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情けは人の為ならず 1

    ◇ ◇ ◇


 そうしてやって来たハイランダ帝国で、まさかこんな仕打ちを受けるなんて。

 今さっきバタンと無情な音を立てて閉まった扉の前で、カトリーンは立ち尽くしていた。


「だって、住み込みだって書いてあったのにこんなのってないわ。今日到着したばかりで知人もいないし、お金だってないわ。一体私は今日からどうすればいいの? 寝る場所もないじゃない」


 閉じられた扉に向かって憎まれ口を利くが、その問いに応える者は誰もいない。

 じわりと滲む涙をポケットから取り出したハンカチで拭い、ついでにチーンと鼻をかむ。


「なんとかして仕事を探さないと……」


 カトリーンは当てもなくとぼとぼと歩き、辺りを見渡す。


 通り沿いに見えるのは、建ち並ぶたくさんの建物。それらは全て積み木を重ねたような形をしており、カトリーンの故郷であるサジャール国とは全く違う風景だ。一階が店舗になっており、花屋やジュース屋、肉屋など、色々な物が売られている。


「国によって街の景色って結構違うのね」


 これだけお店があるなら、働く場所もあるかもしれない。

 ここの暮らしに少し慣れてきたら街歩きでもしてみたいなどと思いながら視線を移動させていると、ふと一人の男性が目についた。


 街ゆく人々と同じようなごく普通の濃紺の衣装を着たその男性は、仕立てがよいせいなのかとても身なりがよさそうに見える。腰には立派な剣をぶら下げていた。

 薄茶色の髪は短く切られ、すっきりとして見える顔立ちはなかなか整っている。ただ、なんだかとても疲れていそうに見えたのだ。


「あの人、大丈夫かしら?」


 カトリーンはその男性を見て眉を顰める。

 魔法薬を作る内職をしていたこともあり、不健康そうな人を見かけるとついつい気になってしまう。


 男性は何をするでもなく道の端に立っていた。この国の人にしてはやや色白な肌をしているので、目の下にうっすらとくまができているのがはっきりとわかった。何かをじっと見つめては居心地悪そうに身じろぎし、時折ため息をついている。

 ついでに言うと、淡い緑の瞳は死んでいた。


「何を見ているのかしら。あのお店?」


 カトリーンはその視線の先を追う。そこは、扇子やストールなどを扱う小物用品のお店のようだった。

 近づいて中を覗くと、一組の男女がいるのが見えた。


 男は短い黒髪で左耳に銀色のイヤーカフを付けており、涼しげな印象で一見するとやや冷たく見える雰囲気だ。女は茶色い髪に茶色い瞳をしており、驚くほどに整った容姿をしていた。仕立てのよさそうな衣装から判断するに、金持ちの息子と娘、もしくは貴族だろうか。

 その二人は恋人同士のようで、寄り添って仲睦まじい様子で商品を手に取っている。


「ねえ、ベルト。どっちがいいと思う?」

「どちらでも変わらない。好きにしろ」

「もうっ、ベルト! 迷ってるんだから、ちゃんと聞いて?」


 ピンク色とオレンジ色の二種類のストールを差し出していた女性が怒ったように口を尖らせる。するとベルトと呼ばれた男性はクスッと笑い、その女性を引き寄せた。


「リリーは可愛いから、どちらも同じくらいよく似合う」


 リリーと呼ばれた女性の肌が、途端に耳まで真っ赤に染まる。すると、男性は愛おしげに女性を見つめ、腕を回した腰を更にぐいっと抱き寄せた。


「両方買えばよい。いくらでも買ってやる」


 かすかに聞こえた甘い(ささや)き声。ついでに、耳とこめかみにキスを落としたのをカトリーンは見逃さなかった。


「あまっ!!」


 なんだ、この蜂蜜の海に浮かぶ氷砂糖の島にいるかのようなカップルは。あの男、ツンと見せかけたデレか!?


 このラブラブぶり、まだ付き合いたてだろうか?

 お互いに『もうあなたしか見えません』状態である。


 甘い。甘すぎる。

 あの二人の周りだけ砂糖が振り撒かれて、心なしか店内の灯りを反射してキラキラしている気がする。


 そのとき、カトリーンはハッとした。

 この光景をじっと見つめていたさっきのあの男性のあの表情。これはきっと、この超絶美女に片思いしているに違いない。諦めきれずにあの立派な剣を持って女性の後を追い、男に決闘を申し込もうとしていたのだ。ところがその前にこの甘い光景を見せつけられ、今まさに心が死にかけているのだ。

 あの死んだ瞳はそうに違いない!


 人に親切にされたかったらまずは自分が人に親切にしなければなりませんと、週末に通っていた教会の神父様も常々言っていた。

 ここは自分がなんとかしてあげないとっ!


 基本善人であるカトリーンはつかつかとお疲れの男性に歩み寄る。


「あなたも大変ですわね。どうにもならないその気持ち、よくわかります。どうかこれでも食べて元気を出して」


 男性に微笑みかけ、美しく包まれたお手製クッキーを差し出す。


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