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舞踏会当日。朝から夜に向けて入念に準備をする。湯浴みをしたり、髪を整えて、化粧を施し、衣装を合わせたりと大忙しだ。
「リディア様、本当にそのドレスで宜しいんですか」
申し訳なさそうに、ノーラはリディアの顔を見遣る。
「えぇ、ノーラが選んでくれたんだもの。これでいいわ」
緋色のドレスには程よくレースが施され、色に対して形自体は控えめな印象に見えた。派手すぎずかと言って地味すぎない。丁度いい感じだ。きっと懸命に選んでくれたのだろう。
ノーラを見て、リディアは思わず笑みが溢れた。彼女の気持ちが嬉しかった。
夕暮れ、リディアは馬車に乗り込み城へと向かう。憂鬱な気分だが、笑顔を作らなければと……口角を上げ、顔をほぐし笑顔の準備をしておく。下らないが、意外と大切な事だ。
誰に何を言われようと、毅然とした態度でいなくてはならない。侯爵令嬢として、臆する素振りは見せられない。社交の場では、常に笑顔で真意を読み取られない様にする。
やがて馬車は城へと到着し、リディアは大広間へと向かった。
壁の花。いつもの事だ。別に気にしない。
「ねぇ、リディア様よ。また、お一人ね」
「かわいそう」
「私なら惨めで、舞踏会なんて参加できないわ」
「リディア様に魅力がないからアロイス様は、マリエッタ様にいってしまうのよ」
相変わらず、色々な場所でリディアやアロイスの事をひそひそと噂話をしているようで聞こえて来る。当人達は聞こえていないと思っているみたいだが……。
全部、聞こえています……。
「あら、噂をすれば」
「アロイス様と、マリエッタ様よ」
誰かのそんな囁きが耳に入り、リディアは広間の視線を一身に浴びるアロイスとマリエッタを見た。
マリエッタは病弱故からか、色白で身体の線が細い。見た目だけなら儚い印象で、顔立ちも整っており美しい……きっと男性なら皆一様に心奪われるだろう。
アロイスも然り……リディアは内心苦笑する。
彼女はアロイスの腕に手を回し、かなり身体を密着させながら歩いている。まるで周囲に見せつけるかの様に。
「やあ、リディア」
「ご機嫌よう、リディア様」
無神経。そんな言葉が頭を過ぎる。平然と壁際まで2人は歩いて来ると、リディアに素知らぬ顔で話しかけて来た。
アロイスはいつもと同様爽やかに笑みを浮かべており、マリエッタは実に意地悪そうな笑みをリディアへ向けている。思わず後退りたくなるが、後ろは壁なのでこれ以上は下がれない。
「ご機嫌よう、アロイス様、マリエッタ様」
リディアは貼り付けた様な笑みを浮かべて見せた。これ以上ない程の完璧な笑みだと自負する。
「リディア様ぁ、マリエッタがアロイス兄様をお借りしちゃって、ごめんなさい」
アロイスに抱きつきながら、上目遣いで甘ったるい声と喋り方で謝るマリエッタに、苛っとする。
謝るくらいなら、お返し頂けますか⁉︎と言いたい。だが言えない……。
「リディア、いつもすまない。だがマリエッタは病弱な上に、人見知りで私でないとダメなんだ」
いつもの事なのだが、リディアの笑顔は引き攣る。我慢、我慢、我慢……頭の中で延々と唱える。
「もう、アロイス兄様ったら心配性なんだからぁ」
もうどうでも良いから、早く立ち去って欲しい。
「そうだ」
マリエッタは何か思い付いたらしく、ニヤリと笑う。これは絶対良くない事だろう。
「アロイス兄様、マリエッタね、喉渇いちゃった。何か持ってきて?あ、リディア様のもつ・い・でに持ってきてあげて、お一人でかわいそうだから」
嫌味を言いながらアロイスに、飲み物を頼むマリエッタ。幾ら従妹だからといって王子をあごで使うとは……。リディアはかなり引いた。
だが肝心のアロイス本人は、快く承諾し行ってしまう。そしてその場には、リディアとマリエッタの2人が残された。