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気まずい。マリエッタはリディアを凝視してくる。だが何も言わず黙っている。
一体彼女が何を考えているのか分からない。
「リディア様」
暫くその状態が続き、マリエッタは不意に口を開いた。
「お髪が乱れてますよ。マリエッタが、直してあげます」
明らかにアロイスの前と口調も声の高さも違うマリエッタに、リディアは引きながらも笑顔で対応する。
「い、いえ、マリエッタ様のお手を煩わせる訳にはまいりませんので……もしお見苦しいのでしたら、退出させて頂きます」
この場を離れる口実が出来たと安堵したのも束の間、頭に痛みが走った。
「っ……」
「遠慮なさらないで。マリエッタ、こう見えても結構手先が器用なんですよ」
そう言いながらマリエッタはリディアの後ろ髪を乱暴に掴み引っ張る。壁に背を向けている為、周囲からはマリエッタがリディアの髪を引っ張る様子は見えない。
痛いっ……。
「マリエッタ様っ、お離し下さいっ」
「きゃっ‼︎」
中々髪を離さないマリエッタに、リディアは思わず手を振り払ってしまった。するとマリエッタは勢いよく後ろにのけ反り、床に崩れ落ちた……。
「マリエッタ⁉︎」
そこに丁度良くアロイスが飲み物を手にして戻ってきた。その瞬間リディアは気付いた。先程までマリエッタが黙り込んでいた理由を。
アロイスに見せる為だ、この瞬間を……。
アロイスは血相を変えてマリエッタへと駆け寄った。瞬間、マリエッタの唇が弧を描いたのが見えた。
「アロイス兄様ぁ、リディア様が……マリエッタ、リディアのお髪が乱れてたから、直して差し上げようとしたの。でも、でも、リディア様に突き飛ばされて」
涙を目尻に浮かべマリエッタはアロイスに縋り付いた。
「リディア……何故、マリエッタを突き飛ばすなど」
いくら倒れる瞬間を見たと言っても、普通ならリディアに本当にマリエッタを突き飛ばしたか否かを確認する。だが彼は彼女の言葉を鵜呑みにして、それすらしない。
頭が真っ白になる……周囲からのざわめきと、マリエッタの嘘の啜り泣く声、そしてアロイスが自分を批難する声だけが頭の中に響く……。
「まさか君がこんな酷い事をする人だったなんて、思わなかったよ。……悪いが、君との婚約は考えさせて貰う」
婚約を考える?婚約を破棄するという意味?
私は何もしていない。マリエッタに髪を引っ張られたから軽く手を払っただけ。彼女は自ら転倒した。
そう言いたいが、言えない。半開きになった唇は震えて声すら出なかった。
「怖いわ」
「嫉妬?」
「マリエッタ様、身体が弱いのに突き飛ばすなんて」
「酷い人」
いつも気にしない様に、聞こえない様にしていた周囲の声は深くリディアに突き刺さった。
「リディア様を責めないでっ。私が余計な事をしたからリディアの機嫌を損ねてしまったの……」
マリエッタは、言葉巧みにアロイスや周囲へと呼びかける。悲劇の主人公として。
「マリエッタ、君はなんて優しい人なんだ。自分を突き飛ばした彼女を庇うなど……やはり、僕には君しかいない」
「アロイス兄様……」
呆然と立ち尽くす中、彼はリディアに告げた。
「先程は考えると言ったが、やはり我慢ならない。こんなに、か弱く心優しいマリエッタをぞんざいに扱う君とは……考えるまでもなく婚約破棄させて貰う」