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俺の名はカイル。
二十歳の長男だ。
今日の俺は、この村独特の儀式を手伝う為に、自警団の仕事を休んでいる。
恐らく他の村や街では行われない、特殊な儀式だろう。
そう、俺の許嫁『ティナ』関連なのだから。
「おはようカイル」
「おはよう、母さん」
身支度を済ませて、自室を出た所で母親のカータに出会す。
「今日は、ティナちゃんをしっかり守ってあげてね?」
「あぁ、わかってるよ」
「頑張ってね」
全てを包み込む、慈母の様な笑顔。
スキル由来のものだが、母親なのだから無関係に俺を和ませる。
母のスキルは『慈愛』。
相手がどんな精神状態でも、優しく包み込み、気分を落ち着かせる。
あんまり役に立ちそうに無いスキルだが、我が家では必須の能力だ。
それはまた、別の機会に説明しよう。
「それじゃあ、行ってくる」
「しっかりね!」
母親の見送りを受け、玄関のドアノブに手をかけた。
「おい、カイル!忘れ物だぞ?」
父親のベイルだ。
手に赤ん坊をあやす、玩具のガラガラを持っている。
早く行きたくて、うっかり忘れていた。
「すまない父さん。助かったよ」
危ない所だった。
これが無ければ、儀式で苦労していただろう。
「将来の義父として、当然のことをしたまでよ!」
マジかよ。
もう義父としての自負が芽生えているのか。
というか、キメ顔でグーサインするな!
大体、俺はそれに、どう応えたらいいんだよ!
『早く孫の顔を見せれたらいいな』とでも言わなければならないのか?
いやいやいや!そんなの恥ずかしくて言えるか!
父よ、頼むから息子を困らせないでくれ。
「あ、あぁ。それじゃあ、行ってくる」
「おう!しっかりな!」
顔を引きつらせながら、俺は家を出た。
持ってきた玩具のガラガラを見る。
汚れが一つもなく、ピカピカに輝いている。
所々に付いた小傷が無ければ、新品と言っても疑われないほどの綺麗さだ。
「父さん、さすがだな」
この異常なまでに磨き上げられた要因は、父ベイルのスキルだ。
強力無比な家事向きスキル『汚れ落とし』。
どんな汚れでも確実に落とし、シミすら許さない至高のスキル。
おかげで我が家は、父親によって常時磨き上げられ、側から見たら新築物件の様だ。
本当は築二十年以上で、ただの木造平家建てなんだがな。
まぁ、綺麗なのはいい事だ。
住んでいて気持ちがいいし、豊かな暮らしを感じさせる。
って、話が脱線しすぎた。
要は、父ベイルのスキルは戦闘にこそ役に立たないが、我が家に必要という事だ。
これとは別の意味でもな。
「さて、ティナの家に行くか」
儀式はティナの家で行われる。
張り切って『行くか』なんて言ったが、ティナの家は我が家の隣。
いわゆる『お隣さん』ってやつだ。
ティナの家は俺の家と同じくらいの大きさだ。
ティナの母親ニーナさんのスキルで、膨大な富があるはずなのに、『この村に豪華な建物は似合わないでしょ〜?』と、俺にはよく分からない理由で、質素な家で生活をしている。
まぁ、もしお隣が豪邸だったら、俺とティナは仲良くなる事が無かっただろうな。
気軽に遊びに行く様な事も出来なかったと思うし、今考えると、ありがたかったのかもしれん。
そんな環境と、元々親同士が仲が良かったのもあって、ティナとは幼なじみとして育ってきた。
歳も近かったから、良く遊んでいたんだが、今では許嫁として話が纏まっている。
いや、まぁ俺は構わないんだ。
ティナの事、好きだし。
ただ、アイツの相手が本当に俺でいいのか、それだけが気にかかる所だ。
そうこうしている内に、ティナ家の玄関に着く。
少し緊張するな。
何度も尋ねているが、ティナが許嫁になってから、何となくだが気恥ずかしい。
好きな異性の家に行くんだから、当然なのかもしれない。
しかし今日は、大事な儀式の日だ。
気を引き締めねば。
トントンと軽くノックし、木造りのドアを開ける。
「おはよう!カイル〜」
扉を開けてすぐ、間延びした声で出迎えられる。
緊張感のない、隙だらけの雰囲気。
彼女の声には不思議な力でもあるんじゃないか?
例え殺伐とした場でも、一瞬で空気が弛緩するだろうな。
あぁ、落ち着く。
「あら〜?カイル君おはようね〜」
ティナと同様、間延びした話し方。
声の主は、おっとりとした雰囲気の美人だ。
彼女がティナの母親ニーナ。
ティナの話し方は、母親の影響が強いようだ。
まぁ親子だから、当然なのかもしれない。
「おはようございます、ニーナさん。今日は、しっかりサポートします」
「お願いね〜」
あぁ、和む。
親子が揃うと、相乗効果で二倍だ。
おっと、油断するな。
ニーナさんの期待に応える為、しっかりしないと。
気を引き締め直し、部屋の中を見る。
そういえば、ティナの父親ガイナスの姿が見えないな。
あの人は筋骨隆々だから良く目立つんだが、何処かに出掛けたか?
「あの、ガイナスさんは、どうしたんですか?」
「お父さんなら、街に行ったよ〜」
「街に?」
「そう。お母さんが〜、ちょっと失敗しちゃったの」
失敗?
ニーナさんの方を見ると、照れ臭そうに下を向いている。
テヘヘと恥ずかしそうに笑いながら、内容を話し出す。
「今日の朝ね〜?畑でつまづいて、転んじゃったのよ〜。その時、土に触ってしまってね〜?たくさん実ってしまったの〜」
おっちょこちょいで、ただ転んだだけに聞こえるが、大変な事なのだ。
ニーナさんのスキルは『豊穣』。
あらゆる作物を、実り豊かに育てることができる。
それ故に、この村の野菜や果物は、全てニーナさんのスキルで賄われているほど。
それぐらい『豊穣』スキルの効果は凄まじいのだ。
効果の発動条件は、畑の土を触るだけ。
触った途端、畑全体に効果が波及し、植えられた作物全てが、瞬時に収穫できるほど成長してしまう。
極端な話、撒いたばかりの種が、一瞬で完熟までいってしまうのだ。
「それで街に売りに行ったんですね」
「そうなの〜」
ガイナスさんが居ないのは、そうゆうことか。
大して驚くようなことでも無かったな。
なんでかって?
こんな事が、しょっちゅう起きているからだ。
ニーナさんは良く転ぶ。
おそらく足元を見ずに、呑気に歩いているからだ。
その度に畑がとんでもない事になり、腐らすわけにもいかないから収穫し、街へ売りに行ってるからな。
ガイナスさん位の屈強な男でなければ、ニーナさんのパートナーは務まらないだろう。
まぁガイナスさんが居なくても、今回は何の問題もない。
しっかりと俺が努めさせていただく。
壁に掛かる時計を、チラリと見るカイル。
「そろそろ時間ですね。ティナ、準備はいいか?」
「大丈夫だよ〜!しっかり守ってね?」
「あぁ、任せろ」
そして玄関の扉が開くのを待った。
すると、微かに荒ぶる声が聞こえてきた。
ウニャウニャと喚き散らしている。
何と言っているのか分からないが、恐らくこうだろう。
『人質を寄越せ!』とな。
フッ。
しかしお前の目論見は、俺が看破してやる。
どれだけ暴れようとも、貴様の思うようにはならない。
俺の手には、この!玩具の!ガラガラがあるのだからな!
光り輝くガラガラを構え、気持ちを引き締める。
トントントン。
玄関の扉を叩く音。
「どうぞ〜。準備は出来てますわ〜」
ニーナさんの間の抜けた応答を合図に、儀式は始まる。
さぁ、勝負と行こうじゃないか!