《ロスト》の異変
衝撃波が収まり、目を開けるとそこには無数の《ロスト》が姿を現した。
空間を捻じ曲げてどこからか空間転移してきたのだろう。
多種族の天敵、《ロスト》。
下級はほぼ自我がなく同眷属以外の多種族を見ると見境なく襲いかかる。
中級、上級はある程度の自我を持ち自分より下位の者を使役、従属させいわば指揮官クラスといえる。
しかし、多種族の中でも特に身体的にも保有スキルにも劣る人間たちが長い年月をかけて編み出し、構築した戦略や陣形といったものまで《ロスト》は会得していない。
奴らは下位を操る習性のみで戦闘態勢を整え、然るべく戦略を持ってすれば中級や上級がいる集団や一軍の規模の数だとしても屠ることは可能だ。
ギルドも対応が可能な集団を見つければ掃討しに行くし、稀に軍規模の奴らがいれば軍隊がそれを刈り取る。
そうして、長い間多種族は《ロスト》との戦いに勝利してきた。
だが、宿主達の前に忽然と現れた《ロスト》達の異常性に二人は言葉を失った。
そこに現れた《ロスト》は同じ様な姿の眷属もいれば他種多様な個体が多かった。
数にして数百体といったところ。
不足の事態が無ければ対応が可能な数だ。
しかし、驚くべきはその《ロスト》らが隊列を組んでいた。
個体、それぞれの戦闘力は変わらないが隊列を組んでいる。
ありえなかった。
二人も我も《ロスト》が隊列を組むことなど聞いたことがなかった。
「…転移して、隊列を組むなぞ聞いたこともないぞ」
「此奴ら、ギバザルトの?」
「ガルがいればなにかわかったかとしれないが恐らく、違うな。
転移させることができるかもしれんが…」
恐らく、この《ロスト》は操られている可能性がある。
そうでなければ《ロスト》の習性からして説明ができない。
「「ギャ!ガァ!グルァ!」」
複数の《ロスト》中級眷属らしきものが突然、言葉にならない叫び声を上げた。
すると、人型で肌の色が赤銅色、眼球は白く、口元は蜘蛛のような《ロスト》を先頭に五十体ほどが粉塵を上げながら宿主達に襲いかかってきた。
他は肌の色が違う者のみだ。
「出鼻を挫く!
ルー!」
「任せるがよい」
二人が言葉を交わすとルーを置いて一人で宿主は《ロスト》の集団に飛び込んだ。
《ロスト》の先頭が宿主に一斉に襲いかかり、後続もそれに続く。
飲み込まれた。
ではない。
飲み込まれる瞬間、宿主は頭上へ跳躍した。
先頭の《ロスト》達は宿主を見失い、ぶつかり合う。
後続もそれに躓き、転倒する。
その足元には複数の手榴弾が転がっていた。
それが破片を撒き散らしながら爆散し、前衛の《ロスト》に広範囲に爆炎が襲いかかった。
爆炎は宿主のマナ統制だ。
最早、下手な魔法より強力だ。
宿主は爆風と飛行スキルで跳躍の落下から先ほどの跳躍の倍の以上の高さまで飛んだ。
前衛の《ロスト》の集団は爆散と爆炎で肉塊を一瞥後宿主は一番近くの中級眷属に向けて急降下する。
落下速度を飛行スキルで倍加させ、宿主は中級眷属付近に突っ込んだ。
爆音とともに中級眷属とその周囲にいた下級眷属は四散した。
「イース!」
ルーの叫びと共に宿主は立ち上がり、上空へ撤退した。
それを確認すると場の気配が変わった。
【ファルの名の下に告げる。
極寒の氷雪、銀光の雪原よ来たれ!
———氷凍雪】
ルーが発現させた魔法により急速に周囲の温度が急速低下し、大地は凍り、辛うじて残っていた木々や岩が凍結すると彼女の前方に雪が舞い次第に吹雪となり、その氷雪は一つの塊となって《ロスト》に向かって放たれた。
暴れ狂う氷雪の塊に少しでも触れれば《ロスト》達は一瞬にして全身が凍結、粉砕する。
遅れて周囲に荒れ狂うブリザードを撒き散らしていた。
ブリザードや吹雪が止むとそこには全てが凍結した大地となっており、永久凍土のような光景となっていた。
《ロスト》は等しく凍結、粉々に破砕され風と共に細氷が舞っていた。
元が《ロスト》と思わなければさぞ、美しい風景に見えたことだろう。
「ただの、《ロスト》でよかったな」
ルーの傍に宿主が降り立った。
「で、あるな。
あの数で魔法耐性を持っていたらちと厄介じゃったわ」
「多少のタイムラグのある魔法で助かった」
宿主はマナ統制で全身に火の精霊をまとわせて耐性した。
「あの数じゃからな。
殲滅級の魔法を使用したがいらぬ心配をしたようじゃ」
じゃあ使うなよと呟くがルーは一瞥した後、前に向き直った。
「恐らく、ギバザルトと手を組んでいる《リヴァ》の仕業かもしれぬな。
しかもかなり高度な技術じゃな」
「……そうか。
任意の者が範囲に入ると発動する罠魔法か!
異能力にそれを付与すればなんとか使えるかもしれないが確かにとんでもなく高度だな」
ヴァンパイアや《リヴァ》などが使用できる空間干渉能力。
空間を捻じ曲げて魔法を無力化する歪空間や転移などが代表的だが魔法、精霊魔法に依存する多種族からは異能力と大まかに呼ばれている。
「あとは《ロスト》をどうやって操っていたかじゃがそれはまたじゃな。
今はガルとロイと合流するが先決じゃ」
「もしや、あちらが本命か」
ルーはおそらくと付け加えて首を縦に振った。