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赤い傘、君と二人  作者: 文月 彩葉
一、とある日常で
8/65

8長いようで短い一日の終わりに

 『一番に紙を取ったのは白組です! 何が書いてあったのでしょうか? 少し固まっています!』


 借り物競走が始まり、そんな実況が流れる中瑞月はしばし考えていた。

 なるほどこれが奇跡か。

 自分のくじ運の良さに思わず口元が緩んでしまう。


「宮野先輩、は......」


 秋人は借り物競走の後の騎馬戦に出場するため、きっと入場門の近くにいるはずだ。


 そうあたりをつけた瑞月は入場門まで走る。

 他の走者たちを見れば、皆お題の紙を手に誰かを探しているようだった。


 彼女たちも秋人を探しているのだろう。一年生にも人気があるなんて、顔が良いと大変だなぁ。

 同情の念を彼に送り、瑞月はふとため息をもらした。

 端から見たら自分も彼女たちと同じことをしているのだ。全く、何をやっているのだか。呆れたように乾いた笑いを浮かべつつ、瑞月は目的地に到着した。


 入場門までやって来た瑞月は金色の頭を探して騎馬戦出場者たちの中に入っていく。

 きっと彼は見つからないように隠れているはずだ。外から見ても見つからなかったのだから、それ以外に考えられない。大方、ガタイのいい生徒たちに匿ってもらっているのだろう。

 不自然に生徒が密集しているポイントを探し歩く。


「__いた」


 瑞月の予想は見事に的中した。

 他の騎馬戦出場者たちに囲まれていたのだ。

 ちらりと覗いた金色に少し声を張って呼びかける。


「宮野先輩」

「......森山さん?」


 するとその金色は瑞月の声に反応して軽く揺れる。そうして瑞月に呼ばれた秋人が生徒たちの間を縫って出てきた。

 彼を匿っていた彼らは皆、良いのか? と言うように心配げな表情を浮かべて成り行きを見守っている。

 それを見て瑞月が少し笑った。

 なんだ、好かれているじゃないか。


「先輩。一緒に、来てください」


 そう言って差し出した瑞月の手を、彼は迷わず取った。


 入場門から出てきた瑞月たちを見て生徒たちがざわめいた。まさかあの秋人が、見つかったからといって実際に借りられるとは誰も思っていなかったのである。

 一瞬だけ繋がれていた手は既に離されていたものの、二人が並んで走っているだけで生徒たちに衝撃を与えるには充分だったようだ。

 しかしそんな周囲のことなど意にも介さず、走りながら秋人が瑞月に問いかける。


「それで、お題はなんだったの?」

「......ゴールしてからのお楽しみです」


 悪戯げに微笑む瑞月に秋人も軽く笑い、「じゃあ、早くゴールしないとね」と言った。


 二人共普段よりも少しテンションが高い。きっと、周りの空気にあてられてしまったのだろう。

 これが普段の二人ならもっと周りを気にして、無防備に笑い合うなんてこと絶対にしなかったはずなのだ。けれども今はどうにかなるか、とどこか軽い気持ちで行動している節がある。

 それは瑞月も自覚してはいるが、今更態度を改める気はさらさらなかった。


 ゴールにはもちろん瑞月たちが一番先にたどり着いた。


『では、お題の開示をお願いします』


 放送部の指示に従い、瑞月が紙を開ける。

 紙を受け取った放送部がゴクリ、と喉を鳴らす。その他の生徒たちも瑞月のお題が気になるらしい。皆口を噤んで発表を待っている。


『お題は......“キラキラしたもの”! 借りられたのは二年の宮野先輩! なるほど確かにこれはキラキラしていますね!! 白組、合格です!!』


 読み上げられたお題に、周囲にいた人たちは皆秋人の頭を見て納得したように頷いた。

 一部の女子生徒たちは安心したのか安堵の息を吐いている。それは瑞月と一緒に走った借り物競走の走者たちも同じだった。残念そうにしながらも瑞月を見る目に敵意や憎悪の感情は見えない。

 秋人も僅かに苦笑いを浮かべ、瑞月と共に一位が並ぶコーンの前に座る。


「予想外なようで納得のいくお題だったね」

「私もこのお題は素晴らしいな、と思いました。......もしハゲとか、カツラとかがお題だったら宮野先輩を慕ってる女子の皆さんを悲しませることになったでしょうから」

「そんな時は借りに来てくれなくていいんだよ?」


 あははうふふ、と不穏な笑い声を上げていると、借り物競走の終わりを告げるホイッスルが鳴った。

 一年生女子の走者たちが立ち上がり退場していく。

 その後ろに続きながら秋人が言った。


「次も出場だから、先に行くね」

「はい。頑張ってください」

「うん、頑張るよ」

「あ、でもうちの団に勝たせてくださいね」

「全く、ブレないよね君は」


 「本気で勝つよ」そう言い残して入場門へ戻っていった秋人の背中を見送り、瑞月も応援席に帰った。

 おかえりー、と声をかけてくるクラスメイトたちにただいまー、と返しながら里依の隣に座る。

 しばらく無言で前を向いていた里依だったが、何を思ったか瑞月を指でつつき始めた。


「ちょ、ちょっと、こら」


 なにするの、と少しむっとして里依を諌める瑞月に彼女はそれ以上の不満げな顔つきで更に強くつつく。

 そしてその表情のまま唇を尖らせ「もー」と不機嫌な声のトーンで言う。


「なんなのよほんとにさぁ」

「いやそれこっちのセリフ」


 瑞月の突っ込みを無視して里依は続ける。


「ちょっと一瞬焦っちゃったのにさ、そんな私のことなど知らずにあんた達ときたら公衆の面前でいちゃつきやがって」

「いや全くいちゃついてないけど」


 瑞月の言葉など聞こえないかのようにいじける里依。

 借り物競走が始まる前にしていた会話をはぐらかされた挙句、全然相手をしてもらえず拗ねているのだろう。

 そんな可愛い友人に瑞月は小さく笑って彼女の頭に手を置いた。そのままそれを優しく撫でてやる。


「はいはい。ごめんね」

「もー、瑞月の馬鹿。......それに弱いの知ってるくせに」


 だからやってるんだよ、と心の中で呟き、手を止めないまま瑞月は開始の合図を告げた騎馬戦を見ることにした。


 騎馬戦も、誰もが予想したように秋人の乗った騎馬が勝利した。


 一つ予想外だったのは、決着が着くまでに相当な時間がかかったという点だ。

 秋人を倒すために他の団たちは協力することにしたらしく、束になって彼の騎馬に向かっていったのである。


 秋人たちは、はじめの方は避けることに専念しあらかたの騎馬が自滅した後、残っていた騎馬を片付けにかかった。秋人たちにとってはそう難しい芸当ではなかっただろうが、体力を残すためかあまり自ら他の騎馬に向かっていこうとはしなかったのだ。

 それ故に、思っていたよりも時間がかかってしまったらしい。


 その後の競技は順調に進み、あっという間に午後の部も終了した。


「早かったねぇ今日一日」


 閉会式。前で結果発表の準備をする生徒や教員たちを眺めつつ瑞月の後ろにいる里依が呟く。

 そうだね、と瑞月が頷き里依の方を向いた。


 今は開会式の時と違ってどの生徒たちも結果が待ちきれないというように自分の周りにいる友人たちとなにやら盛り上がっている。

 そのため瑞月が後ろを向いて里依と喋っていても特に違和感はなく、誰かから咎められることもない。


「いやー、今日は宮野先輩の超人ぶりの連発でしたなぁ」


 そう言いながら里依は手を上に伸ばし、ストレッチを始める。

 瑞月も凝り固まった体を軽くほぐし、再度頷いた。


「確かに、あんなに動いてるところ初めて見た」

「珍しく瑞月の笑顔も連発してたことだしね」

「そう?」


 里依は瑞月を映した目を細めイシシ、と笑う。

 そうかな、と瑞月は今日の自分を思い返してみた。


 そう言われれば、そうだったかもしれない。やはり今日は周囲の空気が伝染したのだろう。いつもの自分ではなかったようだ。


 しかしそれも今日までだろう。

 日が暮れて、明日になればきっといつもの自分に戻っている。ならばそれまでは。今日くらいはまだ、このままでいよう。きっと他の皆も自分と同じだろうから。


 結果発表が始まり、生徒たちはワァァァと歓声を上げる。優勝はやはり秋人の力故か青団だった。瑞月たちの団もぎりぎり三位に入賞していた。

 賞をもらった団の生徒も、そうでない生徒も皆抱きしめ合い、泣き声や笑い声、色んな声がそこら中から聞こえてくる。

 それを眺めながらぼそっと瑞月が呟いた。


「まぁ、明日から中間考査二週間前だけどね」

「はぁっ?! えっ、え、ちょっま、っえ?!」

「日本語喋って」


 それからしばらく瑞月は、混乱した里依に肩を揺すられ続けたのだった。

これで、体育祭編は終了です。次からまた日常パートに戻ります。

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