61薔薇のような
「久しぶり。全然変わらないね」
そう言って女性は秋人と腕を組む。
秋人は瑞月を気にする素振りを見せて少し仰け反ったが、そのあいだを詰めるように女性は秋人にくっついた。
強く振り解けないらしい秋人は困ったような表情を浮かべ、人目につかない場所に女性を誘導する。
どうしよう、とついて行くかどうか迷った瑞月の肩を誰かが叩いた。
「森山ちゃん、こっち」
そう言って秋人たちの視界から外れたところに瑞月を案内したのは准だった。
いつからいたのだろう、彼女を知っているのだろうか、と色々と聞きたいことはあるがそれらを飲み込んで彼について行くことにする。
ちらりと瑞月に目線を向けた秋人は隣に准がいることに気づき、彼とアイコンタクトを交わした。
「ごめんね、いきなり」
そう言って申し訳なさそうに手を合わせる准に首を横に振り、かろうじて見える秋人と女性に目を向ける。
女性は秋人から離れる様子はなく、むしろさっきよりも距離が近い。
それを見ていたくなくて瑞月は彼らから目をそらし准を見た。
「えっと、あの人は......?」
「あー......」
何故か気まずそうに頬をかく准。
首を傾げる瑞月に彼はしばらく悩むように唸っていたが、やがて覚悟を決めたらしい。
真っ直ぐ真剣な目を向けられて瑞月は少したじろぐ。
「あの人は俺たちの二つ上の先輩で......一応、秋人の......元カノってやつ、です」
「なぜ敬語」
たしかに、姉にしては似ていなさすぎる。
まず髪と目の色は日本人特有の綺麗な黒であるし、顔立ちも外国人のような彫りの深さはなく、大和撫子という言葉がピッタリな人だ。
秋人とは正反対と言えるだろう。
性格も気が強そうで、柔らかな海のような澄んだ空気を纏った秋人とは違い、真っ赤な薔薇のような刺々しさを感じる。
けれど魅力的な人だ、と少しだけだが近くで見た彼女を思い出す。
顔立ちは恐らく誰が見ても整っていると言うだろうし、スタイルも良い。
それに彼女は年上の女性らしい女らしさを持っていた。つい半年前高校生になったばかりの瑞月にはない大人の魅力に近いものを感じる。
きっとモテる人なのだろう。
全身から溢れる自信に満ちたオーラに瑞月はそう思った。
「去年、秋人に交際を申し込んで......いや、付き合ってたって言っても秋人とは合わなくてすぐ別れてたし! そんな気にすることないよ!!」
「は、はぁ......どうしてそんなに私を気にするのかは置いておいて、私と彼女を会わせたら何かまずいことでもあるんですか」
秋人も准も瑞月を彼女から遠ざけようとしているように見える。
彼女を連れていくときも秋人は極力瑞月を見ないようにしていたし、何かあるのだろうと思っていたのだ。
そう問われた准は「かなわないな」と苦笑をこぼした。
「言い方は悪いけど、面倒な人なんだよ。色々とね」
「面倒な、人?」
「高校時代からそうだったよ。1年生だから3年生に強く出れないのを利用して秋人に強引に話を進めたり。......付き合ってた頃の秋人のストレスのたまりようは凄かったなぁ」
准はその頃のことを思い出したのか遠い目をする。
その表情はどこかげんなりとしていて、当時の大変さを物語っているようだ。
本当に、彼はいつでも巻き込まれてしまうのだから可哀想である。
それでも秋人から離れないのだから彼はいい友達を持ったと言えるだろう。
「それで、今仲良くしてる女の子なんて知ったらあの人何するか分かったもんじゃないからな」
「へ、へぇー、大変そうだなぁ......」
「まぁ、会わないに越したことは無いよ」
たぶんな、と笑いかけられて瑞月も苦笑いを浮かべつつ「気をつけます」と返す。
瑞月としても彼女はあまり積極的に関わりたくはない相手である。
それに、どうしてか、はじめて見た時からいい感情を持っていなかった。彼女が秋人に擦り寄る度に心がもやもやしてしまう。
先程の「秋人」と呼びかける声を思い出して、胸がチクリと痛んだ。
「や、柳瀬先輩はどうしてここに?」
浮かんだ感情から逃げるように問いかけた瑞月に准は目線は秋人たちに向けたまま答えてくれた。
「一旦戻ってこいって言いに来たんだよ」
「あぁ、お狐様の役目ですか」
「そうそう。流石にそれ目当ての客が多いのに一回も登場しませんでした、じゃクレームが殺到しそうだからな」
「なるほど」と頷いた瑞月をちらりと見た准は「あー......」と少し言いにくそうに口を開く。
「もう少し時間かかりそうだし、そうだ、3年生の劇は見に行った?」
「いえ、まだ行ってないです」
「行ってみるといいよ。すごいから」
ね、と申し訳なさそうに笑いかけられて瑞月は頷く。
ここで彼を困らせるものじゃないだろう、と思ったのだ。
「じゃあ、えっと、失礼します」
「__森山ちゃん」
背を向け立ち去ろうとした瑞月を思わずといったように准が引き止める。
振り向いた先にいる彼はどこか迷っているような表情を浮かべつつ目をそらす。
「俺が言えるようなことじゃないけど......でも、もう少しくらい、わがまま言ってもいいと思うよ」
「わがまま、ですか」
「物分りが良すぎるんだろうな。そうやって今まで周りと上手く付き合ってきたのかもしれないけど、俺はもうちょっと、あいつと向き合ってやってほしいって思ってる」
今が向き合ってないって言ってるわけじゃないけど、と彼は続ける。
「ま、見捨てないでやってよ。あいつも相当面倒な方だからさ」
そうして准と別れ、廊下を歩きながら瑞月は考え込む。
准の言葉がずっと頭から離れないのだ。
今までだって彼と向き合ってきたつもりだった。言葉を重ね、月日を経て、少しずつでも彼を知ってきたつもりだったのだ。
自分に、足りないものはなんだろうか。
窓の外に目をやれば、悩みなどないように鳥達が大きく羽ばたいている様子が見えた。
やっと出せた...