吸血鬼
グヴェン山脈東部地域の森林部。
彼らは逃げていた。
脱兎の如く。
背後には虎と狼の集団。
人虎と人狼、いずれもギバザルトの従者たちだ。
木々の合間を驚くべき速さえで二人を追っていた。
元が野生なだけであって追う速さが尋常ではない。
時折、ロイの弓が放たれるがあまり効果がないようだ。
「ガル!
いつまで逃げるつもりですか!?」
「知るか!
統率の取れた従者なんぞ、倍以上の《ロスト》たちのほうがまだましだろ!」
ロイは器用にも木々を飛びうつり、ガルはその下を全速力で走って———いや、逃げていた。
こいつらはいったいどこまで逃げる気なのだろうか?
「ガァァ!」
数体の人虎が痺れを切らし、地面を踏みしめて跳躍した。
ガルの背中を捉えようとした瞬間。
周囲の木々が騒めき、緑色に発光した。
「ガル!」
「かかったか!」
木々や大地から鋭い枝先が人虎の身を貫いた。
ロイの罠魔法だ。
周囲の森全てが従者たちに襲いかかり、ろくな対応もできぬまま大混乱に陥った。
その様子を伺っていたロイの横手の空間が揺らめいた。
「———!?」
次の瞬間、防御の暇もなくロイが吹き飛ばされた。
「ロイ!?」
吹き飛ばされたロイは木々を薙ぎ倒しながらガルの視界から消えていった。
「ヴァーリ族よ、待っていたぞ」
「……」
従者たちの大半がロイの罠魔法で駆逐されたとはいえ、自分を囮に背後から残っていた従者に強襲もありうる。
ガルはその場から動けずにいた。
動かずとも事態は変わらない。
ならば、動くだけだ。
「我らに挨拶も言葉もいらなぬ。
ただ———」
彼はそこで言葉を一旦切った。
「ただ、殺し合うのみだ!」
怒号とともにガルは地を蹴った。
跳躍し、ギバザルトの正面から殴りかかる。
それを無造作に出した掌でガルの拳を握り止める。
だが、その衝撃はの予想を超えそのままギバザルトの顔面を捉え、殴り飛ばす。
枝から飛ばされるギバザルト、枝に着地するガル。
両者の視線が絡み合うと落下中のギバザルトの姿が揺らめいて消えた。
【断】
「あぁぁ!!」
掌同士を合わせ———合掌し、渇いた音が響くと彼の叫び声とともに掌を外側に向けて開いた。
「!?」
甲高い破裂音とともにガルの上空からギバザルトが呻き声を上げながら落下し、地面に激突した。
「ば、ばかな。
空間干渉解除、だと?
貴様、ヴァーリ族の上級眷属か!?」
「…ただの最下級眷属。
一兵卒だ」
「うそをつけ!!
数百年間、時にはヴァーリ族とも戦ってきたがこのような技見たこともないわ!!」
「それよりも一つ聞きたい」
枝にしゃがみこんだガルは声を低くするとギバザルトは気圧されたように押し黙った。
仮面から覗く相貌はもはやギバザルトを見下し、なにか爆発寸前の怒りを抑えこんでいるかのようだった。
「ヴァルザック。
聞き覚えがあるか?」
それは名前なのか言葉なのか地名なのかそれすらもなくただ一言、問いかけた。
「なんだ、それは?」
訝しげにギバザルトは聞き返すと暫しの沈黙の後、ガルはため息を一つ落とし視線を戻した。
「知らぬならいい。
最早、お前にようはない」
それを聞いたギバザルトは言葉にならない怒号を喚きちらし、その場から飛び下がりながら両手をガルに向けるとたちまち足場の枝が折れ大木が倒壊すると彼は地面に叩きつけられた。
大地は割れ、周囲の木々が次々と倒れていく。
ガル自身は蠢くのみで起き上がれない程の負荷がかかり、大地にめり込んで行く。
そこへやはり、様子を伺っていた人虎や人狼がガルに向けて殺到する。
【告げる。
母なる大地よ、同士たる森達に我が敵を屠る力を与えよ!
緑岩樹】
突如、従者達の足元から蔦が生え足元を絡め取られ、動きを封じられた彼らに岩石が降り注いだ。