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赤い傘、君と二人  作者: 文月 彩葉
一、とある日常で
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5パンはスタッフ(友人)が美味しく頂きました

 質問に答えられぬまま、瑞月は固まっていた。

 現在、瑞月の目の前には秋人の友人らしき男子生徒が立っている。


 染めているのか、元々髪の色素が薄いのか、茶色の髪を邪魔にならないようにヘアピンで止めている。


 女子に好かれそうな人だ。

 じっくりと正面から彼を見て、瑞月はそう思った。秋人のように顔が飛び抜けて整っているというわけではない。

 しかし、柔らかい雰囲気をもつ人だ。どことなく、彼の纏う空気が秋人に似通っているように瑞月は感じた。


 何も言わない瑞月に気分を害した様子もなく、彼は再度口を開いた。


「えっとー、俺は柳瀬 准(やなせ じゅん)。秋人の友達で、クラスはあいつと同じ二年四組」


 准は反応を返す様子のない瑞月に次いで名前をきいてきた。

 そこでやっと瑞月がハッとして謝る。


「すみません。一年二組の森山 瑞月です。宮野先輩に本を貸している一年生というのは恐らく私のことかと」


 瑞月の答えに准が笑みを浮かべ、どこか愉しげに「へぇ」と見つめられる。納得、安堵、好奇、そんなものが入り混じった様な表情だ。

 観察するような目を向けられて瑞月は思わず目を逸らした。

 それに気付いた准が申し訳なさそうに頭を掻く。


「秋人が女の子と仲が良いなんて珍しいことだから、つい。詮索するようで悪いな」

「......いえ」


 悪い人では無いのだろう。瑞月はさっきまでの自分の態度を振り返った。さすがに、失礼だったかもしれない。

 こちらこそ、と瑞月が謝れば、准はニカッと歯を見せて「気にすんな」と言った。

 なんとも爽やかである。


「お、リレー始まるみたいだな」


 准につられて瑞月はグラウンドに目を向ける。

 今からするのは縦割りリレーだ。残念ながら里依は二組、秋人は四組だが、瑞月は彼に返答もせず並びだした走者たちをじっと見ている。

 最初は一年生だ。ピストルの音を合図に一斉に走り出す。里依はアンカーのため、走るのはまだ少し先だろう。


「__君は、秋人が好きなのか?」


 ぽつりと零された言葉に瑞月は隣を仰ぎ見る。


 准の目線は、リレーをしている走者たちに向けられたままだ。

 いつだったか、同じようなことをきかれたな。瑞月はニヤニヤと笑みを浮かべていた友人の顔を思い出す。

 しかし、准の言葉は里依のようなからかいを含んだものではないように瑞月には聞こえた。

 瑞月も顔を前に戻し静かに問う。


「なぜですか」

「ただ、何となく気になっただけだよ。気を悪くさせたならごめん」

「......宮野先輩を恋愛対象としては見ていません」


 多くは説明しなかった瑞月に、准も「そうか」とだけ返した。

 男として見ていない、と言えば嘘になるし、好きではないという訳では無い。人間的に、後輩として秋人のことは好きである。ただ、恋人になりたいとか、そういう願望は持たない相手であるというだけだ。


 少し沈黙が続いたが、暗めの空気を壊そうと彼が明るい声で「まぁ」と言う。


「あいつ変だし、いわば顔だけ、みたいなやつだからな!」

「そ、そうですね! さすがに言い過ぎかと思いますけど、まぁ、そうですね!」


 あはは、と不自然に笑い合っているうちに、四組のバトンは里依に渡っていた。

 里依は自慢するだけあって、確かに足が早かった。けれども他のクラスもそれに劣らぬ足の早さの持ち主を出してきている。ほとんど1列に並んだ状態を保ちながら最終コーナーを曲がりきる。


 どこのクラスが勝ってもおかしくない。そんな状況のまま、二年生にバトンが渡された。

 ギャラリー達は、異様なまでに静かだった。皆、行く末を緊張した面持ちで見守っている。


「次、秋人だな」


 准の呟きに瑞月は頷き返す。


「そういえば、宮野先輩に出来ない事ってこの世に存在するんでしょうか」

「出来ない事ー? ......出来ない事かぁ。無さそうだよな、確かに」


 やっぱりそうなのか、と瑞月は苦笑する。しかし准は「でも」と続けた。


「大体なんでも出来るけど、“なんでも完璧”にできるわけじゃない」

「そう......ですよね」


 全くもってその通りである。

 さっきまでの自分が恥ずかしくて、瑞月は少し視線を彷徨わせた。


 見た目が良くて運動が出来るからといったって、それは彼のほんの一部分でしかない。もちろん秋人は瑞月たちと同じ人間であるし、それなりの努力だってしているはずなのである。


 それを勝手に、彼は生まれた時から完璧だったんだろう、などと思っていいわけがないのだ。瑞月だって理解はしている。けれどもほんの一瞬だけでもそう思ってしまった。

 そんな自分に、嫌気がさす。


「けど、あいつ妙に負けず嫌いな所もあるからなー。そういうの、見られたくないんじゃねぇの?」


 「特に君には」と准がニカッ、と歯を見せ瑞月に笑いかける。

 だから彼が完璧な人間に見えても仕方が無い。きっとそういう言葉が隠されている。

 まるで瑞月の考えを読んでいたような気遣いの言葉に瑞月は甘えることにした。


「そんな所もあるんですね。......あ、先輩にバトンが渡りました」


 颯爽と駆け抜ける金色の髪が眩しい。

 その他の生徒たちを置いて走る秋人の周りは、まるで髪から粒子が出ているかのようにキラキラと輝いていた。

 太陽の光が反射して目に入ったわけでもないのに、瑞月も准も眩しそうに目を細める。


「やっぱはえーなー」


 しみじみと呟いた准に「速いですねぇ」と瑞月も同じように返す。


「ま、あいつのことだし、もしかしたら今日に備えて朝にランニングとかしてたかもな」


 笑い混じりに言う准に、瑞月もその姿を想像しておかしそうに笑う。

 もしかしたら、本当にそうかもしれない。後で本人にきいてみようかな。瑞月は笑うのを止めて未だグラウンドで走っているリレー走者たちに目を向けた。



 結果は瑞月たちのチームは三位、秋人たちのチームが一位だった。

 秋人の貢献は大きかっただろう。最後の方も一位と二位とではまだ少し差が開いていたくらいだ。


「もう昼休みだし、戻った方がいいかもな。秋人も応援合戦の準備があるから時間無いだろうし」

「......もしかして宮野先輩にパン食い競走を頼んだのって、柳瀬先輩ですか」

「あー、あれな。面白かったろ?」

「はい。とっても」


 あの時の光景を思い出したのかクククッと准が笑う。

 この人とはすごく気が合うかもしれない。そう思いながら、瑞月は「じゃあ、戻ります」と言ってぺこりと頭を下げた。准が手を上げ、それを見てから瑞月はクラス席の方へ向かう。


「あ」


 そういえば、里依の事をすっかり忘れていた。けれども今から戻るのも面倒臭い。

 きっと、退場門で待ってなかったことで彼女は怒るだろう。


 漫画の効果音を体現したかのようにぷんぷん、と機嫌を損ねる里依の顔を思い浮かべ、しばし考え込む。


「デザートあげるか」


 仕方ない、と呟いて瑞月はまた歩き出した。

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