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さらば、陰鬱な日々 4

 

 自宅に戻ったカトリーンは早速、父であるボーデンに相談した。

 結果、大反対された。


「カトリーン。ちょうどお前に縁談を、と思っていたんだ」

「私に縁談?」


 カトリーンは思いがけない話に、眉を寄せる。これだけ冷遇しておいて、一体どういう風の吹き回しだろうか。

 父は執務机に向かって座りながら、落ち着きなく両手を絡ませては離したりしている。これは、何か言いにくいことを言おうとしている気がする。


「実はね、オハンナが先日トラール伯爵にお前の話をして──」

「トラール伯爵?」


 カトリーンは驚きのあまり目を見開いた。


 トラール伯爵のことはカトリーンも聞いたことがある。年齢は父と同じかそれより少し下くらいだろうか。いや、この際年齢のことはどうでもいい。

 それよりもヘンドリーナと義母のオハンナが零していた『変態趣味がある』という話が脳裏に蘇る。若い女性を連れ込んでは怪しげな道具を使った変態行為を繰り返して快感を覚える特殊性癖があるとかないとか。


「そこに私に嫁げと?」

「伯爵だよ。いい話じゃないか」


 カトリーンは冷めた目で父を見つめる。


(ここまでろくでなしだとは思わなかったわ)


 カトリーンをだしに伯爵家と縁を繋ごうとしているのだろう。事業と、妹のヘンドリーナが良縁を繋ぐためにお前は犠牲になれと言っているのだ。

 父はそんなカトリーンの批判の眼差しに気づいたのか、視線を泳がせてハンカチですっかりと広くなったおでこの汗を拭いた。

 

 カトリーンはふうっと息を吐く。


 今この瞬間、カトリーンのこの家に対する一切の未練が断ち切れた。

 亡き母との思い出の地を去るのは寂しい気がするけれど、変態ジジイの元に送られてはたまったものでない。


 従順に従うふりをして部屋に戻ったカトリーンは、早速出発の準備を始めた。父はカトリーンが了承の意思を示すと嬉々として書簡を書き始めたので、急がなければ。


 ここからハイランダ帝国までどのくらいかかるのか、見当もつかない。

 けれど、ここにいるよりはましだ。運命の人が連れ出してくれないのならば、自分で抜け出してその相手を見つけるのみ。


 殆どない荷物を詰め終えると、残った隙間には集めてきた薬草や調合した魔法薬を目いっぱいに詰める。

 最後に壁際の古ぼけたキャビネットから小さな木箱を開き、おずおずとその中身を取り出した。そこには、ペンダントが入っていた。


 カトリーンはそのペンダントを見つめる。


 ペンダントヘッドには扇状の薄い板──ワイバーンの鱗のような形をしたものがついている。ただ、サイズが随分と大きかった。ワイバーンの鱗はせいぜい二、三センチだが、これは五センチくらいある。しかも、色がほんのりとピンクがかっていた。

 おそらく鱗を模した作り物のアクセサリーで、価値は殆どないだろう。けれど、カトリーンにとってはとても大切なものだ。なぜなら、これは今は亡き母が残した、唯一の形見なのだから。


 カトリーンはそのネックレスをぎゅっと握りしめると、鞄を持って立ち上がる。

 行くなら今行かないと、決心が揺らぐ。意を決してそっと屋敷を抜け出したカトリーンはハッとする。玄関の前には、カトリーンを待つかのようにワイバーンのテテがいた。


「テテ。さよならだわ」


 カトリーンはテテの首をぎゅっと抱きしめる。

 テテはワイバーンの中では亜種で、通常ならないはずの前脚がある。そのため、街の露店で通常のワイバーンの半額以下という格安で売られているのを父が見つけてきまぐれに買ってきた。ワイバーンは希少性があるので、本来ならとても高価なのだ。

 ただ、普通なら使い魔契約できるはずなのにテテはそれを受け付けなかった。それに、他のワイバーンとも群れようとせず、むしろ避けて誰にもなつかない。それで屋敷の他の使用人たちもテテの世話はしようとせずにほったらかしにされていたのを、見かねたカトリーンが世話してきたのだ。

 テテはなぜか、カトリーンだけにはよくなついた。


 別れは名残惜しいけれど、カトリーンが立ち去ろうとするとテテはカトリーンの服をガシリと噛んだ。


「だめよ、テテ。離して」


 カトリーンが優しく諭しても、テテは離そうとしない。それどころか、「嫌だ」と言いたげにブンブンと首を振り、スカートを咥えたまま背中を顎で指すような仕草をした。


「乗れって言っているの?」


 テテは首を縦に振る。


「でも……」


 カトリーンは戸惑った。

 ワイバーンに乗るには、使い魔の契約をする必要がある。そうしないと、制御しきれずに、最悪の場合は振り落とされる危険があるのだ。けれど、カトリーンは上手く魔法を使えないのでその契約ができなかった。


 テテはそんなカトリーンの気など知らぬようにまた背中を指すように首を振り、今度は乗りやすいようにしゃがみ込んだ。


「…………。わかったわ。お前もこの家に居場所はないものね。それに、私達は友達だから、テテは私を落としたりしないでしょう? 一緒に行きましょう」


 カトリーンはテテの背中によじ登る。


「ハイランダ帝国に行きたいの。テテは行き方を知っている?」


 テテは「ギャオ」と小さく鳴き、バサリと翼を羽ばたかせる。


 その瞬間、地面は遥か遠くになり前方からは強い風が吹きつけた。振り落とされそうになり、カトリーンはギュッとテテにしがみつく。次の瞬間、風がやんでカトリーンは恐る恐る目を開けた。


「わあ! 凄い!!」


 見えたのは、遥か遠くまで続くサジャール国の町並みだった。カラフルな屋根が幾何学模様のように広がり、遠くには山脈の緑の稜線と太陽の光を反射して煌めく湖。手前には円筒状の塔の上にたまねぎのような形をした王宮も見え、その影が斜めに長く伸びている。


「空から見ると、世界はこんなにも美しいのね」


 今まであの屋敷とその周辺にしかいなかったから、ちっとも知らなかった。生まれて初めて見る上空からの景色に、カトリーンはただただ息を呑んだ。

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