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魔人転換 ―転生魔王は静かに暮らしたい―  作者: 藤井今日子(旧ジュゴン)
12/12

11. 私はこの国の王女なのだから

(エリカ目線)

 信じられないものを見てしまった。

 滅びたと思われていた龍が、悠々と森から出てきたのだ。よく見ると、少年の他にも、後ろに大勢の人間を連れている。食料として捕獲された者達だろうか。

 私も捕まれば、餌にされるに違いない。


「お、お爺様……」


 ガクガクと足が震える。

 龍から溢れ出す魔力がピリピリと肌を焼く。

 今まで見てきた魔物がいかに小物だったのか思い知らされた。そんな小物相手にいい気になっていた、自分の愚かさに腹が立つ。


「姫様よ。お前さんがおるとワシは戦えん。振り返らずに、真っ直ぐ道を引き返しなさい」

「お爺様……!」


 ついてこなければよかった。悔しいが、お爺様の言うとおりだ。


「お爺様、援軍を……! 援軍を連れて戻りますから……!」


 私はそれだけを絞り出すと、一目散に来た道を戻った。僅かに残るお爺様の魔力を辿って、がむしゃらに走る。山頂を越えれば、飛んでも奴らに見つかることはないだろう。

 飛んで、馬車を拾って、近くの町まで逃げて、援軍を募って、それから、それから……!


「!?」


 黄色い紐が木々に結んであるエリアに辿り着き、足を止めた。見下ろす先に、のどかで寂れた村がある。


「……あ」


 ゾクリ、と背筋が凍る。

 私だけなら、逃げられるかもしれない。だけど、ここの人達は……?


 ドクドクと、心臓が高鳴る。


 王女として、民を見捨てていいのだろうか。

 お父様は、世界を救うためには多少の犠牲は仕方がない、と常々おっしゃっていたが、その犠牲には目の前の民も含まれるのだろうか。

 確かに、彼らを犠牲にすれば私が逃げおおせる確率は各段に高くなるだろう。

 だが、手を伸ばせば救えるかもしれない人々を何もせずに見捨てることが、正しい道と言えるのだろうか。


「えいっ……!」


 考えている暇はない。

 お爺様は強い。なんたって、世界最強の魔術師なのだ。龍だって、きっと倒してくれる。

 だから、私は、やれることをやる……!


「皆さーん!! 森の奥で、龍が出ました!! 早く、逃げてください!!」


 声にありったけの魔力を籠めて、叫んで回る。


 村の中でも一際立派な家の前に着地すると、膝の力が抜け、その場に崩れ落ちた。思ったよりも、魔力を消費していたらしい。 

 何事かと、村人達が集まってくる。


「お姉ちゃん、大丈夫?」


 家の中から出てきた可愛らしい女の子が、心配そうに私の背中を擦っている。その母親らしき女性が水をくれた。一気に飲み干み、ぷはーっ、と息を吐く。


「魔法使いのお嬢さん、龍が出たってどういうことだ? 昼間の地震と関係があるのか?」


 先程の少女を抱き上げながら、父親らしき男性が尋ねてきた。ざわざわと、集まって来た村人たちも不安そうに注目している。


「あの地震は龍のせいだと思われます。先程、この目でお爺様……ユージン様と水龍を目撃しました」

「何だって!?」


 ざわめきが大きくなる。無理もない。SSランクの魔物が目と鼻の先に出現したと聞いて、冷静になれる方がおかしい。


「あなた! ウォレスとラギが、戻ってないの!」

「「「ウォレス(ちゃん)が!?」」」


 母親の言葉に、村中の大人達が反応した。ウォレスという者は、それほど重要なのだろうか。ラギとやらが、少し不憫だ。


「お嬢さん! 子供達を見なかったか!? 君と同じくらいの歳の男の子二人だ。たぶん、犬も一緒なんだが」

「!? それなら、龍が連れていた人たちの中に居たかもしれません。子供の姿も何人か見えたので……」

「うおおおおおお! ウォレスゥゥゥゥ!!」


 父親が娘を妻に託し、走り出した。慌てて止めに入る。


「待ってください! 今、ユージン様が戦っていますから! 行っても邪魔になるだけです!!」

「離してくれ、お嬢さん! だいたい、君はどこの誰だ!」

「私は、お……」


 王女、と言いかけて止めた。この国の民が、父を嫌っているのは薄々分かっていたからだ。


「お、お爺様の孫です! ユージン・クロノスは、私のお爺様です!」

「なっ! 領主様のお孫様!?」


 一斉に、村人達が膝を突いた。

 その様子に、私はぎょっとする。まさか、こんな辺境の村の民が礼をわきまえているとは思っていなかった。

 だが、これはチャンスだ。


「そうです! 今、お爺様が戦っています。お爺様は最強なので絶対勝ってくださいます!ですが、龍の気配を嫌って森から魔物が降りてくる可能性があります。ですから、万が一に備えて、安全な場所に避難して下さい」


 私が指示を出すと、年配の男性がおずおずと口を開いた。


「安全な場所……そんなもん、うちの村にはないですよ」

「え?」


 そうだ、そうだ、と次々に賛同の声が上がる。


「え? 騎士団の詰め所とか、魔術の塔とか、司祭や聖女がいる教会とか、結界石とか、神木とか、聖水の池とか、そういうのでいいのだけれど……どれもないの!?」

「ありません」

「んな……」


 絶句。

 王都や王都周辺の街には必ずあるものが、ここにはないという。どれも魔物から身を守るためには必須のはずだ。


「逆に、今まで良く無事だったわね!?」

「それはウォレスちゃんが」

「馬鹿っ!」

「また、『ウォレス』? いったい、何なのその子供……」


 私が尋ねようとしたその時だった。


 ズドーン!!


 と、まばゆい光と共に激しい揺れが起きた。


「きゃあ!」

「危ない!」


 思わず悲鳴がでた。先程の父親が、覆いかぶさる様に私を守ってくれている。ちょっと臭い。

 だが、そんなことを気にしている場合ではない。

 揺れは5秒ほど続き、やがて治まった。

 逞しい腕から解放されて、私は「はっ」と息を呑んだ。


 ……龍の気配が消えた……!?


 神々しいとさえ思った龍の気配は完全に消え去り、お爺様の魔力だけが感じ取れる。

 お爺様が龍を倒したに違いない。

 しかも、たった一撃で……!?


「龍の気配は消えました! お爺様が勝ったのですわ!」

「「「お……おおおお!!」」」


 私の勝利宣言に、村人達が一斉に歓声を上げた。

 だが、浮かれてばかりはいられない。我々にとって、本当の危機はこれからだ。


「まだ油断はできません! 森の方から、低ランクの魔物が逃げてくる気配がします! この村の戦力はどれほどですか!?」

「Bランクの元冒険者が2名、Cランクが3名、後は普通の農夫と狩人です!」

「魔法が使える者は!?」

「Cランク2名! 治癒魔法使いと、土魔法使いです!」

「分かったわ! Bランクと私が戦うから、Cランクと男達は女子供を守って! 弓が使える者は、私達の援護を!」

「「「承知しました!!」」」


 流石は辺境の土地で暮らす人々だ。魔物に対して反応が早い。戦える者は素早く武器を取り、戦えない者は即座に屋敷の中に入った。


「お嬢様!」

「! ちょうどよかった! お前達も戦って!」

「分かりました!」


 村の入り口の方角から、竜車が走ってきた。王都から乗って来た竜車だ。二人の御者は、お爺様が信頼を寄せる元Aランク冒険者だ。竜は大きなトカゲの様な生き物だが、Bランク程度の力はある。


 私の魔力がほとんど残っていないことを除けば、即席パーティにしては中々の戦力だろう。


「お爺様が戻られるまで、死守するわよ!」


 私は腹の底から叫んだ。

 山から、わさわさと魔物が降りてくるのが見える。村人達が「ひっ!」と悲鳴を堪えているのが伝わってくる。

 実戦は初めてだ。

 魔力の使い過ぎもあって、立っているのも辛い。

 低ランクのゴブリンやキラーラビットに紛れて、B級のオーガやハーピーの姿まで見える。

 怖い。出来るものなら、逃げ出したい。


「お嬢様! 大丈夫ですか!?」

「心配無用よ! あなた方は、自分達のことだけ考えなさい!」


 だけど、やれるだけのことは、やる。


 私は、この国の王女なのだから……!


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