表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/35

情けは人の為ならず 3

    ◇ ◇ ◇


 その二時間後、フリージは護衛役として、密かに町に出た皇帝夫婦に同行していた。


 視線の先にいる平民姿に変装した皇帝夫婦は今日も無意識に砂糖を振り撒いている。

 時折お互いを蕩けるような視線で見つめ合い、指先を絡めては気恥ずかしそうに頬を染め、お菓子を買ってはちゃっかりと食べさせあったりしている。


 ……甘い。甘すぎる。


 この無差別砂糖テロのせいで、同行させた何人の近衛騎士達が『故郷の恋人に会いたくなったので』と言い残して職を辞していったことか。

 職を辞さなくても、甘すぎて胸やけになったと訴える被害が相次いでいる。

 ちなみに言わせてもらうと、フリージももう完全に胸やけ状態だ。


 しかしながら、多忙の皇帝夫婦がこうして町に出て息抜きができるのは月に一、二度しかない。

 元々皇帝ベルンハルトと幼なじみの仲でもあるフリージとしては、可能な限り(あるじ)であり友人でもあるベルンハルトの希望を叶えてやりたいという思いもあった。


 しかしながら甘い。そうは言っても甘い。


 半分死にそうな目で二人を眺めていると、その人はやって来た。


「あなたも大変ですわね。どうにもならないその気持ち、よくわかります。どうかこれでも食べて元気を出して」

「……は?」


 目を向ければ、ハイランダ帝国ではまず見かけることがない薄い金髪にピンク色の瞳をした可愛らしい少女がいた。年は十代後半だろうか。なぜか憐れむような瞳でこちらを見上げている。

 そして、彼女は鞄からラッピングした袋を取り出すと、ずいっとフリージに突き出してきた。


 フリージは反射的にそれを受け取る。

 紙の袋はとても軽い。中を覗くと、クッキーのようなものが入っていた。少女はフリージがそれを受け取ったことに満足したのか、嬉しそうに笑う。


「どうかあなたが心安らかでありますように。あ、お礼には及ばないわ。ごきげんよう!」


 少女はそれだけ言うと、くるりと体の向きを変える。そして、タタタッとその場を後にして大きく手を振った。


 一方、突然知らない若い娘にクッキーを押し付けられたフリージは唖然としてその後ろ姿を見送った。今は皇帝夫婦の護衛中なのでこの場を離れるわけにもいかない。というか、なぜこんなものを渡されたのか意味がわからない。


「…………。これ、どうすればいいんだ?」


 クッキー片手に呟いた声は、人々の喧騒の中に掻き消えたのだった。



 ◆



 フリージはじっと考え込んだ。


 一体これはなんのまねだろうか? ナンパかと思ったが、名前も名乗らず立ち去ったところから判断するにそれはないだろう。


「もしや、陛下を狙った間者か?」


 皇帝であるベルンハルトは用心深い性格をしているが、側近であるフリージが手渡した食べ物であれば警戒せずに食べるだろう。もしもこのクッキーに毒が仕込まれていたとしたら? すぐに調べて、事の次第では先ほどの少女を拘束する必要がある。


 辺りを見渡してちょうど目についた犬の前にクッキーの欠片を置いた。犬はクンクンとその匂いを嗅ぎ、ぱくりとそれを丸呑みした。


 フリージはじっとその様子を見守る。今のところ苦しみだす様子はない。しかし、まだわからない。後から効いてくる毒かもしれない。

 しばらく見守っていると犬は元気に辺りを走り回り、尻尾を振りながら消えていった。  


 一見すると毒はなさそうである。しかし、油断大敵である。

 フリージはちょうど近くにあった噴水池の中にクッキーを砕いて投げ込んだ。バシャバシャと音を立てて水中の魚が寄ってきて、あっという間にクッキーの破片はなくなる。その様子を眺めていると、魚は元気よく空中にジャンプした。ぽちゃんという音と共に円状に波紋が広がる。


「毒ではないのか?」


 フリージは最後にほんの少しだけ割って自分で食べてみることにした。

 皇帝の側近という立場上、毒への耐性はある程度つけてきた。クマ殺しの毒はさすがに無理だが、通常の毒であれば少しくらい口に入れても問題はない。それに、先ほどの犬と魚の様子からしてクマ殺しの毒ではないだろう。


 きつね色に焼けた欠片を口に入れて咀嚼すると、それはホロホロと崩れて舌の上に広がる。


「しょっぱいな……」


 塩味の効いたそれは、非常に独創的な味がした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
関連作品情報

皇帝ベルンハルトと魔法の国から来た王女リリアナの婚約から始まる押せ押せ溺愛ラブ!
「夢見の魔女と黒鋼の死神」
アイリスNEO様より好評発売中!

宮廷薬師カトリーンと外交長官フリージのスイーツが結んだ極甘ラブ!
「エリート外交官はおちこぼれ魔女をただひたすらに甘やかしたい」
アイリスNEO様より好評発売中!

堅物副将軍レオナルドとわけあり男装令嬢アイリスの王道ラブロマンス
「崖っぷち令嬢が男装したら、騎士団長に溺愛されました」
ベリーズ文庫様より好評発売中!

i425984 i510611i555515
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ