3
断りもせずにヴィルヘイムは、リディアの向かい側に座った。そして勝手に侍女にお茶を要求する。いつもながらに、勝手な人だ。
「ヴィルヘイム様、私に何かご用がお有りですか」
その言葉に彼は、不敵に笑みを浮かべた。リディアはそんなヴィルヘイムを引き気味に見遣る。
「君に会いに来たんだ」
「……まあ、それはとても嬉しいですわ」
言葉とは裏腹に、リディアは凄く嫌そうな顔をした。
「喜んで貰えて嬉しいな」
意地悪そうな笑みを浮かべリディアを見遣るヴィルヘイムに、苛つきながらも耐える。我慢、我慢だ……彼はこう見えてもこの国の第二王子なのだから。
そう彼、ヴィルヘイムはリディアの婚約者であるアロイスの弟だ。優しいアロイスとは違い彼は優しさとは無縁の人物だ。昔から事あるごとに絡まれている。
ヴィルヘイムにとってリディアは、揶揄い甲斐のある玩具の様な存在なのだと思う。だが……リディアは曲がりなりにも彼の兄の婚約者なのだ。もう少し礼儀を覚えて欲しい……。
「ヴィルヘイム様、お兄様を訪ねていらっしゃったのでは?この様な場所で、私などとのんびりとお茶をしていても宜しいのですか」
リディアはワザと、遇らう様に言ってやった。一々取り合っていたらキリがない。
「エルンストなら今日は野暮用で、出掛けてるからいないよ」
「そうなんですね。それは、聞いておりませんでした。お教え頂きありがとうございます……」
「どう致しまして」
やはり、なんか苛っとする……。
というより、何故兄のエルンストがいないと知りながら、わざわざ屋敷を訪ねてくるのか……相変わらず彼は良く分からない。
ヴィルヘイムはリディアの兄であるエルンストの幼馴染で仲がいい。故に昔から侯爵家の屋敷には頻繁に出入りしている。無論リディアも顔を合わせる事も多く、皮肉な事にアロイスよりも会っている回数も時間も多い。
「……ヴィルヘイム様は、何故いつも舞踏会を欠席なさるんですか」
リディアは諦めた様にため息を吐くと、そう聞いてみた。彼の性格上、暫く居座るに決まっている。ならば以前から気になっていた事でも聞いてみる事にした。
「う~ん。さっきも言ったけど、退屈だしつまらないからかな」
掴みどころのない彼は、昔から変わり者だ。社交の場を嫌い、決して表舞台には立たない。それとは反対にアロイスは常に人の輪の中にいて、積極的に社交の場へと赴く。そんな2人の間には確執があり、仲が余り良くないとの噂だ。因みにリディアの兄エルンストとアロイスも仲がよくない。婚約者としては、複雑な気持ちだ……。
「ヴィルヘイム様は……自由そうでいいですね。羨ましいです」
皮肉半分で本音半分だ。彼の様になれたら……きっと毎日が愉しくなり、毎日悩まされる事もないのかも知れない。
「なら君も自由に生きたらいいよ」
軽くそう言われた。そんな事が出来たら、とうの昔にしている……。
貴族に生まれた以上、家の為に生きて仕来たりに従うしか出来ない。普通なら、だが。ヴィルヘイムは王子のくせに、彼は本当に自由奔放で、そういった意味では尊敬する。
「……」
「兄上と結婚したくないの?」
リディアが黙り込んでいると、唐突にそんな事を聞かれてた。
「どうして、そんな事を聞くんですか」
「君はいつも、兄上といる時不安そうにして辛そうだから」
まるで見透かされた様に言われ、心臓が跳ねた。
不安そう?辛そう?私が?
そんな事は、ない。だって私はアロイス様をお慕いしているのだから……彼といられたら、幸せだもの……。
「リディア?」
リディアは急に立ち上がると、ヴィルヘイムを睨んだ。
「私は、アロイス様といられたら幸せなんです。不安なんてないし、辛くもありません!」
そのままリディアは、去って行った。何度かヴィルヘイムが自分を呼ぶ声が聞こえたが、聞こえないフリをして。




