表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
赤い傘、君と二人  作者: 文月 彩葉
二、少女漫画はわりとファンタジー
49/65

49可哀想な彼

 瑞月たちが図書室に着き、秋人と合流した数分後に扉を開けて誰かが入ってくる。もちろん、その人物は里依によって呼び出された“犯人”だ。

 ある程度予想はついていたが、彼はやはり先週悟に敵意を向けていたクラスメイトの男の子だった。

 指定した時間__四時ぴったりに来たところを見るに、瑞月の予想通り恐らく彼は里依からの告白を期待していたのだろう。心なしか、そわそわしているように見える。


「......小日向さん?」

「あ! こっちこっち」

「話って何__」


 そこでようやく瑞月たちの存在に気が付いた彼は少し驚いたような表情を浮かべたが、悟の姿を認めると全てを理解したような「あぁ」という自嘲の響きをもった声を出す。

 その顔を見ながら、瑞月は彼の名前を思い出そうとしていた。

 小林か大林か、確かそんな名前だった気がする。


「ごめんね、竹林(たけばやし)君。ちょっとお話させて?」


 「竹林か......」瑞月がぽつりと呟く。

 幸い誰にも聞こえていなかったらしい。申し訳なさそうな顔を作った里依が竹林に椅子をすすめた。


「......話すことなんかない。悪いけど部活行くから」

「そっちになくてもこっちにはあるの。部活の方はあらかじめ遅れるって伝えてるから大丈夫だよ」


 つべこべ言わずに座りなさい、と笑顔で押し切った里依の勢いにおされた彼は近くの椅子に腰を下ろす。

 何から何まで可哀想な人である。

 ふといつもの席に座っている秋人を見れば、彼は我関せずとでも言うようにただ本を読んでいた。

 今回の件に秋人は全く関係ないので当たり前と言えばそうなのだが。


 彼は瑞月たちと少し離れた場所にいるため、お互いが椅子に座ってしまえば相手のことはみえなくなってしまう。

 いつもよりページをめくる頻度がかなり少ない秋人は瑞月が座る前に目を上げた。

 しかし瑞月は目が合う前に顔を背けて座ってしまう。どうしてか気まずいような感覚になってしまったのである。

 あからさますぎただろうか、と不安に思うが今はそんなことを気にしている場合ではない。後で謝っておこうと思いつつ頭を切り替えることにした。


 全員が席についたのを見て、里依が悟と目を合わせる。

 悟は一つ頷くと、口を開いた。テレパシーでも使ったのではないだろうか、と思うくらいに自然な流れだった。


「率直に言うけど、今日あったメニュー案事件について、全て知っているんだろう?」

「全て......知っている?」


 どうして「お前がやったんだろう」と言わず、そんな表現にしたのだろうか。

 そんな疑問がこもったような里依の不思議そうな声に悟は続ける。


「たぶん、ぐしゃぐしゃにしたのは彼自身だったと思う。それに、急いで机の中に戻すときにも余計酷くなってしまったんだろうね」


 誰も喋らない。ただ静かな時間が流れる図書室で、決して焦らない、いつもと同じ口調の悟の声だけが聞こえる。

 竹林は見られないように顔を背け、悟はそんな彼を真っ直ぐ見つめていた。

 きっとその視線も竹林に顔を背けさせている原因なのだろう。


「よく思い出してみて。あの紙は土がついていなかった?」

「そういえばついてた」

「でも、それっておかしくないかな」


 どう思う? と唐突に話をふられて瑞月は目を瞬かせる。

 しかし悟の考えについては自分も恐らく同じようなことを考えていただろう、と答えはすぐ口に出た。


「元々下に落とす予定ならわざわざ教室に戻ってきて机の中に入れるなんて面倒なことはしないだろう、ってことかな」


 悟が満足そうに頷く。


「動けば動くほど目撃者も増える。俺なら、下に捨てたままにするか学校の外で捨てるだろうな」


 確かに、と里依が感心したように呟いた。

 対して瑞月は、やはり同じことを考えていたのか、と思う。

 悟の言う通り、もし故意に土をつけたとしてもそれを教室に持ち帰り机の中に入れるメリットがないのである。

 泥で酷く汚れているのならまだしも、砂が少しついていた程度で他に目立った汚れはなかった。


 本当に嫌がらせがしたいのなら、近くに水道があるのだからそこで紙を水浸しにして、それを机の中に入れればいいのだ。

 きっとかなり効果的だろう。


「それなら、落としたのはわざとではなかったと考えるのが妥当だよね。......そうなると、紙をぐしゃぐしゃにしたのだって本当にそうするつもりはなかったのかもしれない」


 悟が竹林にちらりと目を向ける。

 相変わらず反応はない。


「それに、見てたから。お前が紙を拾い上げて戻っていくのを。その時土を払っていたのを見ていたのにどうしてそれが故意だと言える?」


 そこでようやく竹林が顔を上げた。

 何か言葉を返す、というよりは単純に悟の発言に驚いたのだろう。けれどこのままだんまりを決め込んでいても早く終わりはしないと分かったのか、口を開く。


「......確かにその通りだけど、それで、話ってこのことかよ。もうやらないし邪魔もしない。これでいいだろ」

「まだ、話は終わってないよ」


 悟にしては珍しい強めの口調に瑞月と里依が二人して彼の顔を見る。

 竹林も意外に思ったのか、上げかけていた腰を止めて、そのまま元の位置に戻す。


「......今回の件、やったのは俺のせいでしょ」

「え? なんでまっきーのせい?」


 瑞月と里依は思い当たる節はなく首を傾げたが、竹林にはあったようだ。

 諦めるようなため息を吐き出した。


「お前が悪いわけじゃないだろ。......ただ俺が勝手に嫉妬してやったことだ」

「知っていて何もしなかったのに、自分は悪くないなんて主張するつもりはないよ」


 話は見えないが、今は二人の話をしているのだろう、と瑞月たちは見守ることにした。

 話している時の雰囲気から、彼らが元々は仲が良かったのであろうことがわかる。

 竹林も、先週のように敵意をむき出しにすることはなく、むしろ冷静だ。日を置いて頭が冷えてきたのだろうか。


「もっと方法はあったはずなんだ。だから、もう一度、やり直させてほしい」


 真剣な悟の言葉に竹林が息を呑む。

 少し目線を彷徨わせた彼だったが、図書室に来てから初めて悟と目を合わせると、確かに頷いた。


「俺も、悪かった。特にクラスの皆にはすごく迷惑かけたし、償いになるか分からないけどちゃんと準備手伝うよ」

「ありがとう」


 話が終わると竹林は「部活行ってくる」と言って図書室を去っていった。

 しかし、解決して「良かったね」と笑顔を向けた里依に返した悟の声には元気がない。

 彼の表情はすっきりとは程遠く、どちらかと言えば悲しそうな、以前にも見たあの顔をしていた。

あだ名は「ちくりん」に決定

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ