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赤い傘、君と二人  作者: 文月 彩葉
一、とある日常で
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7気になるお題は

 応援合戦の熱が冷めぬまま、午後の部の競技が始まった。

 目でその熱を見ることはもちろんできないが、生徒たちは皆どこか興奮していた。現に、瑞月の周囲にいる彼ら話し声はどこか弾んでいるように聞こえる。


「もうすぐ借り物競走だよね」


 グラウンドを走る生徒たちを眺めながら里依がぽつりと呟く。「あー、うん」瑞月がそんな彼女に目を向けた。

 里依は瑞月と目を合わせて問いかける。


「どうするの? 『好きな人』カードが出てきたら」

「それ定着してるの?」


 以前も聞いた、借り物競走に使われる一部のカードの総称に、瑞月は思わず言葉を挟まざるを得なかった。

 言葉を遮られた上に話が逸らされかけた里依がムッとする。


「どうでもいいでしょ、そんなことは。で、どうなの? どうせ宮野先輩を借りるんでしょ?」


 瑞月からあらかたの話を聞いていた里依は一週間ほど前にした瑞月と秋人との会話を持ち出してきた。

 他の生徒に借りられないように瑞月が先に借りに来てくれたら嬉しい、と秋人が言っていたあの会話である。

 瑞月が競技を見る振りをして顔を逸らす。


「まぁ、頼まれたし」


 直接的に言われたわけではないが、あの言葉は暗に「借りに来て」という秋人からのお願いなのだろう。

 瑞月としても、見知らぬ誰かを借りるよりは秋人を借りた方が抵抗は少ない。

 きっと、周りの目はすごい事になるだろうけど。


 瑞月も、秋人を借りるという意味を理解していないわけではない。 何故瑞月に呼ばれて素直に応じたのか、と生徒たちは要らぬ詮索をするだろう。けれど周りとあまり関係を持たない秋人ならばそれもすぐ終わるはずだ。

 そのあたりの考えは瑞月も持っているのである。

 未だ不機嫌なままの里依をよそに、瑞月は時計を見た。


「もう行かなきゃ」


 言うや否や立ち上がり、「あ、ちょっと!」呼び止める里依の声を無視して瑞月は走り去った。

 さすがに態度が悪すぎる、と思い直したのか手だけ振って去っていく瑞月の後ろ姿に里依は呟く。


「......はぐらかしたな」


 答えを聞いてないんだけど、と彼女の口から呆れたようなため息がこぼれた。




 隣に誰もいなくなった席に座り直した里依は、まるで激しい運動をした後のようにぐったりとその背にもたれかかった。

 そのまま、太陽を遮るように手のひらを顔の前に置く。


「......瑞月ったら」


 答えに困ったからってあんなに唐突に話を打ち切らなくてもいいじゃないか。借り物競走の招集までまだあと十分もあるのに。

 里依はもう一度深いため息を吐いた。


 里依と瑞月は中学二年生以来の付き合いである。

 瑞月の性格からも分かるように、最初はそれほど仲が良いわけではなかった。もちろん、仲が悪かったわけでもない。

 必要があれば話し、けれども近づき過ぎない距離感を互いに保つ。ただのクラスメイト。そんな関係だった。


 今のような関係に至ったのは、中学二年の夏を過ぎた頃のことがきっかけである。



__犯人は里依ちゃんだよ! あたしたち見たもん!


 友人“だった”女の子の言葉に周りの女の子たちが頷く。

 当時、クラス内ではとある女の子の私物が無くなる、という事件が起こり里依はその犯人にされてしまったのだ。当時一番仲の良かった女の子たちから。


 実際の犯人は彼女たちだった。

 どこかできいたようなよくある話だ。彼女たちの中の一人の好きな男の子に好きな女の子がいて、それを知ったその一人は嫉妬し、彼が好意を寄せる女の子に嫌がらせを始めたのだ。その対象が、その時私物が無くなった女の子だったのである。

 次第に嫌がらせはエスカレートしていき、里依以外の仲の良い他の子たちも参加するようになっていった。


 里依はというと、参加はしなかったもののそれを止めることもしなかった。人をいじめるなんてことはしたくなかったけれど、彼女たちから嫌われることも怖かったのである。

 けれどそれも長くは続かず、担任にバレかけた彼女たちは咄嗟に、嫌がらせに非協力的だった里依を犯人役に仕立てあげたのだ。


__結構前からあたしたち、里依ちゃんにこんなこと止めようって言ってたのに、全然話聞いてくれなくて


 しまいには泣き出してしまった彼女の言葉にだんだん担任の顔が険しくなっていった。他のクラスメイトたちも素知らぬフリで、皆里依から目を逸らす。


 あぁ、見て見ぬ振りって、こういうことなんだ。あの子への嫌がらせを止めなかった自分もまた、彼女たちと変わらない。最低な人間だったのだ。

 ならば、責められても怒られても仕方がないことなのかもしれない。次第に里依はそう思うようになっていた。

 そんな中、じっと里依を見つめる人物が一人いた。


 それが瑞月である。

 彼女はいつものように少し大人びた表情で、里依を観察でもしているかのように見つめてくる。里依と目が合っても逸らそうとはしない。


 まるで、何かを自分に問いかけているかのようにも見えた。

 その時自分がどんな表情をしていたのか里依には知る由もない。しかし瑞月は里依の顔を見てふっ、と瞳を陰らせたかと思うと突然席を立ち、真っ直ぐ担任の方を見たのだ。

 その場にいた全員の視線を受けながら、彼女がぽつりと言った。


__私が、やりました

__森山さん? 本当に、貴女がやったの?

__はい


 思いがけない瑞月の言葉に、里依を犯人にしようとしていた少女たちが驚いたように彼女を見る。里依も同じような表情をしていたことだろう。

 担任も意外な人物からの告白に唖然としつつ、彼女に問いかける。


__でも、じゃあ、小日向さんの件は?

__誰かに罪を擦り付けるように私が彼女たちに言ったんです

__......そう。後で職員室に来なさい

__分かりました


 瑞月の静かな声は教室に良く響いた。あれほどまでに教室内が静寂で満たされたことは一度もなかったし、あの後にもない。


「(あの時、どうして瑞月は私を助けてくれたんだろう)」


 その理由を彼女の口から聞くことは遂になかった。里依自身も、自分から聞こうとは思っていない。けれどもずっと気になっていることではあるのだ。

 ただ、それ以来自然と一緒にいることが増えて今に至る。


『次は借り物競走です。走者の皆さんは準備をしてください』


 グラウンドに入ってきた走者たちの中に瑞月を見つけ、里依は自然と彼女を目で追ってしまう。

 思えばあの頃から瑞月は、自分にあまり頓着しない性格だったのだろう。自分のことはどうでもいい、とそんな言葉が聞こえてくるようだった。


 だからだろうか。瑞月はきっと、自分の感情にどこかセーブをかけているのだ。好意を寄せ過ぎないよう、親しくなり過ぎないように。

 近い将来、好きな異性ができたとしても彼女は一歩を踏み出せないに違いない。自分がその相手に好意を寄せていることを否定してしまうだろうから。

 それは里依に対しても同じことだ。


「でも」


 もし、貴女がどうしようもなく困っていたら。そんな時は必ず、助けてみせる。

 里依は瑞月に助けられたあの時から、揺るがない強い光を宿すあの瞳を見た時から、そう自分に誓ったのだ。


『位置について......よーい、ドン!』


 ピストルの音を合図に走り出す瑞月は先頭に走り出て、お題の紙を取って開いた。


『一番に紙を取ったのは白組です! 何が書いてあったのでしょうか? 少し固まっています!』


 放送部の実況を聞きながら、里依も瑞月を見守る。

 まさか、本当に引いたのか......?

 そんな里依の心配をよそに瑞月は少し口の端を吊り上げると、入場門の方に向かっていった。


「あの方向は、宮野先輩がいるところ......だよね?」


 秋人は借り物競走の次の競技である、騎馬戦に出場するため入場門の近くで待機しているはずなのだ。里依たちがいる応援席から彼の姿を見つけることはできないが。

 それはきっと借り物走者たちも同じだろう。瑞月以外の走者たちはきょろきょろと周りを見回している。


 けれど瑞月に迷いはなかった。

 入場門にたどり着き、少し姿が見えなくなったかと思うと金色の髪の持ち主を携えて出てきた。


「どうやって見つけたのよ、あんた」


 小さな声で突っ込み、里依は並んで走る友人と秋人の姿を目で追う。

 瑞月がどうしようもなくなる事態が起こるのは、そう遠くない未来になるかもしれない。


 そんな予感をしつつ、とりあえず今はこの状況を楽しもう、と里依は声を上げて笑った。

 瑞月と秋人が一番早くゴールに到着し、放送部が瑞月に指示を出す。


『では、お題の開示をお願いします』

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