に手傷を負わせた、要因。


『“お前”を追い詰める為に、

 どれだけの労力と尽力を掛けたか。』


【・・・・・・

 誉め言葉として、受け取ろう。】


ふらりと、“暗闇”は後ずさると、

ベンチへ腰を下ろす。


【どうする気かね?私を撃てば、彼にも

 影響が出るのを、知らないはずがない。】


男は、表情を変えずに言った。


『 ・・・・・・“お前”こそ、

 気づいていなかったのか?

 あの時、俺が“お前”に向けて撃った弾で、

 既に隔離している。

 伊達に月日を掛けていない。』


【・・・・・・くっくっくっ。“リコリス”、か。

 “リコリス”は元気かね?】


『“お前”に会わせる必要はない。』


【うまく口説いたようだ。】


『“彼女”のお陰で、こうして俺は生きている。

 ・・・これ以上、“お前”の勝手にはさせない。』


【・・・・・・気づいていないのは、

 君たちの方だよ。】


“暗闇”の目が、明来へ向けられる。

その視線に怯むことなく、

真っ向から見据えた。


奮い立たせたのは、皮肉にも先程の

“彼”の一言だった。

逆鱗に触れたというべきだろう。

怒りが、彼を支えていた。


大事な人を侮辱した罪は、重い。


【私が消えても・・・・・・止まらない。

 それは、認識しておくべきだ。】


相変わらず、“暗闇”が語る内容は

理解できない。


静かに聞き入れた男は、声を響かせる。


『言いたい事は、もうそれだけか?』


銃口が、向けられる。

そんな状況でも、“彼”は笑っていた。


【疲れたよ。】


『・・・・・・俺も、だ。』


【・・・・・・世界が、

 美しく生まれ変わる光景を・・・・・・

 見届けられないのは、残念だ。】


『それは、させない。』


【くっくっくっ・・・・・・】



ダァァァン!!!



銃音とともに、“暗闇”は

がくんと首を項垂れた。

額から、一筋の黒い血が流れる。


自分が撃たれたような感覚で、

明来は目を逸らさずに見届けた。


心を痛めるよりも。

やっとこれで、足を踏み出せるような。

重い足枷を、ようやく外せたと思えた。


さらさらと、粒状に

“暗闇”の身体が崩れていく。


なぜか、それが綺麗に見えた。


全てが黒で包まれていた“彼”が、

金色の砂になって、空中に舞う光景。


それを微動だにせず見届けていた男に、

明来は目を向けて会釈をする。


「あの・・・・・・ありがとうございました。

 あなたは、一体・・・・・・」


誰なんですか?

そう問い掛けようとしたが、男が

自分を目に捉えた直後、声が聞こえた。



“明来・・・・・・!!

  明来・・・・・・!!”



舞乃空だ。

近くで聞こえるが、姿が見当たらない。


『君が俺と会うのは、

 これが最後になるだろう。』


優しく、心地好い声が降ってくる。


見上げた先には、

穏やかな表情に浮かぶ、微笑み。


『大事な人とともに、あの部屋へ行け。

 自分の目で、確かめろ。

 あれはもう君の物だ。

 失われた記憶が、取り戻せる。

 ・・・・・・君の思うままに。道を進め。』










「・・・・・・明来・・・・・・!!」



必死で自分に呼び掛ける、舞乃空の声。


はっとして、彼の心配そうな顔を

目に入れると、急に景色が明るく見えた。


舞乃空は、座り込んでいた自分の両肩を

包むように抱いている。


「・・・・・・舞乃空・・・・・・?」


―何で、ここに?


状況が把握できず、彼と目を合わせた。


「・・・・・・明来!大丈夫か?!」


視線が定まったのに気づき、舞乃空は

強く呼び掛けてくる。


「・・・・・・うん・・・・・・」


彼の温かさ。

泣きそうになるくらい、安心した。


「良かった・・・・・・」


はーっ、と安堵の息をついた彼は、

ようやく笑顔を浮かべる。


「ゆりさんから電話があって。

 “明来を追いかけろ”って言われて。

 何の事か分かんなくてさ、とりあえず

 部屋を出たら、明来がいないってなって。

 どうしようって外を出て、

 公園に行ってみたら、

 お前が座り込んでて・・・・・・」


明来は、まだはっきりしない頭で

彼の言い分を聞き入れた。


―・・・・・・そっか・・・・・・

 ゆりさんが・・・・・・


奥のベンチに目を向けると、いつも通り

照明は、桜の木々たちを淡く照らしていた。

そして、あの男の姿は

もう見当たらない。


「実は、さ。最近、ゆりさんに

 言われていたことがあって。

 “あいつ”が現れるから、注意しろって。

 日常一緒にいるし、夜寝ていても

 物音したら気づくから大丈夫だろうって

 思ってたけど・・・まさか、こんな隙間狙って

 来るなんて思ってなくて。」


本当に、底から安心したのだろう。

吐露していく彼を、何も言わずに見守る。


「甘く見てたかも・・・・・・ごめん。

 ホントびっくりした・・・・・・

 しかも、声掛けずに出て行っただろー?

 ・・・あ、でも、その時には操られてたとか?

 あ、いやいや、コンビニで買い物してるし

 それはないよなー。」


コンビニで、買い物。


その指摘で地面に視線を落とすと、

スナック菓子の入ったレジ袋と

炭酸飲料のペットボトルが二つ、

転がっていた。


「・・・・・・舞乃空、今、何時・・・・・・」



どーん!!



大きな音が、響き渡る。


「んっ?あれ、もしかして、花火かー?」


この公園からでは、その光景は拝めない。

しかし彼は夜空を見上げて、探そうとする。


明来は、舞乃空から離れて

素早くペットボトルたちを拾い上げると、

レジ袋に入れて立ち上がった。

ふらついたが、それに構わず声を掛けた。


「今夜、地区の花火大会なんよ。帰ろう。」


「へー。そーなんだー・・・って、うわっ!」


一緒になって座り込んでいた

彼の手を取り、引っ張る。

その勢いで前のめりになって

彼は立ち上がると、手を繋がれたまま

明来と共に走っていく。


「ちょ、明来?!ど、どーしたの?!」


突然の行動に、驚かざるを得ない。


「いいから、早く!」


「もう、大丈夫なのか?!」


まだ気に掛けている彼へ、言葉を投げる。


「もう終わった!」


「お、終わったって・・・・・・」


「今それどころやない!」



どーん!!


花火は、待ってはくれない。


家に辿り着いた直後に、その姿が半分見えた。


玄関のドアを開けて中に入ると、

ようやく舞乃空の手を放し、サンダルを脱ぐ。


「バルコニーで観ようと思っとったんよ!

 早く行こう!」


急かすように言って、明来は階段を上がる。


「・・・はははっ。」


その一言で悟ったのか、彼は笑って

その後を追う。


「そんなに急がなくたって、

 まだ始まったばかりじゃん。」


―最初から観たかったんよ。

 落ち着いて、ゆっくり。


その言葉を飲み込んで、

ルーフバルコニーへ続く扉を開けた。

外に出ると、丁度数発の花火が

夜空を染めていた。


「おぉーっ!!ちょーキレーに見える!」


「炭酸ヤバいかも。汚れとるし。」


明来はレジ袋からペットボトルを取り出し、

付いた土を払い落としながら、一本

舞乃空に差し出す。


「お前の分。」


彼は嬉しそうに微笑んで、それを受け取る。


「ありがとー!・・・確認だけどさー。

 これの為に、こっそりコンビニに行った?」


「・・・・・・」


計画は台無しだ。


その答えを口にはせず、明来は

夜空を見上げる。


「へへっ。・・・・・・キレーだなー。」



それから、しばらく無言で

打ち上げられる花火を観賞した。


ぱちぱちと、火花が散る音。

真っ暗な空に染まる、色とりどりの模様。


吹き込む風さえも、演出の一部だと感じる。



本当は、ゆったりと迎えたかった。

だけど、この時間に辿り着けた。

自分にしては、良い方なのかもしれない。


舞乃空と一緒に、花火が観れた。

それだけで、十分だ。



明来は、ペットボトルの蓋を開ける。

すると、ぷしっ、と音を立てて

泡が噴き出した。


「うわっ。」


慌ててそれを、口で受け止める。


「はははっ。そうなるよなー。」


舞乃空も続くように

ペットボトルの蓋を開けると、

泡が噴き出してきたので

零さないように素早く飲んだ。


「うまーっ!」



花火の灯りと、彼の笑顔が瞳に焼き付く。


明来は一点に、それを見つめた。


視線に気づき、舞乃空が目を向ける。



一本の線のように繋がり、逸らせない。



舞乃空は微笑み、自分のペットボトルを

そっと抜き取ると、二つ並べて地面に置く。


彼の顔が、間近に迫った。


もう何が起きるのかは、分かっている。


瞼を閉じて、受け入れる。



ふわりとキスをされて、両腕に包まれた。



胸の奥が、じんわり痛い。


抉られて、染み込んでいくと、どくんどくんと

鼓動が強く波打つ。


温かさを通り越して、熱い。



「・・・・・・

 ・・・・・・我慢できなかった・・・・・・

 ごめん。」


耳元で、懺悔の言葉が零れた。


明来は、首を横に小さく振る。


「・・・・・・もう、好きな時に、ハグしよう。」


彼は、困ったように笑った。


「そうなったら、いつもになるぞー?」


「それでいいやん。」


舞乃空は少し離れると、くしゃくしゃに笑って

明来の頭に手を置く。


「ガチで言ってんのー?」


「噓かどうか、分かるやろうもん。」


顔が、火照っているのが分かる。

こんなことを言うのは、恥ずかしいけど。


「・・・・・・お前のこと、あの時よりも、ずっとずっと

 大好きになっとるって、気づかんと?」


「・・・・・・うわ。うれし・・・・・・

 ちょ・・・・・・待って、ヤバい。明来ーっ!!」


がばっと、再びハグされる。


「うわっ」


「かわいすぎるっ!!なんなのそれーっ?!」


「力、強すぎっ」


「俺も大大大好きーっ!!」


「は、花火観んと!」


「花火どころじゃないーっ!!」


「く、苦しいって!」


「やだっ。放さないっ。」


なぜか、笑いが込み上げてきた。


「・・・・・・ははっ。

 この方が、お前らしいやん。」


「えっ。どこが?」


「こういうところ。」


ぎゅっ、と、舞乃空に両腕を回す。


そう。こうやって、

ハグばっかりする彼の方が

断然、らしい気がする。


「・・・へへっ。えへへへっ。

 何ですかー、もー。

 めっちゃ嬉しいっすけどー。」


デレデレしながら彼は、尚も

明来を抱き締める。



どーん!!


ぱちぱちぱち・・・・・・



絶え間なく、打ち上がる音と散る音が

届いてくる。

懐の中で、目を閉じて静かに聞いていると、

彼の鼓動の音も混じり合った。


自分と同じように、

彼の音も速くて、力強く鳴っている。


ドキドキするのは変わらないが、

幸せな気持ちが溢れて笑顔になるのは、

今までになかった。


これも、変化、なのかな。


時間が許す限り、

くっついていたいと思うのは。



「・・・・・・やべー・・・・・・

 幸せすぎる・・・・・・」


心の声が、彼の場合は漏れている。


それに、明来は小さく吹き出す。


「・・・・・・うん。幸せやね。」


「・・・・・・無事で、

 ホントに良かった・・・・・・」


安堵の息が漏れたのをきっかけに、

先程の事を思い出す。


「・・・・・・公園で起こった事、話してもいい?」


「そうそう。終わったって、

 どういう事かなーって思ってさー。」


二人は、抱擁を解かない。


このままでいたいと思う気持ちと、

落ち着く気持ちが、満たしているからだ。


「・・・・・・コンビニで買い物して、

 公園を通りかかった時に・・・・・・

 何かの声に誘われて、公園に行ったんよ。

 その声は、“暗闇”で・・・・・・」


「誘いに乗っちまったのかー。」


「実は、普段・・・・・・

 桜が話しかけてくるというか、

 声が聞こえてきていたんよ。だから、

 いつもの声やなって思って・・・・・・」


「・・・それ、“あいつ”だったんじゃね?」


「今思えば、そうかも。」


「で、誘われて、襲われた?」


「うん。俺とそっくりな姿で現れて。

 ・・・・・・俺を、消そうとした。

 でも、あの時の人に助けられて・・・・・・

 “暗闇”の存在は、消えたみたい。」


「・・・・・・あー。銃声の?」


「今回は、姿が見れたんよ。」


「へー。消えたって事は・・・・・・

 もう現れないって事だな!

 その人に、めっちゃ感謝しねーと!」


優しく微笑むロングコートの男を

思い浮かべながら、明来は

夜空を色とりどりに染める花火に目を向ける。


「それで・・・・・・お前と、

 あの部屋に行けって言われた。

 “あれ”っていうのは・・・・・・多分

 PCの事で、失われた記憶が、

 取り戻せるとか・・・・・・うーん。」


具体的な名称は語らなかったので、

探りながらの発言だった。


舞乃空も、四方八方に散っていく花火に

目を向けて、やんわりと告げる。


「行ってみた方が早くね?」


悩んでいるよりも、直に触れた方が

確かに、早い。


「・・・・・・そうやな。」


「一応、ゆりさんに連絡しとくか?」


「・・・・・・うん。」


「お礼言いたいから、

 スピーカーオンでよろー。」



名残惜しいが、彼に回していた両腕を

解いて、少し離れる。

彼も自分と同じだったのか、

ゆっくりと抱擁を解く。


熱帯夜で汗ばむくらいだが、

くっついている時の熱は、留めたくなる程

愛おしいと思ってしまう。


ジーンズの後ろポケットから

スマホを取り出して、画面を開く。

通話をタップして

スピーカー機能をオンにした後、

三回コール音が鳴り終わると同時に繋がった。


《・・・・・・こんばんは。》


「ゆりさん、ファインプレー感謝っす!」


「あの・・・先程は、

 ありがとうございました。」


―正直、舞乃空が来てくれなかったら、

 しばらく動けなかったかもしれない。


《お礼を言われる事なんて、してないわよ。》


彼女の声音は優しくて、

少し笑いが混じっていた。


《もう、大丈夫ね。》


「・・・・・・はい。」


告げられた意味は、理解している。


《あなたが踏み入れた世界は、三ヶ月前に

 私が話した世界と一致する。

 ・・・・・・出逢った『彼』は、

 私の祖父と、友人だった人よ。

 “暗闇”を追う為に、

 今の姿になってしまったけど・・・・・・》


「・・・・・・その人に、舞乃空と

 あの部屋に行けと言われました。」


《ええ。・・・・・・PCの事は、

 何か話を聞いた?》


「俺の物だから、自分の目で確かめろ、って。」


《・・・・・・そう。

 『彼』は、あのPCの存在理由が

 分かっているのね。・・・その通り。

 起ち上げる事が出来るのは、あなただけ。

 言葉通り、あなたの物よ。》


「その、パスワードとか・・・・・・

 全然知らないですけど・・・・・・」


《行ってみたら、分かるわ。》


「・・・・・・失われた記憶が、

 取り戻せるとも言われて。」


《・・・・・・ええ。》


少し間が空く。

これ以上の答えは、実際に

触れてみろという事かもしれない。


「今から、行ってみます。」


《二人とも、お幸せにね。》


急に告げられたその一言で、

明来は顔を真っ赤に染めた。


―それは、結婚のお祝いに使う言葉では。


黙って聞いていた舞乃空は、

言われて嬉しいのか、ニヤニヤしている。


「・・・・・・ちょ、ゆりさん。

 いきなり何っすか、それ。」


「はーい!今もうすでに幸せっすけど、

 もっと幸せになりまーす!」


《ふふっ。立ち塞がる壁は、存在しない。

 あなたたちが手を取り合えば、

 どこまでも行ける。

 ・・・・・・また、連絡してもらえるかしら。

 詳細を教えてほしいの。》


テンションが上がっている彼を

横目にしながら、明来は返事をする。


「・・・・・・はい。分かりました。」


「ゆりさんも、蔵野さんとお幸せにー!」


《ふふっ・・・はい。それでは、またね。》



通話が切れた。


舞乃空が、満面の笑みを浮かべて

顔を覗き込んでくる。


「照れてるー。めっちゃかわいー。」


顔を隠すように

右手を口元に持って行くと、明来はスマホを

ジーンズの後ろポケットに直した後、

地面に置いていたペットボトルを手に取る。


「・・・・・・花火が終わってから、行こう。」


ぼそ、と言葉を投げて、炭酸飲料を飲んだ。


口の中で、しゅわしゅわと広がる。

浮ついた気持ちと合って、

とても美味しく感じた。


赤い火花が、散る。


今の、自分の顔と同じ色だから、助かった。


「そうしよー。」


笑い混じりの声が、真横で響いた。


舞乃空もペットボトルを拾い上げて

炭酸飲料を少し飲むと、もう片方の手を

明来の手に絡ませる。


「キレーだなー。」



どーん!!


ぱちぱちぱち・・・・・・



三ヶ月前までは、滑らかな手だった。

今、豆だらけになった彼の手は

自分と同じで、肌触りがいいとは言えない。


でも。

大好きな手だ。


じんわりと、彼の熱が伝わる。

それが、自分の心に注がれていく。


幸せで、楽しい。


思わず、顔が綻んだ。


溢れて、止まらない。












花火が終わる頃には、互いに

ペットボトルが空になっていた。

明来のペットボトルを取って

両手に持つと、舞乃空は笑顔で告げる。


「これ、洗って潰してくるから

 ちょっと待っててー。」


足取り軽く、彼は

ルーフバルコニーから去っていった。



夜風が気持ちいい。

ほんの今さっきまで彼の手を繋いでいた

彼の熱が、まだ残っている。

結んだり、開いたりすると、

感触さえも覚える。


余韻を味わっていると、すぐに

彼が戻ってきた。


「今度さー、手持ちのやつ買ってやろ―ぜ。

 俺、線香花火大好きなんだよなー。」


「・・・・・・ロケット花火とか、

 好きかと思った。」


「それ、手持ちじゃないじゃん!」


互いに笑って、家の中に入る。


「俺も、線香花火大好き。」


「眺めてるとさー。不思議と、

 音が生まれてくるっていうか。

 曲が出来ちゃうんだよ。」


「すごいやん、それ。」


「多分今度も出来ちゃうから、

 聴いてもらおー。」


「うん。楽しみにしとく。」



舞乃空が作った曲は、出来たらその度

聴かせてもらっていた。

アコースティックギターの音色と

彼の優しい歌声は、

いつ聴いても、心を癒してくれる。


配信したらいいのに。

最近、それを考える。

自分に向けてというのは、嬉しい一方

自分だけに留めておくのは

勿体ない気がする。


とても良い曲で、とても心地好い声で。

身内の欲目っていうやつに

近いかもしれないけど。

聞く人の心に響くのは、間違いない。



廊下のフローリングに踏み出すと、

ひんやり冷たい。


「いつ思い出しても、

 すげーって思っちまう。」


開かずの部屋を塞ぐ一枚のドアを見て、

舞乃空は笑って言葉を零す。


「見せたかったぜー。鍵ぶっ壊すゆりさん。」


それを聞いて、明来も笑った。


「うん。見たかった。」


二人にとって、彼女は

スーパーヒーロー、いや、ヒロインである。


「どんな修行したら、

 あんなに強くなれんのかなー。」


「想像もつかん。」


「弟子入りしようかなー。」


「・・・・・・やめといた方がいいと思う。」


「えー。」


ドアノブを掴むと、捻りもしていないのに

ふわっと軽くドアが開いた。

ストライクが外れている為、

デッドボルトが引っ掛かっていない。

木枠が抉られている状態に、

明来は目を見開く。


「・・・・・・すごっ・・・・・・」


「すげーよなー。」


恐る恐る部屋の電気を点けると、

部屋の中へ歩いていく。

家具もなく、ただデスクの上に

ノートパソコンが置かれているだけの、風景。


「・・・・・・何も、ないやん。」


呟いた後、妙な音が短く鳴った。


「ん?何の音だー?」


目を向けるのは、PC以外何もない。


「・・・・・・画面、光ってね?」


閉じられているが、

ディスプレイから光が漏れている。


「えっ・・・・・・起動しとるとかいな?」


「開いてみてー。」


舞乃空は、楽しそうに促す。

恐る恐る明来は、ノートパソコンに触れた。

すると、さっきと同じ音が、短く鳴る。


「うわっ。」


それに、びくっとして手を止めたが、

ディスプレイが気になるので、息を整えて

ゆっくり、開いていく。


「・・・・・・えっ?これ・・・・・・」


互いに、驚きを隠せない。


開かれたディスプレイに映るものは。


瞼を閉じた、自分の顔。

鏡、ではないはずだ。


「・・・・・・どういう事やろ?」


「・・・・・・目、開いた!」



ディスプレイ越しの明来が、瞼を上げる。



自分の顔が、

無表情で見つめてくるという現象は、

妙な気分に陥る。

少なくとも今、驚きのあまり

言葉を失っていた。



そして彼は、口を開く。



《・・・・・・君の、大好きな人の名前は?》



響かせた声も、自分とそっくりだった。


「あ、明来がっ、明来に質問してるっ!」


大きな驚きと共に感動している

舞乃空が、嬉しそうに声を上げる。


「何だこれっ?!すげーっ!!

 AIなのかなーっ?!」


それにしても、リアル過ぎはしないか。


「・・・・・・ど、どういう仕組みなん?」



AIという言葉は、

日常で聞くようになったし、

どんなものなのか、朧気に知っている。

でも、その言葉だけでは

片付けられない何かがある。


生きて根付いているような。

画面の、向こう側で、しっかりと。



《すぐに答えられる質問だと思うけど。》


ディスプレイに映る自分が、眉をひそめる。

表情も、豊かだ。


「う、嘘だろーっ、すげーっ・・・・・・」


両手で口を抑えつつ、舞乃空は目を輝かせて

行方を見守っている。


《さぁ。答えて。》


急かすように、答えを求めてくる。


―・・・・・・えっと、質問って、何やったっけ?

 大好きな人?えっ・・・・・・

 それって・・・・・・

 それを今、言えって?

 答えるの、ばり恥ずかしいっちゃけど。


「・・・・・・」


《・・・・・・》



しばらく、にらめっこが続いた。


質問の内容が内容なだけに、舞乃空は

興味津々で聞き耳を立てている。


「・・・・・・隣にいる、この人やけど。」


「うわっ。うれしっ。」


《名前、言ってほしいっちゃけど。》


博多弁まで、使い出した。

それに目を丸くしつつ、明来は頬を赤らめて

ぼそ、と告げる。


「・・・・・・舞乃空。」


《同期完了。》


「明来っ。俺も大好きっ。」


彼が、横からハグしてくる。


《何が聞きたいと?

 君の事なら、何でも知っとるよ。》


パタパタ尻尾を振る犬のように抱きつく

彼に構わず、言葉を紡ぐ。


「・・・・・・

 両親が亡くなった日の事が、知りたい。」


―それが、思い出せたらいいと

 いつも思っていた。


《了解。立ったままだと疲れるやろうから、

 そこの椅子に座って、目を閉じて。》


―・・・・・・気遣いまで、できると?


言われた通りにデスクの椅子を引き、

くっついていた舞乃空を丁寧に剥がすと、

明来は腰を下ろした。


向かい合い、静かに瞼を閉じる。


ディスプレイ越しの明来が、

ちらっと舞乃空に目を向けた。


《・・・・・・阿久屋 舞乃空。

 君に関する記憶も、追加しとくけんね。》


「・・・・・・えっ?」


彼が驚きの声を上げると同時に、

映像が、鮮明に広がる。











                   *











この日は具合が悪くて、学校を早退した。


普通のだるさではなくて、

ヤバめの部類に入るやつだった。

眩暈もひどくて、我慢できないくらいの。


病院に連れて行こうかと

保健の先生が言ってくれたけど、

病院は、両親の許可なしに行く事は

禁止させられていた。

何でなのか分からず、従ってきたのは

小さい頃から刷り込まれたからだろう。


家に帰るだけでいい。

そしたら、両親が治してくれる。

何の違和感もなく、そう思っていた。



【ただいま・・・・・・】



力なく声を掛けて、家に入る。

歩けるけど、ひどく気分が悪い。



リビングには、誰もいない。


昼間の、この時間なら

母さんがいるはずだと思っていた。

父さんとの、昼メシを作っていると。

でも、姿が見えない。



【・・・・・・】



話声が、微かに聞こえた。

二階からだ。


きついけど、階段を上がっていく。



【・・・・・・やっぱり、間違っているわ。】


【何を今更言っているんだ?

 もう、後には引けない。】



はっとする。

開かずの部屋のドアが、少し開いている。

母さんと父さんの声は、部屋の中からだ。



【あなたは、何とも思わないの?】


【思わないわけ、ないだろう?

 この研究を始める時から、

 常軌を逸していると思っていた。】


【じゃあ・・・・・・】


【だからこそ、だ。博士がいなければ、

 今までの苦労と時間が無駄になってしまう。

 僕は、佐倉井博士の蘇生を望んでいる。】



一体、何を話しとるんやろう。

話し掛けづらい。



【君も、そうだろう?】


【それは・・・・・・】


【それを望んで、

 母胎を提供したのではないのか?】


【・・・・・・】


【情が生まれるのも、無理はない。

 血は繋がっていなくとも、

 自ら腹を痛めて生んだ子だ。

 母性本能には逆らえない。】



・・・・・・血が、繋がっていない?

一体、誰の話なん?



【それに君が、佐倉井博士の事を

 想っていたのを知っている。】


【そ、そんなこと・・・・・・】


【恥ずべき事じゃない。

 研究が周りに理解されなくとも、

 僕たちは佐倉井博士の才能を尊敬し、

 一途に志を預けてきた。

 そんな僕らだからこそ、博士は

 この重要なミッションを任せてくれた。

 その期待を、裏切るわけにはいかない。】


【・・・・・・】


【僕もね、情がないわけがないよ。

 明来を、本当の子どものように想っている。

 でも彼は、

 佐倉井博士と同じ身体となる存在。

 貴重な遺伝子を受け継ぎ、

 研究結果を残す為の大事な役割がある。】



・・・・・・え?

何の、話を、しとるん?



【君の情だけで、この事実を

 書き換えてはいけないんだよ。】


【・・・・・・

 書き換えてはいけないのは、

 私と、あなたが、

 明来の両親じゃないという事ではないの?】



・・・・・・両親、じゃない?

父さんと、母さんが?


意味が、分からない。



【あの子の意思は、どうなるの?

 今まで生きてきた、明来の意思は?

 完全に、博士の思い通りにしていいの?

 明来は、どうなるの?

 あの子は?】


【・・・・・・落ち着きなさい。】


【今までの、あの子が消えてしまうのよ?

 それを、黙っていられるの?】


【素晴らしい。】



急に、後ろから風が吹いた。


驚いて振り向くと、真っ黒だった。

ブラックホールみたいに。


怖くて、声が出なかった。



黒い風に気づいて、二人は

開かずの部屋のドアを完全に開き、

廊下に出る。


【・・・・・・博士っ!!】


黒い風の中に浮かぶ男の人に話し掛ける

父さんの顔は、とても嬉しそうだった。

今までに見た事がないくらいの、歓喜。

へたり込む自分には、目を向けない。


こんなに怖いのに、

どうしてそんなに喜んどうと?


【君たちは素晴らしい。情が湧く程に、

 器を大事に育ててくれた。

 心から感謝する。】


【・・・・・・博士・・・・・・】


【君たちの絶え間ない苦労を、

 無駄にはしないよ。】


母さんの頬には、涙が流れている。

溢れて、止まらない様子だった。


母さんは、喜びというよりも、

悲しみ、憂いの方が強い気がする。


動けない自分に、目を向けた。


【・・・・・・明来・・・・・・

 聞いて、いたのね・・・・・・】


深い悲しみ。


聞かれたくなかった。

そんな思いが、全身に伝わってきた。


【安心し給え。これに関する記憶は、

 来るべき時まで鍵を掛ける。

 ・・・良い機会を、もたらしてくれた。

 深い傷となって、私と繋がりやすくなる。

 それに、この者の意思を残そうと思えば、

 不可能な事ではない。

 計画通りに、実行しさえすれば。

 ・・・・・・少し早いが、

 最後の仕上げを行ってもらいたい。】


くっくっくっ。


喉を鳴らして笑っているような音を立てる、

黒い風に包まれた男。

死神。

悪魔。

どの言葉も、当て嵌まるような、

当て嵌まらないような。


とにかく存在そのものが、怖い。


大きな震えが、自分を襲った。

ひどい気分の悪さは、

大きな恐怖となって塗り替えられる。


自分は、これからどうなるのだろう。


不安と、恐怖が、自分の全てを支配した。



【心残りならば、

 最後の別れを赦してやろう。

 その時間は、当然の権利だ。

 君が、一番の功労者だからね。】



母さんが、自分に向かって歩いてくる。


どうしたらいいのか分からず、

ただ、見上げていた。


すると、母さんは

寄り添うように座って、微笑んだ。

自分の頭を撫でる。そして、抱き締めた。



【・・・・・・愛しているわ、明来。】



優しくて、温かい声。良い匂い。

生まれた時から、ずっと変わらない。

とても愛おしくて、大事な存在。


母さん。


自分は、呟いた。


同時に、涙が溢れた。



俺も、母さんの事、愛しているよ。


言葉にするのは恥ずかしいから、

いつも心の中で呟いて、感謝していたよ。


父さんだって。

いつも優しくて、温かくて、愛していたよ。



これが。


偽りだったと、いうのか。




【くっくっくっ。絶望が流れてくる。

 そうだ。頼るのは、私だけだ。

 忘れるがいい。陳腐な想いなど。】



その言葉が、突き刺さる。


陳腐な想い。


忘れる。


忘れたら、痛みも忘れるかな。


何もかも、感じなくなるかな。



【その通り。

 無駄な痛みなど、感じる必要はない。

 さぁ・・・・・・眠り給え。

 新たな一歩を、踏み出す為に。】



眠れば、忘れる。


痛みも。愛も。


忘れる。













                   *













【うわーっ!!かっこいーっ!!】



でんしゃ。


かっこよかぁ。


おおきなおかおと、おめめで、

みんなを、たくさんのせて。



【すげーっ!!!】



げんきにはしっとる、あくやくん。


でんしゃみたいに、かっこいい。


ぼくは、おいつけない。



【こっちにもいるよー!!】



てを、つないでくれた。

いっしょに、びゅーんって、はやい。








【おじゃましまーす!!】


【ふふっ。どうぞ。】



あくやくんが、いえにきた。


きょうは、あくやくんの

おとうさんとおかあさんは、

おしごといそがしくて、いえにいない。

かえってくるまで、ぼくのいえにいる。



【どうしたの、明来?ほら、入りなさい。】



はじめてのおきゃくさまが、あくやくん。

うれしい。



【こんにちはー!】


【こんにちは。

 ご飯が出来るまで、

 こっちに座って待っていよう。】


【はーい!】


【明来、おいで。】



おとうさんは、ぎたーをもっている。

ひいてくれるのかな。

うれしいな。



【わぁー!かっこいー!!】


【聞きたい曲はあるかな?】


【クローバーファイターがいい!】


【おおっ。そうきたか。】


【へーんしーんっ!!】



クローバーファイター。

かっこいい。

あくやくんのへんしんも、

おとうさんのぎたーも、かっこいい。



【ぼくもできるかなー?】


【ああ、できるとも。やってみるかい?】



あくやくんは、

おとうさんのひざのうえにのる。

いいなぁ。ぼくも、おしえてもらいたかなぁ。



【舞乃空くん、オムライス好きかなー?】


【だいすきですっ!!】



おむらいす。

ぼくも、だいすき。

おかあさんのおむらいす、ばりおいしい。



【れんおくんのおかあさんとおとうさんに、

 しつもんがあります!】


【あら。うふふ。何かしら?】


【ぼくは、れんおくんがだいすきです!

 おとなになったら、けっこんできますか?】



けっこん?

なんだろう。



【・・・・・・そうね。

 明来が、あなたの事を大好きなら、

 できるわよ。】


【ほんとですか?!】


【うふふ。ええ。】


【・・・・・・おい。】


【いいじゃない。】


【ねぇねぇ、れんおくん!ぼくのことすき?】



あくやくんが、とてもいいえがおで

きいてくる。

ぼくも、だいすき。



【うん。だいすき。】


【うわぁーい!!】



あくやくんが、よろこぶ。


ぼくも、うれしいな。

あくやくんがわらうと、おひさまみたいで

とてもあたたかい。


ぼくも、えがおになれる。


だいすき。


ずっと、いっしょにいたいなぁ。












                   *














涙が頬に伝う。

それを、誰かが指で拭ってくれた。


瞼を上げると、覗き込むようにして

舞乃空が、笑顔で自分を見つめている。


《記憶として残っとるのは、以上やけど。

 ・・・・・・他に用事はない?》


ディスプレイに映る自分に目を向けると、

無表情だった彼が、笑顔になっていた。


「・・・・・・うん。もうないよ。大丈夫。

 ありがとう。」


《どういたしまして。いつでも言って。》


彼の瞼が、静かに下りる。

光っていた画面も、

眠るように暗くなった。



「・・・・・・明来が目を閉じてる間、

 画面に映像が出てきてさ。」


ふわっと頭に置かれる、温かい手。


「俺も一緒に観れたんだ。

 お前が忘れてた記憶。すげーよな。」


髪を梳くように、撫でられる。


「お前の両親はさ、愛を持って

 育ててくれたんだと思う。

 それが分かって良かったじゃん。」


「・・・・・・でも、それは・・・・・・」


―“暗闇”への、忠誠心というか。

 偽りの、愛情。


「偽りじゃねーよ。

 明来がここまで立派に育ったのは、

 両親の愛情を感じていたからだろ?

 ・・・で、“あいつ”の企みに

 1ミリだけでも踏み留まってくれた。

 それが分かっただけでも、

 救われるんじゃね?」


―・・・・・・どんな理由でも。

 自分の事を、大事に育ててくれたのは。

 事実だった。


「・・・・・・うん。そうやね。」


「俺に関する記憶まで見れたのは、

 すげー嬉しかったなー!

 ・・・って、明来ーっ!!

 俺の事、かっこいいって!!うはーっ!!

 しかも、大好きって

 思ってくれてたのねー!!

 ちょーうれしーっ!!」


舞乃空は歓喜の声を上げて、

後ろからハグしてくる。


そう。彼との思い出を、

鮮明に観る事が出来たのは、かなりの。


呼び起こされたように、鼓動が高鳴る。


「そ、それは・・・・・・その・・・・・・」


心の中を、丸裸にされた気分だった。

どうしようもない恥ずかしさで、

全身熱くなる。


「俺が“見える”ようになったのって、

 かなり落ち込んだ時からでさー。

 しかも、俺も部分的に忘れてたからさー。

 その時明来が、

 どんな感じで返事してくれたのか

 分かんなかったんだよー。・・・あーっ、

 うれしすぎるーっ!!」


「ちょ、苦しいっ。」


「俺たち、両想いだったんじゃーん!!」


「だ、だから、それはっ。」


―まだそんなの、分からん状態で。


「親公認の婚約してたわけでありましてー!」


「あ、あのな・・・・・・」


「それってまだ、有効じゃないのー?」


「・・・・・・」



明来は、すぐ真横にある

舞乃空の顔を見つめた。

それに応えるように、彼は笑顔で視線を注ぐ。


きゅう、とする胸の奥。


今が、話す時かもしれない。



「・・・・・・俺が、

 女として生きるのを選んだら・・・・・・

 結婚、できるの・・・・・・かな?」


「・・・・・・え?」


「できる、なら・・・・・・

 女として、生きようと思う。」



それ以上、言葉に出来なかった。


恥ずかしくて、彼から目を逸らす。



自分たちの年齢じゃ、結婚は

まだ早いと言われても仕方がない。

祝福されるかも、分からない。

理解を得られない事の方が、多いだろう。


でも、自分たちの婚約が、

互いに有効だというならば。

それに向けて進むことは、

早いも遅いもない。


それは、紛れもなく幸せだと思う。



「・・・・・・そっか。

 ・・・・・・・うれしーな。

 そこまで、考えてくれたんだ。」


ぎゅっと、彼の両腕に力が籠る。


「・・・・・・いいのか?それで?」



ここで、生きるならば。

可能な限り、自然な形で彼と一緒にいたい。


自分の人生は今、まだ

15年しか経っていない。

だけど、その15年は自分にとって

とても長くて、濃かった。


それを捨てて、生まれ変わる。

重大な決断だ。


だからこそ。



「・・・・・・お願いが、あるんよ。舞乃空。」


彼の両腕に、両手を添えて言葉を紡ぐ。


「・・・・・・今の俺を、見てほしい・・・・・・」



彼なら。

この意味を、分かってくれる。


「・・・・・・生まれ変わる前に・・・・・・」


声が、震えた。



今まで生きてきた、自分の全てを。

焼き付けてほしい。


見てもらえるだけで、いいから。



そう告げようとした時、

彼の囁きが耳に届く。


「・・・・・・明来・・・・・・」


名前を呼ぶ彼の声も、震えていた。


「・・・・・・見るだけじゃ、多分・・・・・・

 終わらないと思う、けど・・・・・・」


いいの?


声に成らず、息吹となって漏れる。




互いに、震えていた。


歓喜なのか、羞恥なのか。

聖域に触れようとしている、罪悪なのか。



彼らを誰も、止める者はいない。



刻もうとしているこの時間を、

二人は忘れないだろう。


いつまでも。






















                 エピローグ












8月25日の日中は相変わらずの快晴で、

夜を迎えた今でも

焼けるような暑さだった熱の余韻が、

アスファルトに残っていた。



「松宮さんとこで食うの、久しぶりだなー。」


「焼きそば食った以来やね。」



隣の松宮家までは目と鼻の先だが、

明来と舞乃空は並んで

ゆっくりと、歩を進めていく。

暗黙の了解のように。



「どんな美味いご飯食えるのかなーっ。」


「俺の時は、手巻き寿司やった。」


「うはーっ。今ので急に腹減ったっ。」



笑いながら話す彼の横顔を

ちらちらと見ながら、明来は相槌を打つ。



昨晩の事を、今になって思い出して

胸が苦しくなる。


彼と一緒に朝を迎えたものの、

仕事というのもあって

余韻に浸る時間がなかった。

だけど、何というか

それが自然に過ぎたなという気がしている。



とても、大事な時間を重ねた。


誰にも言えない、一時を。


身体と心に、しっかり刻まれている。



「明日、仕事休みだからさー。

 ゆっくり過ごそーなー。」


ふわりと手を取られて、指が絡まる。


「・・・・・・うん。」


路上に誰もいないか、ドキドキして

辺りを見渡した。


松宮家の前に着いたという事もあって、

尚更落ち着かない。


「気になる?」


ニヤニヤしながら、舞乃空が聞いてくる。


「・・・・・・気になる。」


「今、チューしたい気分だけど。」


「な、何で今?」


―ここで、しなくても。


「開放感あんじゃん。」


「・・・い、意味分からん。」


「しよー。」


「・・・・・・」


じっと、彼を見上げた。

にこにこして、答えを待っている。


ぎゅっと、目を閉じた。

それが、答えのようなものである。


重なる寸前で、

にゃーんという声が上がった。


びくっとして松宮家の方を振り向くと、

申し訳なさそうに葉音が、頬を赤く染めて

物影から姿を見せる。


「・・・・・・ご、ごめんね。

 邪魔しちゃったかも・・・・・・」


彼女に抱えられた

こはるが、更に、にゃーんと鳴く。


「・・・・・・こ、こんばんは・・・・・・」


挨拶を、投げるしかない。

明来も負けずに顔を真っ赤に染めて、

謝るように言葉を返す。


「はははっ。俺が悪いんだよー。

 ごめんなー、葉音ー。」


謝ってはいるが、舞乃空は

どこか楽しそうである。


門戸が開けられて、二人は庭へ入っていった。


「もうそろそろ来るかなぁって思って、

 こはると外で待ってて・・・・・・」


まだ葉音は、気まずそうにしている。


「ちょっと、遅くなったかも・・・・・・

 ごめん。」


明来も、落ち着かない。


「ううん。謝らないでぇ。」


「出迎えてくれてありがとなー。」


唯一、舞乃空は悠然と笑っている。

彼が片指を

こはるの鼻に持っていくと、彼女は

甘えるように頭を擦り寄せている。


その光景を眺めていると、何となく

心が和んできた。


「・・・・・・二人とも、ホントに仲良しなんやねぇ。

 応援しとるけんね。」


葉音も同じように和んだのか、

目を輝かせて笑みを浮かべていた。


「・・・・・・いろいろ、ありがとう。」


この場を借りて、明来は彼女に

心からの感謝を伝える。


「えへへ。私も嬉しいんよぉ。二人には、

 もっともっと幸せになってほしいもん。」


屈託のない笑顔を向けられて、舞乃空も

満面の笑みを返す。


「葉音がそう言ってくれると、

 めっちゃ嬉しいよ。

 ホント、ありがとなー。」


「ふふっ、もぉっ。

 お礼とかいらんってばぁ!

 ほらぁ。早くお家に行こぉ。」


二人から真面目に感謝されて、

葉音は恥ずかしそうに笑いながら

玄関へ歩いていく。


「舞乃空くん、ラザニア好きって言ってたから

 作ってみたんよぉ。」


「うわっ、ヤバッ!うれしーっ!!」


「お口に合うといいっちゃけどぉ。」


「合います!合う合う!」


テンションが上がりまくって

後ろから付いていく彼と、

その反応で嬉しそうに笑う彼女を

微笑みながら見守り、明来は歩いていく。



ふんわりと包んでくれる、

かけがえのない幼なじみ。

そして、その彼女の家族。


温かい空気と、優しさ。

彼女たちが傍で支えてくれているから、

自分たちは力強く歩いていける。



困難な時が来たとしても。

きっと、乗り越えられる。
















夜の9時半を過ぎた頃。


松宮家で晩餐を堪能した二人は、

幾分涼しくなった夜風に当たりながら

自宅へ戻っていった。


舞乃空の右脇には、

綺麗なクラフトでラッピングされた

葉音からの誕生日プレゼントが

抱えられている。


「あー、くるしー。食い過ぎたーっ。」


玄関で靴を脱ぎながら、彼は

幸せの溜め息を漏らす。


「うん。ちかっぱ食った。

 美味すぎるっちゃもん。」


同じように満腹で息をつく明来も、

彼に続いて廊下に上がる。


「プレゼントまで貰っちまって。

 今までで、一番幸せな誕生日かも。」


階段を上がっていく彼の後ろ姿は、

顔を見ずとも幸せで溢れていた。

それを見届けながら、明来は

ゆっくり階段を上がっていく。



―そういえば自分も。

 プレゼントを用意しとった。



0時を迎えた時、彼に

ハッピーバースデーの言葉を贈った。

すごく喜んでくれて、

その時の笑顔は溶けそうなくらいで。

何度も自分を包んでくれた。


それに満足してしまって、

葉音のプレゼントを見るまで

忘れていたのだ。



「・・・・・・舞乃空。

 部屋の前で、ちょっと待っとって。」


「んー?今夜は一緒に寝ないのー?」


舞乃空は、甘えるように見つめてくる。

それにドキドキしながらも、明来は

しっかりと見据えて返答した。


「・・・・・・昨日は、特別。」


「・・・・・・特別、だったけどさー。」


色のある視線を、注がれる。

ハグをしていないのに、熱っぽく

抱きしめられたような気分だった。

その視線に負けそうになるが、

ぐっと堪える。


「特別やったと。」


「・・・・・・んー。」


残念そうな笑みを浮かべる彼に、

きゅう、と胸が痛くなる。


「明日は、ゆっくり過ごせるのにー?」


「・・・・・・」


「一緒に寝よーよー。」


激しく鳴る鼓動に苦しくなって、

明来は逃げるように自分の部屋へ入る。


舞乃空は、小さくため息をついて

それを見送ると、葉音のプレゼントを置きに

自分の部屋へ戻っていった。



―・・・・・・一緒に、寝たい、けど・・・・・・



日常で味わう事が赦されるのか。

幸せすぎる、あの特別な一時を。

何もかも忘れて、ずっと浸りたくなる、

危険な時間を。


息を整えて、勉強机の引き出しから

手のひらサイズの小さな紙袋を取り出す。

喜んでもらえるのか、

少し不安になりながら。



言われた通りに部屋の前で待つ

舞乃空の表情には、気を取り直したのか

絶え間ない笑みが浮かんでいる。


「えっと・・・・・・これ。

 誕生日プレゼント。」


「へへっ。ありがとー。」


差し出した小さい紙袋を、

彼は大事に受け取る。


「あの、さ・・・・・・

 プレゼントの事、気づいとったやろ?」


気になっていたところである。

このサプライズプレゼントを、彼が

気づかないわけがない。


優しく微笑んで、舞乃空は告げる。


「もちろん。でもさ、せっかく明来が

 サプライズ考えてくれてんのに、

 言うのもどうかなーって思って。

 バレないのが、サプライズの良さだろ?

 めっちゃ嬉しいの我慢して、

 ずーっと待ってた!・・・開けていい?」



―やっぱり、バレとったんやね。


彼の細やかな気遣いに、

明来は複雑な気持ちで様子を窺う。


小さな紙袋の中身は、

ティアドロップのギターピック。

それに書かれている文字は、

“HARU”のサイン。

ゆりに頼んでもらい、書いてもらったのだ。

“彼女”は、快く引き受けてくれたらしい。


「ありがとなーっ!!宝物にするっ!」



彼の破顔は、自分の全てを鷲掴みにする。


彼の笑顔こそ。


宝ものだと思う。



応えるように微笑み、両手を広げる。


そんな自分に、舞乃空は満面の笑みで

優しい視線を注ぎ込む。



互いに、包み合った。


温かくて、愛おしい。


唯一の、抱擁。



これが既に、特別なのだと思う。


昨日の事は、胸の奥に秘めながら。

今日を、第二に書き換えていこう。


彼と、ともに。





“一緒に寝よう。”


はにかみながら、彼の耳元で囁いた。
























最期まで読んでくださり、

この物語にお目に留めてくださったこと、

温かい応援と優しいお心遣い、

言葉に出来ないくらい感謝しています(*^^*)

本当にありがとうござしました!∞



これからもマイペースになりますが、

新たな物語を紡いでいこうと思いますので、

お時間の許す限り

よろしくお願い致しますm(__)m。・゜・゜・。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 朋也さん!!(´;ω;`)✨️✨️✨️ ありがとうございます。明来ちゃんを救ってくれて、ありがとうございます!!かっこいいよぉぉぉっ。・゜・(ノД`)・゜・。 ……さて!ここで、あのお方…
[良い点] まず初めに!! 完結、おめでとうございますーーーーーっ!! もう、もうね。Last Action、毎日リアルタイムで読んでました。この浸れる時間が至高。ほんとにほんとに幸せで大好きな時間。…
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