第10話 魔賊のガーゴイル
ついに1章のボス戦です! その戦いをぜひとも見守ってください!
「ふん、いきなり侵入して狼藉とはな……」
俺が殺したリザードソルジャーを、ボスらしき魔物は冷たそうに見下ろしていた。
ボスは血のような赤黒い体色をした『ガーゴイル』だった。
ガーゴイルというのはドラゴンと悪魔をかけ合わせたような魔物だ。猛禽類を思わせる鋭い口、骨が浮き出た身体つき、巨大な翼と矢じりを付けた尻尾。身長は成人男性より2倍ほど。
それと知能が高いのか、リザードソルジャーよりも言葉遣いが上手だ。だからどうしたという訳でもないが。
ちなみに奴の周りにはリザードソルジャーが数体いる。
俺が仲間を殺したことで、やや殺気立っているようだ。
「デリア様!! コイツダ……コイツガ仲間ヲ殺シタハンターダ!!」
その中にはさっき逃げた個体もいた。
報告を聞いて、デリアという奴が青い目を細めていた。
「お前がこのゴルゴンデリアをひっかき回したってことか……このクズが!!」
「ガアァ!?」
「お前らはこのガキ一匹に手間取っていたというのか!? 全く使えねぇな!!」
部下のリザードソルジャーを容赦なく殴るとは。やっぱりあの時レイアを助けてよかったよ。
というかこんなところで見せられても困るのだが。
「……で、俺たちが狙っていた小娘も一緒か。あれか? ようやく俺たちに差し出す気になったか?」
「馬鹿言うな。俺はこれからお前を倒す。これ以上レイアを危険な目に合わせたくない」
「……笑えねぇなガキが。このデリアを倒す? クソが……」
ジョークとして受け取らなかったのは嬉しいな。
そう思っている間、デリアが玉座から立ち上がった。
俺はレイアを後退させてから、そいつと対峙する。
リザードソルジャーはそこから動かない。ボスが前に出たから邪魔してはいけないとかそういう理由だろう。
俺の鼓動が早くなるのを感じた。
恐らく、俺のレベル26を一回り上だろう強大な魔物。そんな奴と戦うのは初めてのことだ。
今の俺は「ファフニールのスキルがあることへの安心感」で、何とか自信を保っているような状態。
もしそのスキルがなかったら、きっと無様にくじけていたことだろう。
どうあれ勝たなくちゃいけないんだ。レイアを守る為にも。
「小僧……我ら魔賊をかき回したツケ、払ってもらうぞ!!」
デリアが口を開けた。火炎放射だ。
それを掻い潜ってからデリアに接近する。そして斬りかかろうとした瞬間、デリアが剣のような尻尾の先端で受け止めてしまう。
そして後ろに投げ飛ばされる。
しかし俺は壁に激突する前に、それを蹴ってデリアへと加速。
今度こそ斬ろうとしたが、奴が翼を使って宙に舞った。
「腕自体は悪くないみたいだな。だが、おつむの方は足りてねぇ!!」
奴が尻尾を伸ばしてきた。
かわすと矢じり状の先端が地面に刺さる。その尻尾がまた襲いかかってくる。
俺が走った。背後では尻尾が地面を抉りながら迫ってきた。
こうなれば仕方がない!
「【エリアポイントテレポート】!!」
俺はデリアの背後に瞬間移動した。
リザードソルジャーがどよめきたったのが聞こえてきた。
「デリア様、後ロ……!!」
「何っ!?」
もう遅い。ロングソードで腹を貫いた。
苦悶の声を上げながら落下するデリア。地面に叩き付けた所で、俺は翼をもぎ取ろうとした。
しかし、それよりも先にデリアの尻尾が足に絡み付き、また投げ飛ばされた。
今度は地面に滑るように転がる。何とか体勢を立て直すと、腹から鮮血を流したデリアが立ち上がっていた。
「このガキ……よくも俺に傷を付けてくれたな……」
やはり即死とまではいかないか。首をはねたりしないと。
そう考えた時、デリアの体表がメキメキと波打っていく。
「もう許さねぇ……てめぇは絶対八つ裂きにしてやる!!」
猛禽類に似た頭部がごつくなった。
細身の身体が鈍い音を上げながら太く大きくなる。さらに翼が変形してもう1対の両腕になった。
細身の悪魔というべき姿だったデリアは、この広場を突き破りそうなほどごつく巨大になった。
さしずめデリア第2形態といったところか。
身体がふくよかになったから機動性はなさそうだが、
「デリア様ガアノ姿ニナッタ……!!」
「ドウヤラ本気ノヨウダ……」
「アイツ、死ンダ。モウ終ワリダ」
リザードソルジャーの話からして、相当ヤバい形態らしい。
ならば一気に片付けるまで。
「【エリアポイントテレポート】」
このまま奴の頭部近くに行ってその首を……、
――使用不可能。
…………ん、何だこれ? スキルが発動しない?
もう1回【エリアポイントテレポート】を唱えてみるも、
――使用不可能。
くそ、駄目か!
「ガアアアアアア!!」
デリアの腕が振るわれてくる。俺はロングソードでそれを斬った。
俺の横に落ちてくる腕。それはいいとして、何でスキルが発動しない? 言い間違いはしていないはずだが……。
……もしかして、使用制限があるのでは?
今まで【エリアポイントテレポート】を使ったのは6回。これは6回使ったらしばらくは使えないんだ!
確かスキルが枯渇したら翌日まで待たないといけない……くそっ、そういうことも頭に入れておくべきだった!
「どうした、さっきの瞬間移動スキルが使えないのか!? 肩透かしもいいところだな!!」
デリアの斬り落とされた腕がみるみるうちに膨れ上がったと思うと、すぐに元の手に変化した。
再生能力付きとは厄介な!
「消し炭にしてくれるわああ!!」
さらに尻尾から一直線の炎が放たれる。
溶けた鉄を勢いよく発射している感じだ。というかもはや熱線だ。
地面に溶かすように抉りながら迫ってくる。速くて避け切れない。
しかもここで避けたらレイアに向かってしまう!
「うお!!」
咄嗟にロングソードの腹で防いだ。
だが溶けない! アーマースライム……というよりファフニールの一部が宿っているからか!
でもさすがに押し出す力が強い。このままだと……、
「ぐうううう……!! ぐわっ!!」
結局、熱線の力が勝った。
俺の身体が飛ばされ、出入り口近くの壁に叩き付けられ、そしてボロクズのように倒れる。
背中に尋常じゃない痛みが走って、身体がビリビリと震える。
「フユマ……!」
レイアが駆け寄ってくる。
なんとか身体を上げようと思ったが、未だに身体の震えが止まらない。
「……お前、さっきから不思議に思っていたが、何故魔法を出さない? それにスキルもハンターにしては出し惜しみしているように思える」
痛みの中、デリアの疑問の声が降りかかった。
俺は答えることはしなかった。仮に痛みがなくても、その意思は変わらないはず。
「……そういえばごく稀にスキルと魔法が使えない人間がいるって聞いたな。そうか、お前は魔法が使えない落ちこぼれだったのか」
……落ちこぼれ……。
「しかもスキルがほとんど使えないなんてな、こいつハンター界隈では相当みじめだったんだろう。全く哀れな奴だ!!」
嘲笑。
この広場内に、デリアとリザードソルジャーの下卑た笑いが反響する。そんな声の圧力が動かない俺にのしかかってきた。
……哀れだと……そんな知った風なことを言いやがって……。
確かに俺はそんな酷い奴だった。
仲間には見捨てられ、蔑称に対して否定も出来ず……間違いなくあの時は腐っていた。
もしあのままだったら、俺はデリアの言う『哀れな奴』になって、人知れずに朽ちていただろう。
でも今は違う。
俺はもう『哀れな奴』なんかじゃない。それに今近くには『守らなければならない女の子』がいる。
その子がいるのに腐っている場合か? 嘆いている場合か? このまま朽ちていいのか?
俺は勝たなければならないんだ。あのファフニールダンジョンでチャンスをもらった以上、死ぬ訳にはいかない。
『……ふん、随分と手こずっているようだな』
……何だ? 今ファフニールの声がした?
でもあいつはダンジョン内にいるはずだが……。
「フ、フユマ……剣……」
「……剣?」
ロングソードを見てみると、刃が光っていた。
光に反射しているのではない、本当に淡く光っている。
『私の力を手に入れた者だろう? こんなところでくたばるのは早いではないか?』
「……ファフニール!? 何でそんなところから!?」
『忘れたのか? アーマースライムを含めた分身魔物には私の意思が経由される。これくらい造作もない』
ああ、そうだった……。
驚いているのは俺たちだけではなく、デリアたちも「何で剣から声が……」と漏らしていた。
『さて、もう分かったと思うが【エリアポイントテレポート】は日に6回まで使用できる。それ以上はスキルの力が枯渇して、明日になるまで使えない』
「そういうことはもっと早く言ってくれよ」
『貴様ならすぐに気付くだろうと思ってな。それにスキルがもう1つあることを忘れた訳がなかろう』
「……ああ、そうだったな」
そうだ。俺には【エリアポイントテレポート】と共に授けられたスキルが、もう1個ある。
それを使えば、もしかすればデリアを。
『それを心置きなく使用するがいい。心配せずとも身を滅ぼすようなものではないから安心しろ』
「だといいけどな……。レイア、心配してくれてありがとう。下がってて」
「うん……」
痛みが残っているが、何とか立ち上がることは出来る。
俺はレイアを守らなければいけない。守って、そして自分にとってのスキルをもっと手に入れる!
「【武器形態変化】!」