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妹を抱いたまま、門前に佇む人物の目の前に行き、俺は謝罪をする為、即座に頭を下げた。
こういうのは、一秒でも早く行動する事が肝心だ。
「お待たせして申し訳ない。プリシラが迷惑を掛けました」
「あぁん?何だ、テメェ」
少しガラが悪い様だな。
騎士団関係の仕事なのだから、荒っぽくなければ勤まらないのかもしれない。
しかし今は、そんな事関係ないか。
無礼を働いたのは此方なのだから、低頭姿勢で行かなければ。
再度の謝罪を試みる。
「本当に申し訳ない。どうか許して欲しい」
「だからお前は何なんだよ!」
大声で叫ぶ男に相当怒っているなと感じた。
さて、どう切り返すべきかと、考えを巡らそうとした時、耳元で確かに聞こえた。
「ゴミ虫が」
何故そんな言葉を発したのか、瞬時には理解できなかった。
目の前の人物が、プリシラにとって役に立たない部下なのか、それとも他の原因で嫌っているのかはわからないから。
プリシラは自ら俺から離れ、スッと立つ。
そして男の方へツカツカと向かい、歩み寄ると男の襟首を掴んだ。
「おいゴミ虫。プリの!お兄ちゃんに!!舐めた口聞くんじゃねぇぇ!!!」
「ぐぅえぇぇぇ!!」
怒気を孕んだ咆哮と同時に、男の顔面を思いっきり殴りつけ、男は勢いよく吹っ飛ぶ。
彼が空中を流れるように飛んでいく様を見て、、俺は体が固まってしまった。
ガタイの良い大人を、線の細い少女が吹き飛ばす。
久々に『暴虐』スキルを目の当たりにしたのもあったが、何より同僚をゴミ虫扱いする妹に驚いていた。
いや、だって酷くない?
荷物持って来てくれてさ、おまけに長時間待たされてんだよ?
それなのに労うどころか、ぶん殴るなんて!
「プリシラ!何やってんだ!」
俺は急いで殴られた男の元へ駆け出そうとした。
しかし妹に手を握られ、引き止められる。
「お兄ちゃん、帰ろう?ほら!荷物は回収出来たし!」
妹は満面の笑みで、小さめのボストンバックを見せた。
白いフリルが付いて、可愛らしいバック。
おそらく街で購入したのだろう。
愛くるしい笑顔に良く似合う。
可愛さの相乗効果は結構な物だ。
おまけに一泊するだけなら、その大きさで十分だろう。
明日の着替えと、寝るときの軽装と。
それだけ入ればいいのだから。
って違う違う!
あの男はガン無視か!
我に帰り、殴られた部下を慮る。
「介抱しないと!あの人、お前の部下なんだろう?」
「えっ?」
「えっ?」
予想と違う疑問符と共に訪れる、一時の無言の間。
何だ、その反応?
部下じゃないのか?
「なぁに?部下って」
「いや、あの人、仕事仲間じゃないのか?」
「違うよ?」
あっけらかんと否定するプリシラ。
じゃあ、あの人何者なんだよ!
命令に従う立場なんだろう!?
関係性が、わかんねぇよ!
どういう事なのか意味がわからないカイル。
しかし閃く。
あ!
カイルは一つの可能性を思い浮かべた。
いや、有り得るのか?
だいぶ年上に見えたが。
もしかしたら恋人なのかもしれない。
しかし年齢が離れ過ぎているし、恋人にしては扱いが酷い。
まぁ、人それぞれ好みがあるだろうし。
でもあんな感じの奴が、妹の好みなのだろうか。
『暴虐』スキルを思う存分振るえるから、最高のパートナーという事か?
という事だとしたら、あの人もしかして、殴られて喜ぶタイプ?
理解し難いが、そういう関係性もあるかもしれないと思い始めるカイル。
しかし恋人の事を聞くと、また睨まれるかもしれん。
しかしだな。
もし彼がそうなら、兄としては正式に挨拶しなければならないだろう。
だが聞くのを躊躇ってしまうほど、プリシラの睨みは怖い。
『暴虐』スキルの影響かもしれないが、睨まれたら冷や汗が滲む。
それでも勇気を振り絞った。
えぇい!
それよりも、最初の挨拶が肝心だろう!
聞け!
聞いてしまえ!
「あ、あのな、プリシラ」
「なぁに?お兄ちゃん」
「その」
「どうしたの?」
プリシラは瞳を麗して、俺を見る。
その瞳は月明かりに照らされ、とても綺麗だ。
クソォ!
聞きづらい!
めちゃくちゃ聞きづらい!
だが、いつまでも先延ばし出来ないぞ!
ストレートに聞いてしまえ!
「その。あの人とは、その。えっと、どんな関係なんだ?」
言えた!
凄いぞ、俺!
ここ最近で、一番勇気を出した!
内心、ガッツポーズを決める。
あとは勇気を振り絞った成果を求めるだけ。
さぁ、聴かせて貰おうか!
プリシラは頭を横に傾げ、不思議そうに言う。
「知らない人だよ?」
「えっ?」
予想外の答えに、思考が一瞬停止する。
知らない人?
そんなわけない。
そんな人物が、何故お前の荷物を運んでいるんだ?
説明がつかない。
困惑するカイルに、プリシラは経緯を説明し出した。
「プリが帰ってくる時にね?『金目の物を寄越せ』みたいな事を言って近づいて来たから、ボッコボコにしてやったの!殺してやるつもりだったんだけど、『何でもするから命だけは〜!』って言うから、特別に生かしてあげたんだよ?プリ、偉い?」
いや、言ってる事が怖ぇよ!
改めて『暴虐』スキルが恐ろしいと思わせるわ。
だけどアレだな。
殺さないで生かしてあげたんだ。
スキルの影響を受けようが、心の中は優しいんだな、プリシラは。
本当に良い子だ。
「そうか。プリシラは優しいな」
俺は妹の頭を撫でた。
「うにゃ〜。もっとプリを褒めてぇ」
プリシラは、嬉しそうに俺の手を受け入れる。
フフッ。
嬉しそうに笑ってるな。
こんなに喜んでくれるなら、いつまでも撫でてあげたい。
暫くそうしていたが、そろそろ帰らなければと思い立つ。
俺と妹は、父さんと母さんが待つ我が家へと歩き出した。
とてもとても心が暖かくなる家に。
そんな二人を、月明かりは幻想的に照らすのだった。
って違う違う!
危うく、そのまま帰るとこだったわ!
あの男を介抱しないと!
「プリシラ。少しここで待っててくれ。俺は、あの男を介抱してくる」
「お兄ちゃん、必要ないよ」
いやいや!
あんな所で死なれても困る!
毎日パトロールしなきゃ行けないんだから、誰かの死亡現場なんてあったら気味が悪いだろう!
心霊系は少し苦手なカイル。
だが今後の為にもプリシラに話す。
「死なれても困るしな。それに、命だけは取らない約束なんだろう?」
「あんなゴミ虫と、約束なんかしないよ」
冷酷だな!
困った。
上手く丸め込む方法はないかもしれん。
「そうか。なら、俺が助けたいと思ったから介抱してくる。だから少しだけ、な?」
「お兄ちゃんがそこまで言うなら。うん、ここで待ってる」
良かった、素直に応じてくれて。
しかし派手に飛んでいたからな。
あの男は生きているだろうか。
カイルは不安と共に、男の元へ駆け寄った。
地に伏す男。
仰向けにさせると被害状況が見えた。
殴られた箇所の頬は腫れ上がり、歯が何本か折れている。
さっきは頭を下げていたから気がつかなかったが、他にも何箇所か殴られたような跡が体にあった。
「オイ、オイ!大丈夫か?」
軽く肩を叩いて呼びかける。
すると、男は気絶から回復した。
「うぇぇ!?あれ?ここは?イテテテ!」
良かった、生きている。
男は頬を抑えながらも動き出した。
多少、意識の混濁があるようだが、大丈夫そうだ。
「生きていて良かった。命を拾ったと思い、これからは強盗など生業にせず、人生を見直せ」
これに懲りたら、真っ当に生きて欲しい。
そう思い、思わず出た言葉だった。
しかし男は、眉を顰めてカイルを睨み出す。
「あぁ?なんでテメェにそんな事、言われなきゃなんねぇんだよ!?」
ダメ、か。
俺の言葉など、大して響くわけないな。
まぁ、こんな事を繰り返していたら、いつかは懲りる時が来るだろう。
そう思い立ち上がったが、背後に異様な圧力を感じて振り返る。
「お兄ちゃんに口答えするなんて!この!!ゴミ虫が!!!」
血管を浮き立たせ、鬼の形相で仁王立ちするプリシラだった。
そこまで怒る要因が何なのか分からないが、怒りのボルテージは最高まで上がっている。
「死ぃねぇぇぇええ!!!」
「ひ、ひぃぃぃ!?」
拳を振りかざし突進しようとする姿に、男は慄き恐怖する。
先程とは違い、明らかな殺意を抱く妹を止める為、カイルは二人の間に立ちはだかり壁を作る。
「待て待て!プリシラ、やめるんだ!」
「あん!お兄ちゃん、もっと抱きしめていいよ!」
プリシラを抱きしめて止める。
俺に触れた瞬間に、普段通りの愛くるしい表情を取り戻し頬擦りしだしたのを確認すると、男に目線を送り、早く逃げろと顎で合図する。
「す、すみませんでした!もう、もう、しませんから〜!」
男は腰が抜けたように、ヨタヨタしながら逃げていった。
「お兄ちゃ〜ん」
静かになり、プリシラの猫なで声だけが響く。
ふぅ。
なんとか死人が出ないように凌いだな。
あれだけの恐怖に当てられたのだから、あの男が改心してくれたら良いが。
まぁ少なくとも、か弱そうな女の子を狙う事は無くなるだろう。
世の中には、プリシラのような女性もいると認識しただろうし。
彼が真っ当に生きていく事を願い、頬擦りし続けている妹に声をかける。
「帰ろうか、プリシラ」
「うん!お兄ちゃん、さっきみたいにお姫様抱っこして?」
そういえば、そんな事したな。
急がなければと勢いでやったが、よく考えれば恥ずかしい事をしたもんだ。
あれを再びするのは、ちょっと抵抗がある。
あんなのは、とびっきりの美男子がするから様になるのであって、俺がしても、な。
さて、どうしたものか。
あ、たしか、家を出る前に、手繋ぎをして欲しそうだったよな。
「あれは、少し恥ずかしい。手繋ぎでいいか?」
「うん!手繋ぎでもいいよ!えへへ!」
俺は妹の手を取り、歩き出した。
プリシラは嬉しそうに、キュッキュッと手を握り返してくる。
相変わらず、小さい手だ。
まぁ、女性らしいと言えばその通りだし、年相応と言えばその通りだな。
「お兄ぃちゃん?」
プリシラが俺の顔を覗き込む。
「ん?どうした」
応対すると、プリシラはニコッと笑う。
「何でもないよ!えへっ!」
「そうか」
俺と妹は、帰宅の路を辿った。
そんな二人を、再び月明かりが幻想的に照らすのだった。