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赤い傘、君と二人  作者: 文月 彩葉
一、とある日常で
4/65

4開会式はどこの学校も大体長い

 五月の中旬。日差しはまだそんなに照りつけてこない。木々の葉を揺らした穏やかな風が瑞月の頬を撫でていく。瑞月は頭上に広がる青い空を見上げ、目を細めた。

 朝早くはまだ少し肌寒く、瑞月は体操服の上にジャージを着ているにも関わらず腕を擦る。


『開会式を行います』


 現在、瑞月の学校では体育祭が行われていた。

 放送部がマイクで開会の合図をする。彼らは進行役だ。生徒会長の挨拶、細かい規定や点数の付け方などが説明され、最後に校長が話をする。


 校長が出てきた辺りで大体の生徒達は欠伸をしたり、もぞもぞと動き出す。校長の話というのは大抵長いのがセオリーだ。瑞月の学校の校長も例に漏れず話が長い。

 ちなみに準備体操はこの学校では開会式の前に行う。


「瑞月」


 前で校長が話しているというのに後ろから声をかけてきた里依を無視して、瑞月は前を向き続ける。

 身長も近い二人は、体育の並び順すら前後なのである。

 相手をしてもらえないと理解し一度は諦めた里依だったが、校長の話が五分を過ぎた頃、痺れを切らしたように瑞月の肩を叩いた。


「瑞月ー。みーつーきーさーん。身長155cmに満たなくて一日ずっと不機嫌だった森山瑞月さーん」

「うるさい何」


 遂に無視し続けられず、瑞月は顔は動かさずに声だけ返した。

 素っ気ない言葉だったにも関わらず、反応したのが嬉しかったのか里依は更に元気に話をし始める。


「校長の話終わったら100m走だね! 応援してるから一位もぎ取ってこい」

「なにその無茶振り自分勝手すぎるでしょ。わけ分かんないんだけど」

「でもその次にパン食い競走ってすごくない?」

「話を聞け」


 瑞月とて、里依とはもう3年以上の付き合い。今更彼女の対応にイライラすることはない。

 あぁ、またか。そんな程度である。

 無性に舌打ちをしたくなる時ならばよくあるが。そんな時は、全ての思いを込めた息を文字通り吐き出すのだ。


 瑞月は深いため息を一つ吐いた。前では校長がまだ話を続けている。

 仕方がない。瑞月は里依との会話を繋げることにした。


「なにがすごいの?」

「いや、だって朝一からパン食うんだよ?わざわざ100m走の直後に」


 すごくない? という里依の問いかけに瑞月は「別に」と首を横に振る。

 しかし瑞月の反応はさほど興味がないのか、里依は「それにしてもさぁ」と話を続けた。


「パン食い競走ってシュールだよねぇ」


 昨日の瑞月が思っていたことと同じことを言う里依。なんのデジャヴだろう。瑞月は不意に、秋人がパン食い競走に出る、と言っていたことを思い出した。

 思わず、瑞月の口から堪えきれなかった笑い声が漏れる。


「どうしたいきなり」


 驚いたようにきいてくる里依「なんでもないよ」と返した瑞月だが、未だに笑いが治まらない。ついには顔を伏せて苦しそうに笑い続けている。


 瑞月は秋人がパンをくわえて走っている姿を思い浮かべて笑っていのだが、里依はそんなことを知っているはずがない。そのため、困惑しきった表情を浮かべている。

 眉を寄せ、怪訝な顔をしているであろう里依に瑞月はもう一度さっきのセリフを繰り返す。


「いや、ほんとにっ、なんでもないから」

「珍しいな、瑞月がそんなに笑ってるの。......気になるけど、まぁいいか」


 話が一段落ついた頃、丁度校長の話が終わったらしい。起立するように指示され、生徒達はまるで「よっこいせ」と言っているかのようにのろのろと立ち上がった。

 瑞月達も彼らと一緒に立ち上がる。


 瑞月は最初の競技である100m走の招集がかかっているため、その他の生徒たちとは別行動。一人テントのある方へ向かった。



 結果から言えば、瑞月は二位だった。可もなく不可もなく、どちらかと言えば可。そんな結果に満足しつつ退場した瑞月は、退場門のすぐ側で待っていたらしい里依に捕まった。


「一位取れって言ったのにー。瑞月のアホーバカーマヌケーおたんこなすー」

「なんで取らなきゃいけないの。というかその罵倒古い」


 おたんこなすなんて今どき使うのだろうか。呆れたように息を吐く瑞月に里依は唇を尖らせ「だってぇー」と、まるで悪いことをした子供が使いそうなことを言う。


『パン食い競走を始めます。走者は所定の位置について下さい』


 放送部が次のプログラムの開始を合図し、体育委員がピストルを構える。この競技は二年生男子かららしい。

 四番目のレーンに秋人を見つけ、思わず瑞月は退場門の近くに寄った。瑞月の傍に里依もやって来る。

 瑞月の視線を追った里依が目立つ金髪を見つけ「あぁ」とどこか納得したような声をあげた。


『位置について......よーい、どん!』


 一斉に二年生男子達が走り出す。

 トップに躍り出たのは秋人。瑞月も秋人に他の出場種目を聞いて大体の予想はついていたが、秋人は瑞月の予想以上に足が速かった。

 みるみるうちに他の走者達との差をつけ、ぶっちぎりのままパンが吊るしてある所まで走っていく。止まらないのか? と見ている側が疑問に思うくらいの速さで。


「あれ、走り抜けるわけじゃないよね? ちゃんとパンくわえるよね?」

「......たぶん」


 里依の問いに瑞月は自信なさげに答える。

 恐らく見ている生徒達も里依と同じことを思っているのだろう。皆、日の光が反射して輝く金色の髪の主を目で追っている。彼らの表情は皆、どこかはらはらしているように見える。


 そんな周囲のことなど全く気にせず、秋人は走っていた勢いのまま飛び上がった。パンをくわえ、そのまま宙でクルリと一回転し着地とほぼ同時にまた走り出す。素晴らしい身体能力である。


「ほわぁ。すっごいね! あれ、二年の宮野先輩でしょ? あの人ほんとに人間?」

「たぶん、ファンサービス的な感じだと思う。人間なのかはちょっと分かんなくなってきた」

「宮野先輩そんなにサービス精神旺盛な人だっけ」

「......さぁ?」


 瑞月はゴールに向かって走る秋人に目線を戻す。

 パンの取り方はかっこよく、実にすごいのだが、パンが入った袋をくわえながら走る姿はとても面白い。

 くくくっ、と喉を鳴らして笑う瑞月に里依がギョッとして有り得ないものでも見るかのような目を向けた。


「笑ってんのあんただけだよ。他の女子はみんな先輩に見蕩れてるのに」

「いや、だって、面白いでしょ? めちゃくちゃシュール」

「......最初もしや瑞月は宮野先輩が好きなのかと思ったけど、なんか違うな。いや、そういう愛もあるのか?」


 考え込む里依に瑞月は「ないから」と言い、苦笑する。

 そんなんじゃ、ない。この関係をなんと言うのだろうか。何にせよ、それはきっと、瑞月と秋人にしか分からないことなのだ。


「別に、恋愛的にどうこうは思ってないよ」

「ふーん。でも__」

「__森山さん?」


 里依の言葉に被せるように、少し低めの柔らかい声がした。聞き慣れた声に呼ばれて瑞月が振り向く。

 そこにはやはり秋人がいた。あれだけ動いたというのに、汗一つかいていない。見ているだけで暑くなる人がいれば、涼しくなる人もいるものなんだな、と瑞月はふと思う。


 退場門から出てきた秋人が瑞月達のもとへ向かい、瑞月の前で立ち止まる。

 瑞月が秋人にペコリと頭を下げた。


「一位おめでとうございます」

「ありがとう。森山さんも100m走お疲れ様」

「ありがとうございます。なかなかに面白い絵面でした」

「そこら辺はもう忘れて」


 苦虫をかみ潰したような表情を浮かべて秋人が瑞月から目を逸らす。

 そこに、一人の男子生徒が走ってきた。恐らく二年生だろう。彼が着ている体操服は二年生用の青いラインが入っているものだった。


 学年を見分けるためか、胸の部分に刺繍された名前以外に三学年それぞれでラインの色が違うのだ。

 瑞月たち一年生は赤、二年生は青、三年生は緑である。


「おーい、秋人ー。リレー出るんだろ? 呼ばれてんぞー!」


 その男子生徒は秋人の側まで向かいながら大声で言った。それを聞いた里依が「あー!!!」と叫ぶ。

 あまりの大声に、思わず瑞月がビクッと肩を揺らした。


「どうしたの里依」

「瑞月! リレー行ってくるから応援してよ!!」

「えー」


 秋人も、里依のように騒がしくはないが「あ」と声をあげて、瑞月に向き直った。


「ほんとだ。じゃあ、また後でね森山さん」

「はい。頑張ってください」


 爽やかな笑顔を残し走り去って行く秋人の背中を瑞月が見送る。

 そんな二人のやりとりを側で見ていた里依は頬を膨らませた。


「ちょっと瑞月、私はー?」

「あーハイハイガンバッテネ」

「ひどい!!」


 応援してやったじゃないか。

 泣き真似をする里依に「早く行け」と手を振る。

 もう時間がないらしく、不満そうにしながらも里依は秋人の後を追って走り去っていった。


 残された瑞月と男子生徒は少しの間、互いを見つめ合う。

 秋人のことを下呼びするくらいだから、仲が良いのだろう。けれど自分が関係することではないし、と瑞月は会釈だけしてその場を去ろうとした。


 男子生徒が瑞月に声をかけたせいで、できなかったが。


「......君が、最近秋人に本を貸してるっていう一年生?」

次話から、数日間を空けつつの更新となります。今後ともよろしくお願い致します。

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