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三話 スマイル

 ラッキースケベの反対はなんて言うのだろうか。

 雄太はそんな事を考えながら、目の前でお姉さん座りをしているビキニのオッサンを見つめた。


「えへへ……オッサンだなんて。そんな良いものじゃないですよぉ」


 そう言ってオッサンは可愛く照れ笑いをした。

 雄太は胃の中の物が逆流しそうになり、口元を手で抑えた。


(うぶふっ。この人なんか勘違いしてるっす)


 変態のオッサンより普通のオッサンの方がましだが、勘違いしたのはそういう事ではなさそうだった。


(とりあえず、なんでこの人ビキニなんすか!? 聞くのも怖いけど聞いたところで『趣味です』とか言われたらそれまでだし『変ですか?』とか言われたら『変じゃないですよ』とか悲しいお世辞言ってしまいそうだしどうしたらいいんすかこれっ!)


 雄太は混乱した。


(ってかそもそもなんでここにビキニ着た変態のオッサンがいるんすか!? ……ってまさかまさか、ま、さ、か!? ちょ、ちょちょちょい待って、もしかして俺はこのオッサンに何か……され……ああああああああっっ!!?)


 雄太は酷く錯乱していた。

 そんな胸中とは知らずに、ビキニのオッサンが雄太に声をかけた。


「顔色が悪いですが大丈夫ですか?」


 優しい声だった。


(トクン……)


「……あ(え?……何今の……)」


 雄太は自分の鼓動を聞いた。


「だ、大丈夫です!」


「よかった……」


 ビキニのオッサンが、もう一度雄太に微笑む。

 甘く、爽やかな笑顔だった。

 その笑顔に、何故かドキドキしている自分に気付く。

 雄太は胸に手を当てた。


(いやいやいや、大丈夫か俺!?)


 雄太は自分の頭がおかしくなってしまったのかと思った。

 目の前にいるのは男である。オッサンである。鍛えてあるのか割とナイスボディである。しかしビキニである。



──つまり素敵である。



(いやいやいや! 何この感情!? 大丈夫か俺!? 相手はオッサンだぞ!? ビキニだぞ!? 笑顔が素敵なんだぞ!?)


 十九歳童貞の雄太は極めて混乱していた。

 これが初のトキメキだとは思いたくない。


(いや、顔で性別を判断したら失礼だ。もしかしてこう見えて女性とか!? ほら、胸も隠してるし、口にはヒゲがついてるし……)


「ヒゲぇぇぇっ!?」


 雄太は思わず口に出して驚いた。ヒゲの存在を忘れていた。

 違和感が有り過ぎて逆に違和感を感じなかった。もう駄目かもしれない。

 そのあまりの狼狽っぷりに、ビキニのオッサンが雄太の顔を下から覗き込む。

 胸元は硬そうな厚みがあってセクシーだった。


「あの……やっぱりどこか悪いんじゃ?」


 黒髪のオッサンがサラッサラヘアーをかきあげながら上目使いで雄太を見た。上目使いとヒゲのミスマッチは見事としか言いようが無かった。


(うほっ、声可愛い!!)


 そのつぶらな青い瞳には頬を染める少年の顔を映している。


(顔立ちは良いし、声も可愛い。見ようによっては……すごく、すっごく、すっっっごく頑張れば女性に見えてくるんじゃないの!?)


「私はエリザと言います。あなたは?」


 エリザは真っ直ぐな瞳で雄太を見た。

 雄太もエリザを見つめた。

 エリザはヒゲの先を弄んでいた。


「やっぱりヒゲは駄目ーー!!」


「きゃあっ!?」


 エリザと名乗る人物は驚いて悲鳴を上げた。反射的に両腕を体の前に出して身を守るポーズになる。


「あ、っとごめんっす! 脅かせてしまって!(そしてなんて素敵な腹筋)」


(あぁっ! エリザとか超可愛い名前っす! でもどう頑張ってもオッサンが女には見えてこない! ダンディ止まりっす!)


 雄太は何と戦っているのだろうか。

 それは雄太自身が今もっとも知りたい事だろう。


 雄太は一度深呼吸をして、小さく『よし』と呟いてエリザを見た。


「俺は雄太。エリザさん、介抱してくれてありがとう、助かったっす」


「あ、いえ……死んじゃったのかと不安でしたけど、よかったです」


 エリザはきゅっと握った手を口元に添えて、伏し目がちに照れた。

 その仕草は、童貞の心を駄目にすると言われている伝説の秘技の一つだった。


(あぁっ! その仕草っ! 殺される!!)


 雄太はエリザをじっと見つめたまま心の葛藤と戦っていた。気のせいかエリザの顔が赤い。しきりに長い髪を撫でている。


「あ、あの……す、素敵なフッキンて……どういう意味でしょうか?」


「ふぅぅっ!!?」


 雄太の心の声が漏れていたようで、よりによって意味不明な言葉を聞かれていた。


 最悪だった。


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