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騎士襲来

 ド田舎の朝は早い。

 東の空が白んできて、狭い寝室に薄明かりが差し込んでくると、クリスは速やかに反応して目を覚ます。薄い毛布を力いっぱい吹っ飛ばしつつベッドから起き上がった。

 起きた直後なのにお目々はパッチリ。昨日の疲れをまったく残さない完璧な生活リズムは、今日もご機嫌の継続中だ。


 隣室で寝ているアデアナは、夜が明けたにもかかわらず目を覚まさない。今日の料理当番はクリスなので、彼女はねぼすけさんモードなのだ。朝食ができあがるときまで、決して起きることはないだろう。


 クリスは手早く部屋着に着替えてから、軽いストレッチで全身をほぐして血行の促進を促す。

 充分な運動で体も頭もいい感じに温まってきたら、今日も朝の日課が始まる。


 最初にやることは水汲みだ。今日一日使うぶんの飲み水を用意するために、水入れ桶を抱えて水汲み用の小屋へと向かう。


「お! クリスちん、おっはー」

「おはよう。今日も頼む」

「ふふふ、今日のボクの水は昨日までとは違うよ。さあ、飲んで驚くがいいよ!」


 そこで元気いっぱいに彼を迎えてくるのは、クリス家の水道担当、水の魚(ミズフィー)ちゃんである。この地に移り住み始めた頃にアデアナが親のコネを使ってスカウトしてきた、フナの姿をしているプロの水精霊だ。

 飲用水から農業用水までなんでも作り出せる万能選手で、最近はある霊峰の雪融け水の再現にチャレンジしているのだとか。クリスはいつも彼? の世話になっている。

 桶いっぱいの水をいただいたら、クリスは家に戻って桶を定位置に置く。


 次にやることは朝ごはんの準備だ。

 まず倉庫から食材を取り出す。朝食の献立を決める習慣がないので、選ぶものは感覚任せのテキトーだ。足の早いものを優先するくらいで、基本的にはその場の気分に従ってつかみ取りする。

 それなりの食材が揃ったら家に持ち込んで、すぐに調理を始める。食材を手早く刻んで、調味料といっしょに水を張った鍋へ放り込む。引っ越し記念に買った十年ものの魔法コンロに火を入れて、その上に鍋をがしゃんと雑に置く。

 本日のメニューは菜っ葉と豆のスープだ。


 具材がいい感じに煮えてきて、部屋中に良い香りが漂い始めると、それを嗅ぎつけてきたアデアナがふらりと寝室から出てくる。

 ちゃんと部屋着姿だ。たまに本来の姿のままで出てくることがあるが、今日もちゃんと着替えてきている。

 そして二人はいつものあいさつを交わした。


「おはよー……」

「おう」


 半目でふらふらしているアデアナは、吸い込まれるように席に着くと、がくりとテーブルに突っ伏してすやすやと二度寝を始めた。彼女は寝起きが悪いタイプなので、家事当番でない日はいつもこんな感じだ。

 でも、クリスがテーブルの上に料理を並べればちゃんと目を覚ますので、問題になったことはない。


 最後にやることは、二人そろっての朝食だ。相方はまだまだぼんやりしがちなので会話は少ない。

 さくっと食べ終えたら後片付けをする。使った食器を洗って手布でテーブルを拭くと、そこでやることはもう無くなった。


 以上が彼らの朝である。


 それから食休みとしてダラダラと過ごしたあと、昼前に入って暖かくなってきたところで本格的な活動が始まる。


 クリスはひとりで外に出て、物置小屋からクワやシャベルなどの道具を持ち出してくる。家の離れにある荒れた空き地までやってくると、切り株や木の根っこだらけの地面をせっせと掘り返し始めた。


 力いっぱい土を掘り返しては、木の根や石などの不純物をていねいに取り除いていく。山を切り開いての開墾作業だ。

 彼はこの作業を十日ほど続けてきているが、その進捗は目標の一割にも届いていない。普通は複数人数であたるような大仕事だろうだから、進みが遅いのは当然だろうが。

 それでも彼は、あえて誰の手も借りずに道具を振るい続ける。時間はたっぷりあるのだから、心のおもむくままに作業していくのだ。


 小休止を挟みながら作業を続けて、そろそろお昼時になるかといったとき、クリスの耳に鳥の甲高い鳴き声が届いた。それはさえずりではなく、短く舌を打つような地鳴き声だ。

 これは本物の鳥の鳴き声ではない。アデアナが作った人物感知用魔法装置、鳥人形のピーちゃんが発した音である。その音が鳴ったということは、誰かが家に近づいてきているということを意味する。

 それは珍しいことである。クリスが家を構えている山には、“山の主”と呼ばれている竜が棲んでいる。近隣の村では“竜が御座(おわ)す山”として畏れられているので、村人が立ち入ってくることは少ないのだ。


 クリスはとりあえず近くの木に道具を立てかけておいて、滅多にやってくることがない来訪者に備える。

 それからほどなくして、立派な鎧を身にまとった二人の男がクリスの前に姿を見せた。


「ん、おまえらは」


 彼らの顔を見たとたんに、クリスはあっと驚いたように声をあげる。彼らはクリスの知り合いだった。


「よぉうクリス! 久しぶりだな~! あれから何年も経ったのに、あんまり変わってないな~おまえ。元気してたか?」


 使い込まれたプレートメイルを身にまとう三枚目の男が、へらへら笑いながら馴れ馴れしくクリスの肩をぽんぽん叩く。

 彼の名はゼノン、十数年前にレムス王国で筆頭騎士をやっていた優秀な男だ。今は騎士団長にまで上り詰めている。


「ほう、ここが英雄サマの噂の隠れ家か。なかなかいい趣味してるじゃないの。いいなあ、私もこういう別荘を建ててみるかなあ」


 漆黒の鎧を着ている優男が、興味深そうにクリスの家を観察している。

 彼の名はアルベルト。白い肌に先のとがった長い耳を持つポピュラーな種の魔族で、魔王軍の魔導騎士団長をやっている男だ。


 この二人はとってもとっても仲良しで、義兄弟の契りを結んだことがあるほどの仲である。

 接触しあうと謎の化学変化を起こして周りに迷惑をかけだすという、無駄に印象深い連中だったので、クリスは彼らのことをよく覚えていた。


「おまえら、こんなところになにをしにきたんだ?」

「おいおい、なにをしに来たって、相変わらず冷たい反応するな~。俺ら戦友だろ~?」

「知らんな」


 ゼノンはフレンドリーさ全開で接しようとしても、クリスはよそよそしい態度を貫いて崩すことはない。

 なぜかというと、かつて付き合いがあった頃の経験から、まともに付き合うと疲れるだけということがわかっていたのと、彼らがここまでやってきた要件が知れたからだ。

 今から一週間前ほど前、レムス王国の使者が家を訪ねてきて、首都に戻って勇者になれと説得してきたことがあった。

 それと同じ用事とみて間違いない。そうでもなければ、彼らのようにそれなりの地位を持つ者を派遣したりしないだろう。


「ゼノン、再会を懐かしむのはあとだ。我々には急ぎの任務があるんだぞ」


 アルベルトはゼノンの肩を引っ張ってクリスから離すと、真剣な表情を作ってクリスと目を合わせた。


「手短に言おう。魔王陛下がお亡くなりになられた」

「知ってる」


 まさに予想通りの話が始まったので、クリスは白け気味につぶやいた。

 見るからにテンションがだだ下がりしている相手に構わず、アルベルトは熱っぽく説明を続ける。


「後継者として陛下の一人娘のハイケ殿下が選ばれたのだが、魔王の座を継承するための儀式を進めるには勇者がいなくてはならん。

 勇者としてふさわしい男は貴様だけだ! 殿下も貴様以外はあり得ないとおっしゃっている! クリス、今一度力を貸してくれ! 魔界と人間界の平和のために立ち上がってくれ!」

「陛下もおまえを指名してるんだぜ? なあ~、帰ってきてくれよ~。帰ってくればたくさんオカネもらえるんだぜ~?」


 さっそく騎士たちによる挟撃が発動だ。

 二人して激しく身振り手振りを交えながら、勇者のお役目の重要性やら有用性やらを畳みかけるように語りまくる。なんとしてでもこの場で口説き落とそうかという心づもりであろう。


「嫌だね」


 だが無駄だ。何を言われようともクリスの意志が揺るぐことはない。


「俺はもう国のために働くつもりはないんだ。時間の無駄だからさっさと帰りな」


 顔をしかめっぱなしのクリスは、これ以上付き合ってられないと言わんばかりに冷たく突き放すと、迷い無い足取りで家の玄関へと向かい始めた。

 クリスは家の中に閉じこもるつもりだ。二人はそんな思惑を察したか、彼の背中に猛然と食らいつく。


「この野郎~わがまま言うなよな~。おまえがいないとみんなが困るんだぜ~?」

「くっ、このわからずやめ。だが魔界のためにも、ここであきらめるわけにはいかんのだ!」


 二人の手がクリスの肩に伸びたそのとき、クリスは急に振り返ると、本気の睨みつけを発動した。


 眼球が光り輝いているかと錯覚させるようなオーラに打たれた二人は失禁。だが、辛うじて失神せずに踏みこたえる。

 騎士として高い実力を持つ彼らならば、クリスの眼力に耐えることができるのだ。替えの下着だって用意している。対策は万全であった。


「まてよ~! 逃げんなよ~!」

「くそ、私は魔導騎士団長なのだ。ここで負けてなるものかッ……!」


 精神的打撃にあえぐ二人は、膝をつきながらも苦しげに引き留めようとするが、クリスの歩みは止まらない。

 その背中は二人からどんどん遠ざかっていく。


 クリスが家のドアノブに手をかけると、ふと肩越しに振り返って、憂いげな眼を騎士たちに向けた。


「立ち話も疲れてきたし、続きはうちの中でやろうか。鍵はついてないから勝手に入ってこいよ、入れるものならな(・・・・・・・・)


 クリスはそれだけ言うと家のなかに入って、ばたんとドアを閉じた。


 ショックから立ち直った二人は、そそくさと手近な草むらに隠れて下着を取り換える。

 それからドアに駆け寄ってノブに手をかける。が、開かない。体格の良いゼノンが全体重をかけて引っ張ってみてもびくともしない。

 鍵がかかっているわけではない、建付けが悪いわけでもない、ドア自体が重すぎて、彼の腕力では動かせないのだ。


「お、重い(・・)ッ! なんだこの重さは! あいつはこんなのを軽々と動かしてたっていうのか!」

「いや、これは魔法のドアに違いない! 侵入者防止の魔法がかかっているんだ! くそっ、かくなるうえはドアを破って」


 アルベルトは業を煮やしたか、剣を構えると攻撃魔法の詠唱を始める。扉を破るつもりだ。

 だが、ゼノンが大慌てでアルベルトに飛び掛かると、掌底を顔面に食らわせることでその口をふさいだ。


「ぶはっ……なぜ止めるゼノン!」

「俺たちは野盗じゃないんだぜ! 暴力だけはダメ絶対!」

「では、どうすればいいのだ! 説得もだめ、実力行使もだめなのだぞ!」

「諦めちゃだめだぜ! まだ時間はある、説得を続けるんだ! 俺とおまえが力を合わせれば、きっとうまくいく!」


 騎士たちはしばし黙って、腹を探るように見つめ合う。やがて決意したかのように頷きあうと、二人はクリス家の攻略を開始した。


 少し後。


「なあ~帰ってきてくれよ! 俺たちは戦友だろ~!」

「おいっ帰ってこい! 私たちはライバルだろ!」


 二人はぴょんぴょん跳ねて存在をアピールしつつ、声を張り上げて呼びかけを続ける。

 家の中から彼らの奇態を見るクリスとアデアナは、この上ないほどの呆れ顔である。


「ねえクリス、なにアレ?」

「ほっとけ、そのうちいなくなる」


 それなりに後。


「きょ、凶作じゃあ……だれか、食べ物を……」

「大変だ! 難民が死にかけてるぞ! 今すぐここを開けて助けるんだ! 貴様に人の心が残っているのなら!」


 二人は行き倒れごっこをしてクリスの興味を引こうと頑張る。

 一方のクリスたちは昼食に舌鼓を打っているので、見もしていなかった。

 ちなみに食材はアデアナの魔法で取り寄せた。外にでるとアホに絡まれるからだ。


 けっこう後。


「クリス、そのまま家にこもってもなにも変わらんぞ。もう少し勇気をもって行動を起こしてみてもいいと思うんだ」

「俺も昔は仕事が辛くて、ふさぎ込んでた時期があったんだ。でも、親父に元気づけてもらったことでな~」


 二人はあの手この手でクリスの心を動かすことを試みる。

 しかし肝心のクリスは昼寝中なので、彼らの言葉はまったく届かなかった。

 彼は現役時代に、どんな環境でも眠ることのできるスキルを戦場で身に着けたので、多少の騒音があっても眠り続けることができるのだ。


 さらに後。


「ぜんぜんダメじゃないか! このアホっ!」

「アホっていうほうがアホなんだよ! このバカ~!」


 二人は半泣きで殴り合いのけんかに入った。

 剣を収めて手甲も外しているので殺傷力は抑えられているが、それでも騎士として嫌え抜かれた彼らの拳は重い。

 互いの拳が互いの顎へ同時に炸裂すると、彼らは意識は仲良く虚空へ飛んでいった。


 ぶざまなケンカの一部始終を見ていたクリスは、まったくこいつらはと諦め気味にため息をつくと、家から出て倒れた男たちのもとへ向かった。




 それから少しして。

 陽が西の空に傾いて、山々に落ちる影が色濃くなってきた頃に、テーブルの下に寝かされていたゼノンが目を覚ました。


「はっ! 寝てたのか俺。確かあいつとケンカになって……あれ、ここどこ?」


 彼はぼんやりと目を開けると、すぐに疑問の声をあげる。

 外で気を失ったはずなのに、なぜか屋内にいる。知らぬ間に鎧を脱がされて上着姿になっていて、殴り合った傷がすっかり癒えている。

 寝ている間に激変した状況に、彼は混乱した様子を隠せない。


「ここか? 俺の家だよ」

「ぬお! クリスあいたぁ!」


 テーブルの下をのぞき込んできたクリスと目が合ったゼノンは、驚きの声をあげつつ半身を跳ね起こすと、テーブルの裏に頭を思いっきりぶつけてしまって悶える。

 だが、痛みのおかげで完全に目を覚ましたようで、その眼から虚ろさが消えていた。


「あっ。おい! 起きろ!」


 ゼノンは辺りを見回すと、隣に転がっていたアルベルトに気付く。彼も鎧を身につけていない軽装着だ。その白い頬をはたくことで、すぐに叩き起こす。


「なんだおい、痛いな。ほっぺを叩くんじゃない」

「いいから早く起きろっての」


 ゼノンはまだ寝ぼけているようすのアルベルトの額を軽くひっ叩いて、彼の意識を無理やり覚醒させる。


「……ん? あ、そういえば私は……なんだ、ここはどこだ?」

「クリスの家みたいだ。クリスの奴もいるから、とにかくさっさと立とうぜ」

「奴の家だと? なにが……いや、とりあえずそうするか」


 二人は軽く現状確認しあったあと、おずおずとテーブルの下から這い出てから立ち上がった。

 両者とも、いまだに何が起きたのかさっぱりわからないといった顔である。大の男が二人も増えて窮屈になった狭い居間で、肩を小さくしながら立ち尽くしている。


「ええと……俺らどうなったんだ?」

「あそこで放っておくのもどうかと思ったからな、お前らを家の中に運んでやったんだ。さあ、ちょっとここに座れ」


 クリスは居心地悪そうにしている二人にチョチョイと手招きして、テーブル脇に置いてある木箱を指さすと、同じ席に着くように促す。

 彼らは言われるがままに木箱に座った。


 騎士たちの目の前のテーブルの上には、逆さになった網かごが二つ置いてある。クリスはもったいぶった手つきで網かごを取ると、その下には料理があった。


「おまえら、昼は何も食べてなかっただろう? 食べていくといい」


 クリスは網かごをテーブルの下へ放ったあと、やる気のない感じで二人に食事を勧める。

 パンと塩に漬けたベーコンに焼いたイモという、簡単だが量も栄養もたっぷりなものばかりだ。ベーコンとイモはまだ湯気が立っていて、食欲を刺激する香ばしい匂いを漂わせている。

 そんなおもてなしの品々を前にして、二人はますます訳が分からないといった顔で頭の上に大量の疑問符を浮かばせた。


「ど、どうしてだ? おまえ、俺たちを帰らせたがってたような。だから家にも入れてくれなかったのに。どうしてこんなことをしてくれるんだ?」

「どうしてもこうしても。さすがに外に気絶したまま放置はできなかったしな。それにおまえたちとは力を合わせて戦ったことがあった仲だし、腕によりをかけて作った飯を食わせてやってもいいだろう」


 そこから話は続かず、静かな屋内で三人が黙って互いを見つめあう。

 ふと、アルベルトがなにかを思い出したように口をひらこうとすると、クリスがすかさず反応して話を遮るように手を突き出した。


「あ、帰って来いうんぬんの話はなしな」


 図星だったようで、アルベルトは口をつぐむと、長い耳を下げながら目を逸らす。


「ところで食べないのか?」


 騎士二人は困ったように顔を見合わせるが、盛大な腹の虫が二つなると我慢できなくなったようで、迷いなく出された食事に手を付けた。

 よほどお腹が空いていたようで、物凄い速さで平らげていく。

 無言のまま貪り続けること五分、用意されたものを欠片ものこらず食べつくしたのであった。たっぷり食べることができたこの二人、実に幸せそうな満足顔である。


「悪いな、我々のためにわざわざこんな……」

「ありがとよクリス。うまかったよ」

「それはよかった。じゃあ、代金をいただこうか」


 クリスはとってもいい笑顔でしれっと言い放った。


「は?」


 わずかな間を置いた後、二人は口をあんぐり開けるとマヌケな声を漏らした。


「俺は“タダ”とは一言も言わなかったぞ?

 俺たちの料理は金で買えるようなものじゃないからな、対価は相応のものじゃあないと。そうだな、二度と『首都に戻って来い』とか言わないこと。それで手打ちにしてやろうか」

「ちょっと待てやオイ! そんなのアリか!? そんなのナシだナシ! 認められっかボケッ!」


 二人はテーブルへ乱暴に両手を突いて立ち上がると顔を上気させて抗議するが、クリスはもう話が終わったといった態度でまったく取り合おうとしない。


「俺たちが苦労して手に入れた食料をバクバク食っておいてなにを言ってるんだか。じゃあ、代わりにおまえらの荷物をいただいてもいいが」


 二人ははっとして自らの身なりを見て、今は剣や鎧を身に着けていないことに気付く。

 剣と鎧は騎士にとって力と身分の象徴であり、命と同じくらい大切なものである。それを人質に取られてしまったとあっては、もはや彼らはなにもできなくなってしまう。


「ひでぇ~っ!」

「きっ、貴様ァー! それが英雄と呼ばれた男のやることかーっ!」

「だいじょうぶ、ちゃんと帰るなら荷物を送ってやるから」


 ちなみに送る方法は、アデアナの転送魔法である。


 クリスは二人を無理やり立ち上がらせて、力づくで家から追い出す。彼らは抵抗するが、力で英雄に勝てるはずもなく、無情にもほぼ着の身着のままで夕暮れ時の空の下に放り出されてしまった。


「暗くなってきたし早く帰れよ。ぐずぐずしてると山の主がやってきて、ぱくっと食われるかもしれんぞ」

「ふざけんなコラッ!」


 クリスはとっても冷たい態度で二人を追い払おうとする。しかし彼らは引き下がらない。敵わない相手とわかっていても、体を張って食い下がり続ける。

 現役時代の熱い思いを取り戻せと必死にまとわりつく。何度押しのけられようが、何度でも立ち上がってみせた。


 実にめんどくさそうな顔をするクリスは大きくため息をつくと、ぱんぱんと手を二度打ち鳴らす。

 すると、クリスの家の裏手のほうから、体高が人間の倍ほどもある大きな竜が、のっしのっしと普通に歩いてやってきた。


「へ?」


 細身の身体を覆う白い鱗が、黄昏の光に染められて黄金のきらめきを見せる。その四肢も、長い尾も、首に吻口も、四本ある角も、すべての部位がすらりとしていて、女性的な雰囲気をかもし出している。造形美という言葉を体現したかのような、とても美しい白竜だった。

 ちなみに白竜は、神竜とも呼ばれる竜族の最上位種である。その知と力はヒトなど及びもつかない。


「小さき者たちよ、我の縄張りで長々となにをしているか」


 竜はそのイメージ通りに艶やかな女性の声で語りかけてくる。

 おもむろに巨大な皮膜の翼を広げて、縦に伸びた瞳を持つ紅玉のような竜眼で騎士たちを見下ろす。それから大きく裂けた口を少し開いて、ずらりと並んだ鋭い牙を見せると、よく響く地鳴りのような唸り声をあげた。


「ほら、おまえらがチンタラやってるから、山の主ちゃんが怒っちゃったじゃないか」


 クリスはくいっと背後を指差して、実に演技臭い口調で呆れたように言う。

 騎士たちは、呆然としたマヌケ顔で竜を見上げる。心ここにあらずといった感じで、うすぼんやりと立ち尽くす。


「今すぐ我が縄張りから去るのだ。さもなくば、我が炎でその身を焼きつくしてくれるわ!」


 竜が勇ましい咆哮とともに一歩踏み出して、鋭利な爪を地面に深々と食い込ませたら、急に我に返った二人は仲良く全速力で逃げ去っていった。鍛え抜かれた騎士らしい見事な健脚で、その後ろ姿はあっという間に見えなくなった。


 望まぬ客たちが消えたことを確認したクリスは、振り返って竜を見る。竜の表情は穏やかなものだ。


「なかなかの演技だったぞ」


 クリスはビシッと決めのサムズアップをする。


「やったねクリス!」


 竜はとてもほがらかに応えると、にひっと真っ白な牙を覗かせた。





 村は今日も平和である。

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