お嬢様っていいよね
流石はテンプレといったところだろうか、この世界の常識を教えてもらうことができた。
彼女曰く、魔王はいるけど攻めてはこない。だが、魔獣たちが私たちの生活を脅かすから、魔王がそいつらを操って俺らを滅ぼそうとしている、と考える人も多い。
世界は一国からなっており、社会主義制度をとっているが、貴族制も健在のため、お飾りとなっている。これは俺らの世界でも同じような感じだな。格差はなくならない。
一応魔王の国は公式には「国」として認められてはないようだ。
最も興味深かったのは歴史と魔法だ。
この世界では、数万年前に結ばれたといわれている「言霊の契約」によってシナト語が公用語となっている。残念ながらその当時の文献などは一切残っていないため、誰と誰が契約し、どんな契約内容なのかは手がかりすらも掴めていない状況だそうだ。よって、これは神と人間が交わしたもので、この言語を使用することで、神に近づくことができると信じられているらしい。
貴族、王族の使う言葉はシナト語とは少し発音が違い、イフェル語と呼ばれより上位の言葉とされている。
イギリスでも王族が話す言葉は庶民の違うらしいな。例の第二王子と結婚したハリウッド女優は女王様とそれで喧嘩したんだとよ。
魔法。古典など存在しないこの世界では、シナト語が詠唱に使われる。長い歴史の中で、強いものが集まって作られたのが貴族という身分であり、彼らは生まれた時から共通してイフェル語を話していたと言われている。その為、イフェル語を話すことは強者の証とされ、人々の尊敬を集めているのだ。
ここまでの一連の説明を受け、俺は彼女に聞いてみた。
「魔王たちもシナト語を話すのか?」
「はい、彼らの話す言葉は訛ってはいますがシナト語です。その為、やろうと思えば対話だって出来ます。
ですが・・・」
「ですが、どうした?何か問題でもあるのか?」
「はい、多くの国民が彼らを異種族とみなしており、彼らが神の言語であるシナト語を話すのを快く思わない人が多いのです。地獄の言葉、という意味の、「ラヴァグ」と呼ばれることもしばしば。」
「いくら魔獣が危険だからって、実際魔王の配下ではないし、そもそもその魔王様とやらは人間に危害を加えたことが一度もないんだろ?」
「ええ、ですが、唯一残っている文献に、こう記されているんです
「魔の者たちは過去に神に仇名した罪人たちである。己の醜悪な姿を悔い、神の恩恵を知れ。さすれば、清き生がお前を待つ。」」
ははーん。大体わかったぞ。大方、人間が神の代わりに魔族に鉄鎚を下すとかそういう驕りが差別意識を助長しているのだろう。
おれらのとこでもあったなー。こういうの。関係ない第三者が被害者の気持ちに寄り添うふりをして、加害者をぼこぼこにする。そしてあたかもその行為が被害者の思いと同じであるかのようにふるまう。「こうすることは彼の願いに違いない」と。
そういう利己的なエゴの押しつけで、自分がマジョリティーに属する正義であることを表明し、集団の中での自己の地位の安定を図る。世界が変わってもこういう本質は変わらないんだなー。
「とまあ、説明はこんな感じですね。わかりましたか?異世界人さん?」
「ああ、わかった。ていうか、お互い自己紹介がまだだたな。
俺の名前は白瀬伎だ。こっちではタクミ・シラセかな。
お礼が遅れて申し訳ないが、先ほどは助けてくれてありがとう。転移直後に溶かされて死ぬのはなかなか精神に来るやつだから、本当に良かった。」
「いえいえ。ギルドに所属する冒険者として人助けは当然のことです。ここ「始祖の森」ではこんなこと日常茶飯事ですし。
私はティア・フォン・メルクロワと申します。メルクロワ家の長女でございます。以後お見知りおきを。」
まあ、わかってはいたけど、生粋のお嬢様だよな。この人。
でもさ、あの神様はチュートリアルになんでここを選んだかね。
聞いたか?「始祖の森」だってよ。絶対Sランク以下立ち入り禁止的区域じゃん。しかもスライムとかいうワンクッション置いてチュートリアル始めやがったし。今度会ったらあの銀の腕へし折ってやろう。