53ふわふわ
大変長らくお待たせしました!
お待ちくださった皆様、誠にありがとうございました!!
「......ふわっふわだぁ......」
思わず口から漏れたかのように呟いた里依に瑞月が同意の頷きを返す。
二人の目線はそれぞれ、後ろにあるトイレから出てきた秋人の頭と腰あたりに向けられていた。
何であろう、獣耳としっぽである。
服は制服のままなのだが、耳としっぽが生えているのだ。
二人の引きが混じった目線を受けた金茶色の美しい毛並みのそれは秋人が首を傾げると同時にふわっと揺れる。
その見た目から、恐らく狐だろう。
「あ......あざとい......!」
何故か悔しそうに、しかし嬉しそうな声を出して肩を震わせる里依を側で見ていた准が苦笑した。
「文化祭用のですか?」
「そうそう、ほんとは衣装も合わせるつもりだったんだが、こいつのだけあまりにも衣装係が手をかけすぎて間に合ってないんだよ。しっぽと耳作るだけで今はいっぱいいっぱいらしい」
准の言葉に彼以外の三人が声を揃えて「これも作ったの?!」と言う。
まさか秋人が知らなかったとは思っていなかった瑞月と里依は准に向けていた顔を秋人の方へ向けた。
その目はじとっと呆れるような視線で、それを受けた秋人は困ったように頭から生えている耳を触り、僅かに目をそらす。
まるで元からその耳があったかのような自然な動作に気づけば瑞月は口を開いていた。
「......もともと狐だったんじゃないですか? この人」
「それは俺も思った」
「もはや付けている、っていうより生えてる、だよね」
三人から総攻撃された秋人は肩を縮こまらせ懇願するような目で准を見る。
「もうこれ外していい.....?」
それを見た里依は「あざといっ!」と後ろの壁を叩き、准は秋人に輝かんばかりの笑顔を返す。
「教室で女子が待ってるから、その後でな」
「外そうと思ったら自分ですぐ外せるんじゃないんですか? よく売ってる取り付け型の耳とかしっぽしか見たことがないからよく分かりませんけど」
瑞月の問いに秋人が深いため息を吐いた。
「なるほどな......」
「何がですか?」
「耳は外せるんだけど、しっぽは簡単には外せなくてね......さっき手作りって言ってたからそれかなって」
「お前がすぐ外さないようにって衣装係も考えたんだろうなぁ」
「恐ろしすぎる」嘆く秋人の肩に准が手を置く。
「ほら、そろそろ帰るぞ。遅くなると俺が怒られるんだから」
女子強いな、と苦笑いをこぼしつつ瑞月と里依は秋人に拳を握ってみせる。
助けてくれる人はいないと悟った秋人は肩を落として自分の教室の方へ歩いていってしまった。
それを眺めつつ准が瑞月に目を向ける。
「秋人と今度会うとき死んでたら慰めてあげて。森山ちゃんの癒しスマイルか本を与えれば生き返るから」
「ちょろいな宮野先輩」
里依がぼそっと呟く。
言うだけ言って准は秋人の後を追って自分の教室へ帰っていった。それを見送り、瑞月たちも教室に戻ったのだった。
「おかえり、二人とも」
教室に入ってすぐ声を掛けてきたのは悟だ。彼は全体に指示を飛ばしながら内装準備の手伝いをしている。
悟は瑞月たちの衣装を一通り見てから、うん、と一つ頷いた。
「すごく似合ってる」
「ありがと! 前から思ってたけど、まっきーって割とストレートだよね」
「俺はいつでも素直だから」
「うわ、そういうこと言っちゃう?」
里依さん引くわー、と体を逸らした里依を見て悟が楽しげに笑う。
仲の良さが伺える会話に瑞月も少し口元を緩める。
里依はもともとクラスの運動部の人たちとは男女問わずよく関わるため、仲が良いのだろう。クラスメイトとあまり会話をしない瑞月はそんなことすら知る機会がなかったのだ。
知ろうとしなかった、と言った方が正しいかもしれない。
今になってやっと瑞月は里依のことを何も知らないことを実感していた。
「さてと、私は仕事してきますよー」
「よろしくね」
「じゃんじゃんやってくるから!」
袖をまくった里依はそう言って意気込むと、中央の方でわいわい仕事をしているクラスメイトたちの輪に入っていく。
すごいなぁ、と感心しつつ瑞月は悟に目を向ける。
「なにか手伝うよ」
「ありがとう。それじゃあ、飾り付けを作るのを手伝ってもらえる?」
そう言って彼は手元を見た。
そこには見た目はまるで本物のような、ミニチュアサイズの和傘があった。
手先が器用にも程がある、と感心半分呆れ半分で瑞月が「すごいね......」と言う。
しかし秋人ならばこれも作れるかもしれない。そう思い、ふっと笑いをこぼした瑞月に悟が首を傾げる。
「なんでもない。それを作るの?」
「うーん、和風っぽい飾りなら何でもいいって言われたからとりあえず作ってみただけだし、各机で飾りが違う方が面白くない?」
「じゃあ、別の飾りかぁ......和風っぽい飾りってなんだろう」
二人して考え込んでいたが、悟がふと何かを思い出したように顔を上げた。
「そうそう、当日の話なんだけど、一日目の中夜祭の前に買い出し係に当たったから、よろしくね」
「色々聞きたいけど、まず、中夜祭って何?」
「後夜祭の一日目版みたいな......?」
「後夜祭はないの?」
「部活があるからね」
後夜祭とは、高校では大体文化祭の最終日の夜に行われる行事の事で、何を行うかは各学校によって異なるが、一般的にはフォークダンスをするらしい。
大変だなぁ、と瑞月は同情の目線を悟に向ける。
文化祭が終わったその日に部活があるとは、中々ハードである。
「まぁ、大会も近いしね」
「なるほど。......それで、買い出し係っていうのは私と牧原君だけ?」
「そう。数店舗違うところから買ったから、それぞれ大体二、三人で行くことになったんだ」
へぇ、と返した瑞月はなぜ買い出し係に自分がなってしまったのかと考えていたのだが、それを察した悟が苦笑いを浮かべながら答えた。
「みんな公平にって、くじ引きが行われたんだよ」
「本人がいない間にくじを引かれてるのに公平さがそこにあるというの」
「......まぁ、うん。そんなものだよ」
「悲しいね......」
ため息を吐き出した瑞月と悟はその事から思考を逸らすように、また飾り付けの話をしだすのだった。