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赤い傘、君と二人  作者: 文月 彩葉
一、とある日常で
9/65

9定期テストって必要ですか

少しずつ、瑞月の中で何かが変わっていきます。.......多分

 体育祭が終わり、次の行事と言えば瑞月たち一年生にとっては初めての中間テストである。


 瑞月たちが通うこの学校は地域内ではそこそこ良い方の、いわゆる上位校として名前が上がることが多い。

 そのため、授業進度もそれなりに早く、テストもそれなりに難しいらしい。


 もちろん瑞月はこの学校のテストを受けるのは初めてのため難易度など分かりもしないのだが、いつもと同じく里依から聞いた情報である。


 里依の情報源は一体どこなのだろう。

 瑞月は彼女からこのような話を聞く度に思うが、それをきいたことはない。わざわざきくのが面倒だから、というのも一つの理由である。


「......定期テストって、何のためにあるんでしょうか」


 数学の問題集を閉じ、瑞月が呟いた。


「......内申点を付けるためじゃないかな」


 今日も瑞月に借りた本を読みながら秋人が答える。

 体育祭の一週間前から終わるまで秋人は図書室に来なかったため、久々の二人きりの時間である。図書室は相変わらず瑞月と秋人以外誰もいない。


 至極真っ当な秋人の答えに瑞月はキレ気味に「そうでしょうねぇ!」と返した。そしてもう一度彼に問いかける。


「定期テストってそもそも必要なんですか」

「必要だよ」

「えぇ、そうですね! 知ってますよ!!」


 瑞月は頭を抱え机に突っ伏す。

 瑞月とて、実際にテストの重要さを理解していない訳ではない。中学の頃の経験から言うととても大事だ、と断言できるくらいには理解しているつもりだ。


 うー、と呻き声を上げる瑞月に目を向け、こんなに機嫌が悪く荒ぶっている彼女は初めてだ、と秋人は困惑したような表情を浮かべる。

 荒ぶっているだけの瑞月なら何度も見ているが。

 さすがに心配になったらしい秋人は本を閉じ、それを机の上に置いて瑞月の話を聞く体勢を整えた。


「どうしたの? 何かあった?」

「何か、って......再来週テストがありますけど?」

「うん。そうだけど、そうじゃなくて」


 秋人の問いに目線を上げ、尚も喧嘩腰で返答する瑞月。

 その様子に秋人が苦笑する。彼が短気な人間だったならば確実に怒られてしまうだろう。けれど秋人は気分を害した様子もない。


 彼が怒ることなんてあるのだろうか。あっても相当なことをしない限りそうそう怒らないだろう。

 そんなことをぼんやりと考える瑞月は話を逸らしたくてわざとそう言っているようにも聞こえる。いつもならばそこで終わりのはずが、今日の秋人はさらに瑞月に踏み込んできた。


「森山さんが今の状態になるまでの出来事が何かあったんだよね?」


 秋人の言葉に瑞月は彼から目を逸らす。もはや何かあったということは明白である。

 秋人はそれでも瑞月から目を逸らさない。

 やがて瑞月は数秒迷った後、観念したように声を絞り出した。


「......学年、10位以内に入れと親に言われまして」

「それはまた......」


 秋人が気の毒そうな表情を浮かべた。

 学年10位はそう簡単に入れるものでは無い。この学校は一学年10クラス。少なくともクラスで二番目以上の成績を取らないといけないことになる。

 はぁ、と息を吐いて瑞月が秋人に言う。


「とりあえずそういうことなので、今日からしばらく話しかけないでください」


 瑞月の言葉に秋人がそのことなんだけど、と返した。

 「なんですか?」と瑞月が首を傾げる。


「実は僕もテスト二週間前からは家で勉強するように言われてて、しばらくここには来れないんだ」

「そうだったんですか」


 この人も大変なんだな、と瑞月はさっき自分が彼に向けられたような気の毒そうな視線を送った。

 きっと彼はさっき今の自分と同じようなことを思っていたのだろう。

 少し彼と分かり合えた気がする。そう感じた瑞月は小さく笑みを浮かべ「分かりました」と言った。


「じゃあ、次に会うのはテストが終わった後ですか」

「そうだね。......応援してるから、森山さんも一緒に頑張ろうね」


 秋人の優しい励ましの言葉に瑞月は強く頷いた。

 それを見て微笑んだ秋人に瑞月はさっきから気になっていたことをきいてみることにした。


「ところで、今日も二週間前ですけど帰らなくて良いんですか?」


 瑞月の質問に秋人は「あぁ」と恥ずかしげに頬を掻く。

 その反応から見るに、どうやら今日がテスト二週間前だと言うことを忘れていたというわけではないようだ。


「帰らないといけないんだけどね......本を目の前にすると、つい。まぁ、森山さんにこの話をしないといけなかったっていうのもあるんだけど」

「ほんとに本好きですよね、先輩」


 「まぁね」とどこか自慢げな秋人に「褒めてるわけじゃないです」と素っ気なく返して瑞月は再び机に突っ伏した。


「あー、赤点取ったらどうしよう......」


 学年10位どころの話じゃない、と瑞月が呻く。

 実際、瑞月が一番気にしている所はそこなのだ。瑞月は理数系の科目があまり得意ではない。暗記だけならともかく、そこに公式やら何やらが絡むと途端に頭もこんがらがってしまうのだ。

 そんな瑞月の言葉に秋人が同意するようにうんうん、と頷く。


「めんどくさいよね、補習。異常にプリント多いし。点数取れるように補習プリントも期末テストに出てくるのは良いけど」

「え....ま、まさか先輩赤点取ったことあるんですか」

「あるよ? 一年の時に数Aで」


 しれっと答えた秋人に瑞月は顔を上げ、驚いたように目を剥く。

 先輩ですら赤点を取るのに、自分に赤点回避など出来るのだろうか。とさらに頭を抱えた瑞月を大袈裟だなぁ、と秋人が笑う。


「そんなものだよ、皆。それに、一回くらい赤点取ってもそこまで成績に響きはしないし。それだけで受験の合否が決まるなんてことないんだから」

「......それは、そうですけど」


 それでも、初めて受けるテストへの不安は大きい。

 尚も眉を寄せ続ける瑞月に秋人は目を合わせてきた。落ち着いた彼の瞳の青色が瑞月の不安を少しずつ凪いでいく。それと同時に気恥ずかしさも込み上げてくるが。

 少し頬を赤らめた瑞月に秋人は静かな声で言う。


「大丈夫。少なくとも僕は、ここでの君の頑張りを知っている。それは確かに森山さんの力になってるはずだよ」


 すでに自分が経験済みだからなのか、秋人は的確に瑞月の不安を潰していく。

 はい、と頷いて瑞月は頭を下げた。


「ありがとうございます。......なんだか情けないことばかり言ってしまって、すみません」

「いつも君にはお世話になってばかりなんだし、このくらいはさせてほしいな」


 そう言って笑った秋人に瑞月は恥ずかしくなって顔を逸らした。その口元は僅かに緩んでいる。

 ふと秋人は腕時計に目をやった。


「そろそろ帰ろうか」


 その言葉に瑞月も携帯の電源を入れて時間を確認する。もうすぐ部活が終わる時間だ。

 瑞月たちはいつも部活動が終わる時間と同じくらいに帰ることにしている。瑞月は自転車通学で秋人は徒歩通学のため、大抵の場合は図書室で別れるのだが。


「では、お先に失礼します」

「うん。また再来週」


 瑞月は会釈を返し、図書室を後にした。




 それから一週間、やはり校内で秋人と会うことはなかった瑞月は誰もいない図書室で一人、ため息を吐いた。


「......集中しなきゃ」


 目の前に秋人がいない。そのことはこの一週間、燃え尽きる前の炭のようなチリチリとした火のようなものが瑞月の中に燻ったままだった。


 いつから、秋人がいることが当たり前になっていたのだろう。


 あの無駄に整った顔の持ち主が傍にいれば集中できないと思っていた瑞月は、今の状況に困惑していた。


 なぜ、こんなにも秋人を気にしてしまうのだろうか。


「そうだ、習慣づき過ぎて逆にいないと変な感じがするんだ」


 うん、そうだ。きっとそうに違いない。

 その結論には瑞月も納得できたが、それでも集中力を欠いてしまうこの状況は変わらない。


「しっかりしないと」


 パン、と両頬を叩いて気合いを入れた瑞月はふと気付いた。


 図書室にいたら秋人のことを気にしてしまうのだから、図書室にいなければいいのではないか。

 つい、いつもの癖で図書室に来てしまった瑞月だが、秋人が来ないのならば瑞月がここに来る必要もないのである。


「......ほんと、習慣ってこわい」


 苦笑いを浮かべた瑞月は机の上に広げていた勉強道具を鞄に仕舞い、図書室を出た。

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