一話 十九の夏
この度は『ビキニ王女と英雄を狩る者たち』をお読み頂き誠にありがとうございます!
"気楽に読める異世界譚"を目標に、ギャグシナリオ多めのお話しを書いていく所存でございます!
お付き合い頂けたら、この上なく幸いです。
それでは、宜しくお願い致します!
黒衣 雄太は湖の奥深くで溺れていた。
腕と足をバタつかせ、どうにか水面に出て呼吸をしようと必死で藻掻いた。
(やばいっす……)
湖の中は真っ暗で何も見えなかった。
何処へ進めばいいのか全くわからない状態。
それでも、雄太は死にものぐるいで泳いだ。
(じっちゃん、恨むぞ……)
──雄太の祖父『黒衣 武堂』は武術の達人でその界隈では名の知れた人物だった。
そんな祖父に何処ぞとも知らぬ森へと連れてこられ、休憩もろくに取らずに始まった修行の最中の出来事だった。
雄太は、武堂の剛拳をその身に受け、吹き飛ばされた先の崖から転落し、湖の中へと沈んでしまったのだ。
衝撃で意識を失い、気付いた時には既に水の中を深く沈んでしまっていた──
(やばい! 本当にやばい!!)
必死に藻掻くも、水面に出る気配はなかった。
夜が更け、不運にも月明かりは雲に遮られ、辺りは闇に包まれている。
(くそっ、なんも見えねぇ!)
段々と動きが鈍くなってきたのが自分でも分かる。それに加え、着ていた道着が水を吸って鉛のように重い。
(くそぉ! 彼女も出来た事無いのに、こんな所で俺の人生終わってしまうのかよ!)
──女の子と付き合ってみたい。
雄太の両親はごく普通の人達だったが、じっちゃんの孫に対する教育は厳しく、友達はおろか彼女を作る暇を与えてはくれなかった。
来る日も来る日も鍛錬に明け暮れ、それに嫌気が差して家出したこともあった。
(すぐに捕まったけど……)
じっちゃんに反発した数は山程。その度にじっちゃんは言葉ではなくて実力で示せと。……つまりは拳で何とかしろと言う横暴っぷり。
(結果ボロ負け……じっちゃん強すぎて勝てる気まったくしねぇっ!)
こんな状況でも腹は立つ。怒りの力で何とかなるかと期待したが、そんなスーパーな展開にはならなかった。
水を大量に飲んでしまっていて息も持ちそうもない。雄太は泳ぐのを止めてしまった。
(あぁ……彼女ほしかったっす……)
(公園でランニングデートを普通にしたり……)
(映画館の前に出来たスポーツジムで普通にトレーニングデートしたり……)
(喉が渇いた彼女が「雄太君、私も飲んでいい?」って俺のスポーツドリンクを手に取って普通に間接キッスしたり……)
(彼女が家に遊びに来て二人っきり……超ドキドキな至近距離。こんなチャンスにする事と言えば、そう! 『家でも出来る筋トレ動画鑑賞っ!』 ……って何考えてるんすか俺は! もうっ、恥ずかしいっ!)
過激に妄想するあまり、雄太の口から気泡がゴボゴボと溢れた。
その気泡は耳を伝い、首筋を撫で、雄太の体を置いて上って行った。
雄太の手の指がピクリと動く。
(…………はは。俺って馬鹿っすね。今更気付くなんて……)
雄太は最後の力で、腕に力を込めた。
気泡が上っていく先を、力一杯に腕を伸ばす。
真っ暗な水の中で、見えないはずの気泡を掴もうとした。
(浮力か……)
雄太は藻掻くあまり、大事な事に気付かなかった。
水中で働く浮力は上方向に働く。それを早くに知る事が出来れば、少なくとも右往左往する事なく地上を目指す事が出来たはずだった。
(黒衣 雄太。十九歳。夏の不幸であった……ってか)
伸ばした腕がだらりと力尽く。
いつかは地上に出られるのだろうかと、死んだ後の自分の事を思いながら、雄太は目を閉じる。
そして、気泡は小さな音を立てながら、消えていった──