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四話 未知

 エリザはモジモジしていた。

 その筋肉質な体からはミチミチと音が聞えそうな気さえしてくる。

 とても良い体付きで、縞柄ビキニもよく映える。


 素敵だと言われた(正確には腹筋が)エリザは、頬を赤く染めながら何か期待を込めた瞳で雄太を見ていた。熱い視線だった。


「忘れて下さい」


 雄太は真顔で答えた。割と容赦無かった。


「あ、はい……」


 エリザは肩を落として項垂れる。髭が萎れていた。

 そして二人の間に沈黙が流れ、お互い目を合わせる事も無く気まずい雰囲気になった。


(……ああ、今日はついてない。じっちゃんにはおもっくそ殴られるわ、湖で溺れるわ、目覚めたらオッサンの股間だわ……一体なんだって言うんすか)


 雄太は大きな溜息をついて空を睨みつけた。


「……ん?」


 雄太はある物に気付き、立ち上がって凝視した。


「……赤い」


 雄太はぼそりと呟く。エリザは顔を上げて、そんな雄太を怪訝な顔で見つめた。


「太陽が……赤い」


「お日様ですか? それならいつも赤いですよ?」


 エリザは答えた。

 それを聞いた雄太は信じられないと言った顔で、辺りを見回した。


「……あれ?」


 自分は森の中に居たはず。そして湖で溺れた。

 雄太は意識を失う前の記憶と、目の前に見える景色とを比べてみた。


「何処なんすか……ここ」


 森も湖も無かった。代わりに、右を向けば広大な海が、左を向けば岩山が見えた。


「ここは、クレイドル領地のエスカット海岸です」


「クレイドル? エスカット?? ちょ、え? 待って待って。ここ日本っすよね? 日本という国のはずっすよね??」


 雄太は祈るような気持ちでエリザに詰め寄った。

 エリザは必死になっている雄太の顔を見て、言いづらそうに答えた。


「……違います。それに『ニホン』という国は聞いた事がありません……」


 雄太は茫然とした。

 寝起きも気分が悪かったが、今はそれ以上に気味の悪い感触が胃のあたりに蠢いて吐きそうだった。

 雄太は大きく深呼吸をした。

 おかげで幾らかましになった気がした。


(はぁ。一旦、状況を整理するっす……)


 見知らぬ土地。赤い太陽。空気は重く、それなのに体は軽く感じる。そして、日本を知らないと言うのに日本語の通じる青い瞳の……ビキニのオッサン。


(いや、ほんとなんだこれってぐらいわけわかんねぇっす。……でも)


 雄太には一つ思い当たる事があった。それを確かめるべく、サラッサラヘアーを撫でているエリザに向き直った。


(緊張する……。ここは俺の知っている地球じゃない可能性がある。でも、地球じゃない世界も俺は知っている……まぁ、漫画やアニメで描かれた空想世界っすけど)


「エリザさん、一つ聞いてもいいっすか?」


「はい、私で分かる事があれば何なりと」


「この世界に……。『魔法』はあるっすかっ!?」


 雄太は語気荒く叫ぶようにしてエリザに聞いた。

 その勢いにエリザは面食らったように青い瞳をパチクリとさせた。


(これしかない! ここはきっと異世界! 剣と魔法の異世界に違い無いっす!!)


 雄太は胸の前でぐっと握り拳を作った。

 万感の思いを込めた雄太の質問に、エリザは視線を落として答えた。


「……知りません」


「あれ?」


 雄太は肩透かしを喰らって間抜けな顔になった。が、すぐに真剣な顔付きになりエリザに食ってかかる。


「ほら、えっと、なんだ、アレ。う〜んと……超常現象? みたいな、炎とか氷とか不思議な力でバババーって出しちゃう技っす!」


「……わかりません、ごめんなさい」


「ウ、ウソ……だろ」


 雄太は両手を地面につけて項垂れた。


(不幸な事故からの異世界ファンタジー! そして、ハーレム天国モテモテ勇者列伝を期待したのにっ!!)


 悔しさのあまり、ギリギリと音を立てながら歯を食いしばり、目の前の砂を力一杯握り潰した。指の隙間からさらさらと砂がこぼれ落ちていった。


「くっっっそぅ……!!」


 不純な動機で異世界を期待する不毛な少年の瓦解っぷりは、哀れと言う他なかった。

 しかし、青春を謳歌することなく、彼女もいなかった雄太にとって、都合の良い偏った世界観とはいえ、異世界を渇望するのは当然とも言えた。

 それだけ雄太の修行の日々は辛く厳しく、疲弊しきった未熟な心は甘い憧れに飢えていたのだ。


「………………まだだっ!」


 雄太は立ち上がった。

 ここが理想とする世界でなくても、自由になれたのは違いない。


(もうここが何処だって関係ない! 彼女作ってデートして一緒に筋トレするんだ!)


 雄太は行く宛も無いまま、ビキニのオッサンを置いてどこかへ歩きはじめた。おぼつかない足取りだった。


「ユ、ユウタさん!」


 エリザが慌てた様子で雄太に声をかけた。

 しかし、雄太には届かなかった。


(女……女……女……女女女女)


 雄太の目が血走っていた。

 このまま欲望に身を任せて修羅の道をゆくのか……と思いきやその足が止まる。


「ユウタ……さん?」


 エリザは雄太の背中を不思議そうに見つめた。

 だがその理由がすぐにわかった。

 雄太の進む道に立ち塞がる人物がいた。若い女だ。

 女と雄太が向かい合っている。


「ど、ど、ど、どちら様っすか……」


 突然目の前に現れた女に、さくらんぼ印の雄太は緊張していた。

 目を血走らせながら切に願った女が今、目の前にいるのだ。

 心の準備も無いままで驚くのは当然だったが、しかし何より驚いたのは女の着ている服だ。

 それは素肌に黒い布切れを体に巻いただけのような、余程服とは言えない代物を身に纏っている。

 その際どい女の姿に、雄太はまるで茹で上がったエビのように顔を真っ赤にさせていた。


「す、す、すごい」


(チェリーボーイな俺にはこの出会いは刺激が強過ぎじゃないっすか神様!? 恨むぜサンキュっ!!)


 雄太は目を閉じてグッと拳を握った。


 色気のある見た目もさることながら、まるで神話に出てくる女神のように、その女は神々しく美しかった。


(あーヤバイっす……鼻血出そうっす……色々出そうっす)


 雄太はグッと股を内に寄せた。


 女は自分の小指を優しく噛み、目を細めて雄太に微笑んで見せた。

 遠くで、エリザは前屈みになってモジモジしている雄太の後ろ姿を、怪訝な顔をしながら見ていた。



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