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赤い傘、君と二人  作者: 文月 彩葉
一、とある日常で
6/65

6宮野先輩は崇め奉られるらしい

 「で?話を聞かせてもらおうか」


 お弁当を手に、顔をずいっと前に出してわざと低い声で言う里依に瑞月は「何の?」と返す。

 今はお昼休み。生徒たちはそれぞれの教室に戻り昼食をとっていた。


「何の、ってそりゃもちろん何故あの宮野先輩と知り合いで、その上あんなに親しげなのかってことだけど?」


 『あの宮野先輩と』の『あの』とは、あのほぼ別次元の生物のような宮野先輩と、という意味である。

 里依とて、さすがにリレーの招集があったためその場できくことはなかったが、ずっと気になってはいたのだ。


 それをきこうと退場門に急いだのに関わらず、リレーが終わったあと瑞月がそこで待っていなかった件について里依は怒っていたのだ。瑞月のプリンによって機嫌は大分直ったが。


 けれども彼女の言葉の言い方にはまだ刺がある。全ての言葉をキレ気味に言うくらいには瑞月を許していないようだ。恐らく、待っていなかったのとは別の件で。


「別に、ただ本を貸し出してるだけだよ」

「そもそもなんでそんな状況になるわけ? まずそこが何よりも不思議でしかたないわ」

「......なりゆき?」

「お前はなりゆきで学校一、二を争う美形と仲良くなるのか」


 「あぁん?」とジト目で見られて瑞月は顔を逸らす。

 里依が今も尚怒っているのは別に瑞月が悪い男に引っかかってないか、等を心配しているからではない。単に「なんで教えてくれなかったの!!」という思いがこもった怒りなのである。

 里依の文句は更に続く。


「それになんで普通に談笑してるの!? 宮野先輩の“周囲に興味無い”設定どこ行ったんだよ! 素敵な笑顔ありがとうございます!!!」

「落ち着け」


 文句が止まらないどころか段々ヒートアップして、もはや何を言っているのか分からない。そんな里依の口を止めるため、瑞月は卵焼きを彼女のそこに無理矢理突っ込んだ。


 食べている時は喋らない。そんな行儀の良さもまた、瑞月が里依を好ましく思う理由の一つと言えるだろう。

 ムグムグと咀嚼する姿を眺めつつ瑞月はふと疑問に思ったことを口にした。


「“周囲に興味無い”設定ってなに」

「知らないの?......宮野先輩って普段からあんまり誰かと一緒にいることないし、男子たちとちょっとした会話以外で笑うことないんだよ」


 だから先輩の笑顔超レア、と笑う里依に瑞月は「知らないな」と返す。

 その言葉に思い当たる節でもあったのか、「あー」と声をあげる里依を見て瑞月が首を傾げた。


「あんた基本教室から出ないし情報流してくれるような友達もいないからな」

「それだわ」


 核心をつく言葉に思わず即答しつつ、微かな違和感に瑞月は眉を寄せた。


「そんだけ言うってことは、里依は先輩のファンなの?......それにしては会話で先輩の話出てきたことないんだけど」


 後半の言葉が先程までの里依のように声が低くなった瑞月に、彼女は全く悪びれないであはは、と笑う。

 そして何か言葉を探すように少し考えていたかと思うと、里依は瑞月に説明を始めた。


「ファンっていうか、萌える?......こう、顔のお綺麗な男性同士でわちゃわちゃしてるのを想像するとさ、あるじゃん?」

「先輩が里依の妄想の糧に」


 「ないよ。何がだよ」と突っ込みを入れる瑞月に里依は真剣な顔を作った。机に両ひじをつき、その上に顎を乗せ、重々しく口を開く。


「ぶっちゃけ顔好みなんだよね」

「カップリング的にでしょ」

「当たり前じゃないか。アレと恋愛とか砂吐くわ。砂どころか今日食べたパンとかハンバーグとかもろもろ吐くわ」

「今食事中なんだけど。言葉を慎んで」


 前言撤回。やはり行儀が悪い。瑞月は里依を睨みつけて、深いため息を吐いた。

 彼女が今更この態度を改めるわけが無い。中学の時からこうなのだから、もう手遅れなのである。

 その里依にさらっとアレ呼ばわりされた秋人に憐れみの念を送りつつ、もう一つの疑問についても説明してもらうことにした。

 「まぁ」と里依が言う。


「会話に出さなかったのは、瑞月はどうせ先輩のこと知らないだろうし、萌える云々言っても反応薄そうだったからね」

「先輩のこと知ってても反応薄かったと思うよそれは」


 会話に一区切りついたところで、里依がふと黒板の上にある時計に目を向けた。

 時計の針は十二時半を指している。


「あああああああ!!!!」


 ガタッと椅子を後ろに倒し、叫びながら立ち上がった里依に瑞月はキーンとする耳を抑え、「どうしたの」と半ば怒りながらきく。

 周囲のクラスメイトたちも何事か、と里依に注目した。

 里依が涙目になって瑞月を見る。


「やばい次応援合戦。集合十二時三十五分なんだけど。あと五分しかないんだけど」

「どんまい頑張れ」


 ぐっと握りこぶしを作って見せれば、里依は「うわーん!」と言って既に食べ終わっていたお弁当を片付け、急いで教室を出ていった。


「応援合戦......」


 里依はもちろん、秋人も出る応援合戦。瑞月が一番楽しみにしていたものでもある。小さく鼻歌を歌いながら瑞月は応援席へ行くため、ゆっくりと片付けを始めたのだった。




 『最後は青組です。青組応援団の皆さんは準備を始めて下さい』


「次、宮野先輩たちの団か」


 放送部のアナウンスが流れ、瑞月が呟いた。いよいよ青組応援団が応援席からグラウンド中央に出てくる。


 青組の前に行われたほかの組の応援合戦もやはりレベルが高く、ダンスなども相当練習したのだろう。一目で分かるほど全員の息が合っていた。

 ちなみに瑞月は白組。里依たち応援団員もそれに負けないくらいの出来ばえだった。

 それゆえに、瑞月が青組にかける期待は大きい。


「__なにあれ」

「里依」


 そこで、最後の練習を終えたらしい里依が戻ってきた。

 彼女の言葉に瑞月も再びグラウンドに目を向ける。そして、文字通り固まった。


「なにあれ」


 里依と同じセリフを繰り返し、瑞月が里依を見る。視線を受けた彼女は「知らない知らない」と首を横に振る。

 それはそうだろう。別の団のことを彼女が知っているわけが無い。けれども、思わず問いかけてしまうほどの光景がそこにはあった。


 青組の応援席から塊のようなものが出てきたのだ。それは全て人で、中央にある何かを隠すようにひとかたまりになった応援団員たちが出てくる。その中にあの目立つ金色の髪は見つからない。


 一体どこから出てくるのだろう。じっと見守っていると、その塊がグラウンドの真ん中で止まり、何かを持ち上げた。


「え」

「うわぁ」


 その『何か』を見た里依の驚いたような声に続けて瑞月が呟く。引き、同情、呆れ、それらの感情全てがこもった呟きである。


 果たして秋人は、人で構成された恐らく神輿のようなものに鎮座していた。

 ははー、と次々に頭を下げる団員たち。何をやらされているのだあの人は。

 瑞月が里依に問いかける。


「あれ一体なんの儀式?」

「めちゃくちゃ崇められてるね」

「何を思ってこんな登場をしたのかな」

「多分宮野先輩知らされてなかっただろうね。顔がちょっと焦ってる」


 確かに、秋人は無表情を貫こうとしてはいるのだが、混乱が表情に出ていた。

 二人で彼に憐れみの視線を送る。

 行く末を見守りつつ、里依がぽつりとこぼす。


「これはあれだな、いわゆる神様系男子っていうやつだな」

「聞いたことないよ神様系男子。神系男子とは違うの?」


 神系男子とは、他人を救い癒しを与える、包容力無限大な男子のことである。

 しかし里依が言うには、『神系』ではなく『神様系』らしい。


「神系男子は癒しを分け与えるじゃん?神様系男子は崇め奉られる」

「初耳だよ。しかも需要ないな」


 二人の会話は、曲が流れ出した瞬間に途切れた。

 パフォーマンスのあまりの凄さに、である。

 崇め奉られていた秋人は曲の始まりに合わせて団員たちの上から飛び降り、恐らく彼が元々いるはずだった場所に綺麗に着地した。


 しかし凄いのは秋人だけではない。

 青組の団員たちの数人も恐ろしいまでの身体能力の持ち主だった。

 それぞれがほかの団員たちに支えられつつ、空中でバク転をする。その中には秋人の友人である、柳瀬 准もいた。


「相当練習したなぁ、あれは」


 里依の言葉に瑞月も頷く。

 簡単にできる芸当ではないし、全員で息を合わせ、そして曲にも合わせるのは至難の技だろう。彼らの練習量は相当のもののはずだ。


 どうりで体育祭の少し前になった頃秋人が瑞月に、しばらく図書室に来れない、と言っていたわけである。

 一週間ほど前のことを思い出し、瑞月が納得したように頷いた。


 青組の応援が終わり、生徒たちのみならず、先生、保護者までもが盛大な拍手を送る。中には立ち上がっている人もいるほど。

 もちろん瑞月と里依も青組の最初の登場を忘れ、惜しみない拍手を送った。


 応援合戦は、今年の体育祭一の盛り上がりを見せたのだった。

神様系男子、流行らないかな.....。

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