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メーデルはエリザがいる方を向いた。
離れた所で、エリザがすすり泣いている。
「酷い……酷い……酷い……」
呪いのように、その言葉を繰り返し吐いては泣いていた。
「泣くのを止めてくれるかしら?」
メーデルがエリザに冷ややかな目を向けて言った。
「酷い……酷い……酷い……っ」
しかしエリザは言うのを止めようとしない。
メーデルは溜息をついて、地面に転がる雄太の体を思いきり踏みつけた。
鈍い音が響き、縮こまったエリザの肩がビクンと動いた。
「……さて、この辺にクレイドル王の娘が居ると思うのですが、知りませんか?」
「………………知り……ません」
「そうですかぁ、それは残念ですわねぇ……」
金色の瞳が、俯くエリザを射貫くように睨んでいる。
エリザは口を固く結んだまま、メーデルとは目を合わせないよう地面を見ていた。
「……あぁ、そういえば先程小さな女の子に会いましたわ」
俯いていたエリザがピクリと反応して顔を上げた。
「訛りのある話し方で、つぶらな瞳が可愛らしい女の子でした。私の前に立ちはだかり邪魔をするので静かにして頂きましたけども……ね?」
メーデルがそう言ってにやりと笑った。
「クルンテに何をしたのっ!?」
途端にエリザが叫ぶ。
その反応からしてクルンテという女の子とは親しい仲だったのだろう。
エリザの反応に手応えを感じ、メーデルはほくそ笑む。
「うふふ。気になるなら探してみたらどうかしら? 女の子の変わり果てた姿、気に入ってくれるといいのだけど……」
エリザの心は激動した。
湧き上がる黒い感情を噛み殺すように、唇に歯を立ててメーデルを睨んだ。
「よくも……クルンテを……許さない……!!」
その声は哀しみに震えていた。
憎しみに心を焦がしていた。
目を見開き、その青い瞳の奥から込み上げる憎悪でメーデルを突き刺すように睨んだ。
「メーデル!!」
エリザは足に手を伸ばし、地を蹴って走った。
マントが風を受けて軍旗のようにはためき、エリザの逞しい身体を露にさせる。
その手には小さなナイフが握られ、鈍く光る切っ先はメーデルを狙っていた。
「うふふふ──」
メーデルは上機嫌に笑った。
その金色の瞳には、向かってくるエリザを冷たく映している。
「ええええええええいっ!!」
エリザがその手に持ったナイフでメーデルに切りかかる。
しかし、メーデルはそれを半身を切って容易く躱す。
「きゃっ!?」
体重をナイフに乗せた一撃が空を切り、エリザは体勢を崩して地面に転んだ。ナイフが砂の上にこぼれ落ちる。
メーデルは地面に手を付くエリザを静かに見下ろした。
「厄災に果敢にも立ち向かい、その結果、幾百もの呪いに体を冒された王女エリザベス……」
エリザは口を固く結んだまま、憎しみに燻る瞳で落ちたナイフを睨んでいる。
「うふふ……哀れな王女様。貴方がそこまでして、それでこの国は救われたのかしら? 人々の争いは消えたのかしら?」
「…………私は自分が信じた事をしただけです」
「うっふっふっフっ………アハハハハハハッ!! 呪いによって貴方の存在の記憶は人々から消え、醜くい姿に成り果て、そして居場所すら失って、まぁだそんな事が言えるなんて! ほんと大したものだわ!!」
「……くっ」
エリザは眉をひそめ、歯噛みした。
「ほんと、可哀想な王女様……」
メーデルは同情とも皮肉とも取れるように静かに言った。
ワナワナと震えるエリザ。
エリザは深く息を吐き、今一度メーデルを睨んだ。
「英霊碑に名前が刻まれている程の伝説の英雄が、私を侮辱するためだけにわざわざ死の世界から来られたのですか?」
今度は冷静を努めての態度だった。
しかしその唇は僅かに震えている。
「うふふ。こんなにもご機嫌な日ですもの、死んでる場合じゃ無いと思わない?」
「…………私にとっては最悪な日よ」
噛み合わない会話に、エリザは睫毛を伏せた。
ぼやけた視界の端に、横たわる雄太の体が見える。
彼にとっても、今日は最悪な日だったに違いない。
ニホンという見知らぬ国から来た彼の旅路は、残酷にも唐突に終わりを迎えたのだ。
──神を殺した英雄によって。
メーデルがすらりと長い足を前に出し、エリザに近づいて行った。
「うふふ。私の目的は貴方の体の中にある呪いよ」
「メーデル、いくら英雄でもこの呪いをどうにかするのは不可能です」
「知ってるわぁ。貴方に触る事が出来ない事ぐらい……」
メーデルがエリザに向かって右腕を伸ばした。
「いや、来ないで!」
エリザは咄嗟に両腕で自分の体を庇って縮こまった。
「──」
間があった。何も起こらない。
エリザは自分の腕の隙間からメーデルを覗いてみた。
するとメーデルが自分の足元に視線を落としているのが見えた。
その視線の先をエリザも追ってみると、
「ユウタさん!?」
雄太が地べたを這いつくばりながらメーデルの足を掴んでいた。その手を払おうともせず、メーデルは目を細めて雄太を見ている。
「……そ、そこのお姉さん。……俺と……お茶でもどうっすか」
とてもじゃないが、人をお茶に誘う雰囲気では無い。
その場に似つかわしくない事をわざとやってしまう雄太の悪い癖であった。
「あらあら。おはようございます、死んだふりのお兄さん」
「あれ……ばれてたんすか?」
苦笑いを浮かべる雄太。
メーデルも微笑み返すも、その目は笑ってはいない。
──あれだけ酷くやられて動いている雄太に、メーデルは苛立っていた。
ニ撃目の蹴りに手加減はしなかった。骨が砕かれ内臓が潰れてもおかしくない筈だった。
爪が喰い込む程に拳を強く握り、メーデルは忌々しい顔で雄太を見下ろした。