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兵士襲来

 武神の国レムス王国。二千年以上の歴史を誇る、三大陸一の版図を持つ大国である。

 十数年前に世界を襲った“大いなる災厄”を撃退した英雄的国家として、世界中にその名声が知られている。


 その国土の南方にある山岳地帯のふもと、山と森に囲まれたそれなりの大きさの盆地に、人口三百名ほどの村がある。特に名の知れていない下級貴族の領地であるそこは、麦や果実などを細々と生産している典型的な農村である。

 これといった特産品はなく、交通の要所からも外れているためか、人が訪れることも多くないという、どこまでも辺鄙なド田舎だ。

 そんな何もない平和な村に、一匹の無法者が押し入ってきた。


 ずしんと、乱暴に振り下ろされた足が野花を踏みつぶして重い音を立てる。

 サルのような姿の大柄な魔物が、剣呑な殺気と異様な血臭を振りまきながら周囲を威嚇している。

 筋肉の塊のような毛むくじゃらの肉体は、大人の男の倍ほどの大きさがあるか。色あせて傷にまみれた薄汚い皮鎧と、乾いた血で汚れたこん棒で武装しているという姿から、過去に多くの罪なき者を手にかけてきことが推しはかれる。

 どこからどう見ても野盗の類である。


「人間どもーーっ! 俺様に食料を捧げろーーっ!」


 魔物は牙を剥いて野太い声を張り上げると、小麦畑へとずかずか踏み入る。


「人間どもーーっ! 俺様に食料を捧げろーーっ! さもなくば、この村を滅ぼしてくれるわーーっ!」


 魔物は汚らしい怒声をあげながら巨大なこん棒を棒切れのように振り回して、たわわに実をつけている黄金色の海を次々とかき乱していく。

 賊の襲撃に気付いた自警団の若者たちは、互いに声をかけあった後、速やかに各々の武器を手に襲撃現場へと駆けつけた。


 すぐに集まることができた十人の若者たちは、半分ほど潰されてしまった畑の無残な姿を目の当たりにして、ぎりっと悔しげに歯を食いしばる。

 自分たちが汗水垂らして作り上げてきた畑が、苦労して育ててきた麦が、悪意あるよそ者によって理不尽にも蹂躙されている。村の守り手として、敵の好きにさせるわけにはいかないのだ。


「この野郎! 村をナメやがって! みんな、奴を生かして帰すな!」


 ガタイの良いリーダーの憎々しげな号令とともに、若者たちが総攻撃を開始する。

 弓矢が得意な者は矢を射る。魔法が得意な者は風の矢の術を放つ。のどかな農村の空気を鋭く切り裂いて、五十発以上に及ぶ種々の矢が魔物の身に降り注ぐ。

 だが、魔物は若者たちをぎろりと睨みつけると、矢雨をまったく意に介することなく、土と麦を吹き飛ばしながら猛然と突撃を始めた。

 鈍重そうな外見からは想像もつかない俊敏な動き。魔物はあっという間に若者たちの眼前へ立つ。

 若者たちは驚愕しつつもなんとか反応しようとするも、遅い。


「なっ、早っ……!」


 魔物は極太の棍棒を素早く振りかざすと、殺人的な力で薙ぎ払った。

 直撃は辛うじてしなかったものの、リーダーを含む半数がかすっただけで大きく吹っ飛ばされてしまう。ある者は地面に墜落して、ある者は家壁に叩きつけられて、ある者は木枝に突っ込んで、成す術もなく失神した。

 あまりの力の差を目の当たりにして、無事だった者は即座に戦意喪失してしまう。


 たった一撃。たった一撃で自警団が壊滅してしまった。

 魔物は怯え震えている人間たちを見下ろすと愉悦を覚えたか、だみ声で高笑いを始めた。


「ぐははははっ! 俺に敵わないことがわかったか、貧弱な人間が! これから貴様らは一生、俺様の奴隷として働くのだ!」

「おい、デクノボウ」


 そこで不意に、研ぎ澄まされた刃のような低い声が放たれる。

 魔物は声がしたほうを見てみると、いつの間にか足元に赤毛の男が現れたことに気づいて、びくりとしながら驚きの声をあげた。


「ぬお! どこから出てきた!?」


 にわかに慌てる魔物とは対称的に、男はほんのわずかすらも動じずに、どこか虚ろさを感じさせる蒼の双眸を魔物へ向ける。

 彼の身なりは、麻のチュニックに布の長ズボンという、服装だけは若者たちと同じような見た目の質素なものだが、その体は服の上からでもわかるくらいに鍛え込まれている。どことなく風格のあるたたずまいは年長者のもので、顔つきは壮年の入り始めくらいと見える。

 しかし丸腰である。いちおう小さな手提げカバンを持っているが、そこに大した武器は仕込めまい。そんな軽装だというのに、己よりもずっと巨大な体躯の魔物と眼前で相対しているにもかかわらず、臆する様子をまったく見せなかった。


 唐突な出来事についていけていないのか固まっている魔物に構わず、男は深みのある低い声で淡々と言葉を紡ぎ始める。


「おまえ、魔界のもんだろう。人間の国で山賊働きとかしておいて、ただで済むと思ってるのか?」


 彼の言葉の声調は、まったくの平らのまま動かない。相手を見上げながらも見下したような表情で、ただただ冷淡に処刑宣告を下す。


「さてと、これからおまえは死ぬが、死に方くらいは選ばせてやろう。ひとつ、魔界で縛り首になる。ふたつ、この国で縛り首になる。みっつ、この場で俺に殺される。どれが好みだ? お勧めは三つめだな、楽に死ねるから」


 無言の間。

 漠とした昼前の空の下、一陣の薄ら冷たい風が村を吹き抜けて、畑に実る稲穂の群をざわざわと静やかに鳴らす。


「なにを難しいことを言うか! きさまぁーー!!」


 思考のフリーズから復帰した魔物はいきり立って咆えて、男を叩き潰すべくこん棒を振りかざす。

 だが、男はその場から動くことはなく、ただ険しい目つきで魔物を睨みつけた。ただそれだけで、魔物は振りかぶった体勢のままビタリと動きを止めた。

 魔物の顔はひきつっていて、全身がぶるぶると震えている。男が放った暴風のごときオーラにより、動きたくても動けないのだ。


「ただのアホか」


 やれやれと呆れたように嘆息する男は、カバンから手のひらに収まるほどの小さなナイフを取り出して、軽く柄をとる。

 それが激しい輝きを帯びると、瞬時に光が伸びて長剣が形作られる。

 光刃一閃。男はぬるりと滑るように、しかしすさまじい速度で長剣を横薙ぎにする。

 剣が振り抜かれたあと、わずかに遅れて魔物の首が切り離されて地面に転がる。頭を失った体は、鮮血を噴き出しながらゆっくりと傾いてゆき、地響きをたてて崩れ落ちた。


 “聖剣技”。なまらなバターナイフだろうと、彼の手にかかれば神代より伝わる究極の聖剣と化すのだ。


 男は息ひとつ乱さずに涼しい顔のまま剣を収めて、ナイフを元あったカバンに収める。

 へたり込んでいる若者たちに見やってから、近くにいた者のもとへ歩み寄ると、ごつごつした手を差し出す。

 彼は迷いなく男の手をつかむと、脚を震わせながらもなんとか立ち上がった。


「ありがとう、クリスさん。またあんたに助けられたなあ」

「礼はあとだ。早くけが人を診てやらないと」

「あっ、そうっすね」


 若者に仲間を助け起こすのを任せて、クリスと呼ばれた男はせっせと治療にあたる。幸い重傷者は一人もいなかったので、簡単な治癒魔法をかけるだけで皆が全快した。

 人的被害はこれで実質ゼロである。


 傷を癒して落ち着きを取り戻した若者たちはクリスの前に並び立つと、姿勢良くきをつけしてから改めて謝辞を述べた。


「どうもっ! 危ないところを助けてくれてありがとうございました!」

「はは、どういたしまして。みな無事でよかったよ」


 元気が出るような大音量の唱和を受けたクリスは、人の好い笑顔を浮かべながら礼に応じる。


「クリスさん、昨日商人が来たときにさ、珍しい香辛料を手に入れたんだ。命を助けてくれた礼というにはちょっとアレだが、持っていかないかい?」


 若者たちのリーダーが、いいことを思いついたといった感じで意気揚々と提案する。だがクリスは、苦笑いしながら首を横に振った。


「いや、いいよ。実はここに来る前にな、その珍しい香辛料をおまえの家から買ったんでね」

「へっ?」


 これは予想外の展開だったようで、リーダーのあごがカクリと落ちる。


「先月の村の催しで、俺は新作のパンをたっぷりごちそうになったんだ。そのときのお返しってことで、お礼はいらないよ」

「んー、そうですかぁ」


 若者たちはいかにも恩を返しきれていないといった類の収まりがつかない様子だったが、クリスの言葉でとりあえず納得できたのか、それ以上はなにも申し出てこなかった。


 クリスは軽く手を振って若者たちに背を向ける。


「じゃあ、俺は用が済んだから帰るよ。おまえら、後始末がんばってな」


 デカいゴミのことを思い出させられた若者たちが目を見開くと、『あっ』と一斉に声を漏らす。

 クリスは手伝いをお願いされる前に早足で歩き出した。その行先は、村から外れた山の中にある家だ。




 クリスは村はずれの山中に住居を構えている。木を切り倒して造った広場に建つ、一階建てのこぢんまりとした木造住宅である。

 その外観は立派なもの。土台作りから屋根張りまでをほぼ一人で行った、渾身の大作なのだ。


 ちょくちょく発生する修繕を自力でこなす必要があるが、日曜大工感覚で棲み処の改造にも挑戦できるという実りのある日々を送ることができる。

 山中なので虫や獣にわずらわしい思いをさせられるものの、その代わりにめんどくさい近所づきあいに悩まされずに済む。

 しっかりと水を引いたうえで、それなりの規模の畑も二面作ってあるので、村へ頻繁に食料を買い求めに行くこともない。

 必要以上に世間と関わらず、穏やかな気持ちで暮らすには、この上なく最適な物件といえよう。


 そんな人気のない土地にある家の前に、見知らぬ人物がいる。

 チェインメイルと短槍にクロスボウで武装した二人の若い男たちだ。胸についている紋章から、彼らはレムス王国軍首都防衛隊に所属する兵士ということがわかる。

 都会の兵士がこんなド田舎になにをしに来たというのか。ものものしい雰囲気にクリスは眉を寄せた。


「あっ、お帰りー! クリスー!」


 男たちの相手をしていた栗毛の女が、クリスの帰りに気付くと涼やかな声で呼びかけながら大きく手を振る。彼女はクリスの同居人のアデアナである。

 クリスと同じような村人の衣服をまとっている彼女が、武装している強面の男たちと並び立っているというのは、少なからずキナ臭さを感じさせる光景だ。


「く、クリスどの! クリスどのーーっ!」


 続いてクリスに気付いた兵士たちは、必死な大声で名前を呼びながら、親に飛びつく子のごとき勢いて慌ただしく駆け寄る。

 二人は懸命に息を整えると、クリスの前に並び立って敬礼してから、余裕なく息を弾ませながらの早口で説明を始めた。


「我々はレムス王国の者です! クリスどの! どうかお戻りを! 今一度我らにその力をお貸しください!」


 それを聞いて、クリスは露骨に眉をひそめる。

 彼はかつてレムス王国軍に所属していた。だが、軍を辞めてから十年近く音沙汰がなかったのだ。どうして今頃になってお呼びがかかるのか、彼には理解できない話だ。


「……なんで?」


 不審なものを含む話を聞いたクリスは、険のある視線を兵士たちに向ける。異様な迫力に彼らは震えあがるが、くじけることなく説明を続けた。

 訓練を受けてない一般人なら、尻尾を巻いて逃げているはずだ。このあたりはさすがに訓練された軍人というところだろう。


「えと、じゅじゅ順を追ってお話しします。今よりひと月ほど前に、魔王どのが逝去されました」

「なに? そうか。逝ったのか、あいつも……」


 第二千百六代魔王、カサンドラ。彼女はクリスが現役だったころの戦友であり、敬愛して止まない親友だった。先の戦で負った傷の経過が思わしくなく静養していたのだが、結局のところ快復することはなかったらしい。

 クリスは眉尻を下げると、ゆるく目を閉じて黙祷する。傍らで話を聞いていたアデアナも表情を暗くして、静かに祈りを捧げているようだった。


 空気を読めない必死なおふたりさんは、せっせと口を動かし続ける。


「その訃報を受けて、魔界では魔王の座の継承の儀式が執り行われることなりました。そのために我々は古来からの盟約にもとづき、“勇者”を派遣しなければなりません。

 今この時代において“勇者”としてもっともふさわしい方は、救世の英雄であるあなたを置いてほかにいないのです! クリスどの! どうか首都にお戻りください! そして勇者として……」

「勇者、ね」


 クリスは白け顔でふっと嗤う。

 “勇者”とは、極めて優れた実力を持つ人間にのみ許されるという称号である。

 現役時代のクリスは、人類最強の英雄として名が知られていた。戦いを離れて久しい今でも、力だけならそれほど衰えていない。

 彼が勇者に選ばれるのは当然の流れと言える。


「さあ、クリスどの! 参りましょう! 陛下もお待ちなのです! お急ぎを!」

「嫌だね」


 だが、クリスは短い一言だけできっぱりと兵士たちの願いを断った。


「オイィ!?」

「俺はもう国のためには働かん。俺は俺のためだけに働く。というか、そもそも勇者役が欲しければ、よそをあたればいいだろう? 俺である必要はないはずだぞ」


 顔に根深い疲れを張り付けるクリスは、何があっても求めに応じるつもりはないと、冷たい言葉で突き放す。

 変顔で素っ頓狂な声をあげている兵士を放っておいて、クリスはさっさとその横を通り過ぎようとする。

 が、兵士たちはすぐさま行き先に回り込んで進行妨害する。


「だめです! 代わりは認められないんです! 陛下も次代の魔王どのも、あなた様を指名しているのですよーっ!」


 クリスは兵士たちを無視して押しのけようとするが、彼らはどうあっても引き下がるつもりがないようで、杭でも打たれたかのようにその場を動こうとしない。


「我々は子どもの使いじゃあないんですよ、いやがらせしてでも連れて行ってみせる! ダニエル! 防御体勢だッ!」

「おう!」

「しつこいな」


 クリスは片眉をぴきりと上げて舌打ちすると、彼らに向けて顔をずいっと寄せて、本気の睨みつけを披露した。


「あひるっ!」

「ぺ、ぺいっ!」


 竜すらもかわいく感じられるであろう圧倒的威力の目力だ。兵士は一瞬にして失禁のち失神。二人仲良くへっぴり腰で地に倒れ伏した。


「あらま、情けないの。この人たちどうする?」


 アデアナは倒れた兵士たちのあわれな様を見て鼻で笑ったあと、お気楽調子で兵士たちの処遇について尋ねる。

 クリスはあごに手をあて、三秒くらいであっさりと答えを出した。


「そうだな、このまま転送魔法で首都に送り返してやってくれ。邪魔な連中に帰ってもらいつつ、俺の“絶対ノー”の意志も国に伝えられるから一石二鳥……かな?」

「ん、わかった。じゃあ、ちょっと下がってて」

「ありがとう、頼む」


 アデアナは目を細めて短くささやくと、どこからともなく輝く長杖が現れて彼女の手に収まった。

 赤を基調とする杖の先端には、古代竜の眼と呼ばれる燈の宝玉がはめ込まれている。古代竜族の力が秘められているという幻の聖杖である。

 人が持つと魔力を暴走をさせて殺しにかかってくるという危険な品だが、彼女は人の姿を借りた人ではない者だ。ゆえに問題なく使いこなすことができる。

 高速詠唱により、超々高等魔法である転送の術を構築する。場からほとばる絶大な魔力が風を生み出して、落ち葉を吹き飛ばし、木々を揺らし、彼女の束ねた髪をはためかせる。


「強制帰還」


 最後のキーワードとともに杖を振るうことで術が発動する。

 二人の兵士は光に包まれたあと、一瞬で消え去った。行き先は兵士たちの自室だ。


「さ・てと……ただいまアデアナ。今日村に寄ったらさ、珍しい調味料が手に入ったんだ」


 ようやく邪魔者が去ったので、クリスは何事もなかったかのように日常会話を始めつつ歩きだす。

 アデアナも杖をどこかへ納めて、ほがらかな笑顔で彼の話に応じる。


「なんでも東の国に伝わる豆から作られたソースなんだとか。今日の晩御飯でさっそく試してみようと思うんだが」

「へえーっ。どんなのなんだろう? 今日はクリスが当番だけど、今日はいっしょに料理させてよ」


 二人はなごやかに談笑しながら敷居をまたぐと、家の中へと姿を消した。





 村は今日も平和である。

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