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「お帰りなさいませ、リディア様。随分とお早いお戻りですね」
リディアが侯爵家に戻ると、侍女のノーラが眉根を寄せながら出迎えた。
「えぇ……アロイス様に急用が出来てしまったの」
その言葉にノーラは、顔を顰めた怒りを露わにする。
「また、ですか。本日の事は、随分と前からお約束をしていらっしゃいましたよね!それをっ」
「ノーラ、落ち着きなさい。仕方ないでしょう?アロイス様にも事情がお有りになられるのだから」
そう、仕方がない。彼には大切な幼馴染がいる。容態が思わしくないと聞けば心配になるに決まっている。別に……普通の事だ。
「事情とは、マリエッタ様の事ですよね。どうせ仮病に決まってます!」
「いい加減になさい、ノーラ。口が過ぎますよ」
リディアとノーラが話していると、侍女長のスザナが割って入ってきた。そしてノーラを叱責する。
「スザナ様……ですが」
「口答えは認めません。……リディア様、申し訳ございません」
スザナは口籠るノーラの頭を掴み、無理矢理頭を下げさせると自身も深々と頭を下げる。
「別に怒っていないわ。でも、マリエッタ様を悪く言ってはダメよ?」
リディアは、そう言って苦笑した。
自室に戻り、読書でもしようと思いリディアは本を開く。だが、ノーラに言われた事が頭を離れず集中出来ないでいた。開いたページから1枚も捲っていない。
仮病に決まってる……いけないと分かっているが、たまにリディアもそう思ってしまう事がある。
マリエッタが病弱である事は確かで、長く生きる事が出来ないのも本当だろう。だが、いつも狙った様にリディアとアロイスが会っている時にばかり容態が悪くなる。
以前アロイスの従者に聞いた事がある。普段彼が仕事中は、別段その様な事はないと……。
彼女はリディアを嫌っている。それは誰がどう見ても明白だった。
きっと大好きな『アロイス兄様』を取られたくないのだろう。本来なら、公爵令嬢であり従妹である彼女がアロイスの婚約者であるべきなのだから……。だが、彼女は不治の病に侵されており彼の婚約者にはなれなかった。
それ故に、彼女の代わりに婚約者に選ばれたリディアを目の敵にしている。
病に侵されている事は同情はする。だが、正直八つ当たりも大概にして欲しい。冷たい人間だと思われるかも知れないが、リディアには余り関係がない。
彼女とは友人関係ではないし、アロイスがいなければ赤の他人だ。
「私って、嫌な人ね……」
リディアはため息を吐き、1ページも進んでいない本を閉じた。