落ちた。蹴った。吸い込まれた。
帰りのホームルーム。A3のオレンジの紙が先生から渡された。そこに記載されているのは一級、という輝かしい漢字、そして数字の下に羅列している連続した記号。当時は四択で選んだ答えが、今は〇×の二択となって俺にカウントを強いる。いや、いくら〇の数を確認して七割以上取れてたって、突きつけられている現実に変わりはない。堂々と、ゴシック体の太字で鎮座する不合格の三文字が合格の二文字に短縮されることはインクの吹きこぼれでもない限りありえないのだから。
この瞬間。受験料9800円が吹き飛んだ。
「クソッ(ガンッ)」
皆の見ている前、一級に落ちた俺。アンニュイな雰囲気を醸し出してかっこつけるには絶好の機会だった。少々自己顕示欲が出た俺は俺は力任せに壁を蹴り、
「ヤベッ」
穴を開けてしまった。学校が建て替わってまだ数週間である。自分の愚行が裏話と共に後輩たちに語り継がれていくその姿を想像するだけで、穴が入ったら入りたかった。
その気持ちが通じたのだろうか。突然、その穴に俺の体が吸い込まれていった。上空一万メートルで飛行機が破損して、気圧の変化から外に放り出される人、みたいな感じで俺は半径十センチのその穴の中に入っていった。。
ついさっきまで注目を浴びてたはずなのにその時にだけは誰も俺のいたほうを向いていなかったのがやけに奇妙だった。
穴の中で、俺は白に近い灰色をした奇妙な異空間を引きずられていた。何かが俺の手を引っ張っている。何がそうしているのか、どれだけ眼を細めて注視しようとも、そいつはまるで靄か蜃気楼のように認識をずらす。つまり、俺の手首を掴んでいるのが生物なのか、それとも他のなにかなのか、俺にはさっぱり見当がつかなかった。
しばらく引きずられていると、そいつは「業務用入り口」と書かれたまっ白な材質不明のドアの前でとまった。
正直言うと、俺はオタクである。とはいっても、真のオタクからはにわか、と言われ、それ以外の人たちからは、めっちゃオタクじゃん、雰囲気からそうだもん。といわれる、何とも微妙な立ち位置にいる人間だ。これは留学に行く前に、向こうの人との会話の幅を広げるため、何をすればいいか迷った結果、アニメを見まくったことに始まる。細かなディーテールなど全く知らず、だが、ストーリー、セリフ等は完璧にわかる。この中途半端な状況は、海外では十分通用したものの、日本では居心地が悪いのだ。
まあ、とにかく、自称オタクの俺は、謎の空間を通って、ドアを開ける。この行為が何を意味するかを知っている。
異世界召喚だ。
まあ、突然魔法陣が俺の真下に現れるだとか、いったん眠って眼を開けるときれいな女神様がいるだとか、そういうテンプレから外れた召喚だが。まあ、許容しよう。
ここまでの思考を一巡したのち、俺は深く息を吸って、ドアを開いた。俺が飛ぶのは森か、エルフの村か、王宮か。
これから始まる新たな物語に不安と、期待に胸を踊らせて。俺はドアを開けた。
◇◇◇
そこには、性別関係なく、街ゆく誰もが嫉妬し、憧れるであろう美しい女性がいた。
それ以外はなんもなかった。ただのまっ白な部屋である。
俺はゆっくりとドアを閉め、再び勢いよくドアノブを引っ張った。
そこには変わらない光景が広がっていた。
期待で破裂しそうだった風船は、高揚感が萎えるともに、シュルシュルと音を立ててしぼんでしまった。
今、俺の感情は「無」である。さぞかし冷たい表情になっていることだろう。
その感情を包み隠さず目の前にいる美人に向かってぶつけた。
きれいな人を前にしてこんな贅沢なことが出来たのは初めてかもしれない。
音を立てないようにそっとドアを閉めようとすると、
ガシィッととてつもない力でおれの右手が掴まれた。
そして、
「なんなんですか!その反応。まるで私が期待外れ!みたいな。ええ、あなたがこのドアの先に異世界が待っていて、それを心待ちにしていたのは、わかります。
でも、その前にまず、神様と会うのがテンプレってものでしょう。ここで依頼を受けてくださいとか、あなたが望む力とかをサービス業のように提供するのが神様の仕事なんですから。しかも私誇張じゃなくてマジで世界で一番かわいいはずなんですけど!」
と、上品な、しかしどこか可愛らしい少女のような声で、彼女が言葉を発した。
こんな美人と会える、それどころか一対一で会話できることなんて人生百年時代といわれる現代日本においてもなかなかないだろう。
だが・・・異世界に行くほうが今の俺には重要なんだ!
「で?結局俺はにゃに、なにをしゅればいいんだ?」
なんだかんだで俺も動揺していたみたいである。
・・・しょうがないじゃん。こんな美人を相手に緊張するなっていうほうがおかしい。
「プププ。笑
やっぱ前世が陰キャだと私のような美人を前にしたら話せないのも無理ないですね。
まあいいでしょう。説明させていただきます。あなたが向かう世界はテンプレとほとんど同じです。たくさんの種族が生き、魔法があり、ダンジョンがあり、王がおり、また、魔王もいます。ですが、一つだけ違う、というか変わっている点が、言語がすべて同じ、ということです。今まであなたか読んできたであろうラノベは、都合よく魔族語、獣語でさえも単一言語に翻訳されていましたね。それに対しこの世界は、民族紛争の結果、すべての言語が統一され、文化も一つしかありません。その過程でさまざまな文化が消えていっていったこともわかりますね?」
「つまり、俺の仕事はその戦乱の時代に飛び、失われた文化たちを復活させること・・・?」
「それが出来てたらいいんですが・・・。残念ながら、神といえど過去を変えてはなりません。なのであなたには、地球のものをなんでも広めていただきたいのです。鮨、着物。インドカレー、ハンバーガー。スコットランド民謡。あ、技術系はなるべくやめてください。特にスマホを普及させるのはNGです。未来への影響が大きすぎるので。」
え、それだけ?あまりにも俺に有利すぎる条件で、裏に何かあると疑ってしまいたくなる。
「本当にそれだけか?それだけなら全然いいぞ。自分の好きなようにしていいってことだろ?」
「ええ、本当にそれだけです。私のこの豊満な胸に誓いましょう。」
そう言って彼女は俺の反応を楽しむかのように、ニマニマと自分の胸を持ち上げて見せた。
弄ばれるのは悔しいが、悲しきかな男の性。その弾力に見入ってしまった。
俺はありったけの理性を振り絞って目をそらし、
「その依頼、受けさせてくれ。」
と答えた。こんな機会を逃すわけにはいかないからな。
呼んでくださったかたの評価がぼちぼちでしたら、次話を投稿させていただきたいと思います。
よろしくお願いします。