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赤い傘、君と二人  作者: 文月 彩葉
二、少女漫画はわりとファンタジー
38/65

38何か恨みでも

 完全なる日常パート

 二日目は前日の経験もあったからか、他の人が動いている間に少しゆっくりすることも可能なほど一日目よりも瑞月たちの動きは良くなっていた。

 昨日は六人全員で動いても忙しかったが、今は四人が動ければ十分手が回る。


 しかし、瑞月と由紀子は部屋に戻ってからも夜遅くまで里依の話に付き合わされたため、少し寝不足である。

 客の目に入らない場所で瑞月はあくびをする。ふと由紀子の方も見れば、彼女も見えないようにではあるが、眠そうに目を擦っていた。


 その原因の里依は今日も元気いっぱいだ。

 よく動き、時には周りから声をかけられ、それに対しても満面の笑顔で言葉を返している。もはや看板娘と言っていいほどの人気だった。

 その姿に少々苛立ったのは言うまでもない。


「森山さん、大丈夫?」

「あ、看板息子......」


 女の子を看板娘と言うに対して男の子は看板息子と言うらしい。これはいつもの如く里依情報だ。

 言ってから自分の失言に気付いた瑞月が慌てて誤魔化すように咳払いをする。

 それを見ながら、声をかけた秋人が心配そうな顔をした。


「もしかして寝不足?」

「ちょっと里依が」


 みなまで言わずとも彼には伝わったようだ。「あぁ」とどこか遠い目をする秋人だったが、それを伏せると短いため息を吐いた。


「本当に、あの二人には振り回されるよね......」

「二人?」

「小日向さんと奏汰君」


 秋人が言っているのは里依の彼氏の楢葉 奏汰(ならば かなた)のことである。

 先週里依の誘いにより、四人でダブルデートという名目で水族館に行ったのだが、奏汰には瑞月も秋人も大分振り回されたのだ。

 どうして今彼の名前も出てきたのか不思議に思うが、それより先に瑞月の中には違う疑問が生まれていた。


「いつの間に下の名前で呼ぶようになったんです?」


 水族館へ行った日までは確かに『楢葉君』と呼んでいたはず。

 瑞月の質問に秋人は微妙な表情を浮かべた。困っているようで、苦虫を噛み潰したような、それでいて呆れているふうにも見える。それら全てが混じりあったかのような顔に瑞月が首を傾げる。


「実は四日前に奏汰君から電話がかかってきて、それから呼び出されるようになっちゃってね」

「連絡先交換してたんですか」

「いや? してなかった」


 秋人の答えに瑞月は眉を寄せた。

 ならどうして奏汰は秋人に電話をかけれたのだろう。

 少し考えて、ある答えに辿り着く。


「里依ですか」

「らしいよ」


 恐らく、秋人を夏合宿に誘うために瑞月の携帯を借りた時に覚えたのだろう。

 もしくは奏汰に秋人の連絡先を知らないか聞かれていて、もともと彼のために覚えておく気だったのか、紙に控えておいたのか。

 どちらにしても、と瑞月が先程の秋人のようにため息を吐く。


「大変ですね」

「まぁね。あんなに連日外へ出たのは初めてだったよ」

「まさか毎日呼ばれたんですか」

「最終的に准までも」

「むしろすごいですねあの人」


 というか准の胃は無事だろうか。

 さすがに秋人の前でそれを口にすることは出来なかったため、心の中で准に向かって合掌しておく。


「......そろそろ戻ろうか」

「......そうですね」


 これ以上話しても疲れが蘇るだけだ、ともうすでに疲れきった表情をした秋人が言う。

 そしてまた、二人は深いため息を吐き出すのだった。



 昨日の夜に里依が言っていた休憩を取れたのは2時くらいになってからだ。


 彼女の言う通り、秋人を外に出すという案は実に効果的だった。

 店内にもそれほど客は残らず、これならスタッフは二人いれば十分だろう、ということで秋人以外の五人を前半と後半に分けて休憩に出ることになったのである。

 もちろんその間秋人はずっと外に出ていないといけないが、彼は店内にいても店外にいても大変なのでせめて休憩中は好きにしていい、と全員の意見が一致したのだ。


 最初は里依と悟が店に残ることになり、瑞月たち四人はさすがに海で泳げるほどの時間の余裕はないため、他の店を回ることにした。

 まずはかき氷を食べたい、という由紀子の意見により、かき氷を売っている店まで歩く。


「かき氷なんて久しぶりだなぁ」

「確かに。小学生以来かも」

「それは久しぶり過ぎない!?」

「そうかな」


 由紀子のツッコミに瑞月は首を捻る。

 かき氷なんて小学校で毎年夏にあった祭りくらいでしか食べる機会が無かった。


「僕らもそんなものだよね」

「確かになぁ。わざわざ買いに行こうとも思わないしな」


 秋人と准も瑞月と同じような感じだったらしい。彼らの場合はかき氷すら食べなかった年もあったようだが。

 それを聞いた由紀子が「へぇ」と不思議そうな声を出す。


「私の学校は祭りなんか無かったですよ。してもせいぜい盆踊りくらいで」

「盆踊りさせられるのか......」


 准が見るからに嫌そうな表情を浮かべた。

 どうしたのか理解できなかった由紀子に秋人が教える。


「准は踊り全般が苦手だからね」

「そうなんですか!」


 可愛い! とでも言いたげな顔をする由紀子に瑞月が苦笑した。

 少しは隠したらどうなんだろうか。これでは准も彼女の好意に気付いてしまうだろう。それともそれが狙いなのかもしれない。


 いつの日か、里依が「恋は戦」だと言っていたことがある。由紀子は准を落とすのに全力をかけているようだ。

 クラス内でのしっかり者の彼女からは想像することは難しいであろう、攻めまくる様子は見ている分には楽しい。


 ただそれは、瑞月が彼女たちの恋に全く関係がないからの話であって、由紀子の突飛な言動に振り回される人はたまったもんじゃないだろう。その最たる例が悟である。

 その分早く他の人に彼女を譲りたいだろうが、譲られた相手に多大な迷惑がかかるのではないかと心配する彼の様子が目に浮かぶ。

 遠足の時の彼の表情に隠れた思いが、今ではよく分かる気がした。


 悟は苦労するだろうな、と瑞月は店内で頑張っているであろう彼に同情の眼差しを向ける。

 するとちょうどその方向に秋人がいて、思わず目を眇めた。


「森山さん?」


 どうしたの? と聞いてくる秋人に瑞月は「先輩の頭が眩しくて」と答える。


「あっいや別に先輩の髪が無くなってるから光が反射して眩しいとかじゃなくてただ髪の毛がきらきらして眩しいなって。先輩の髪の毛は健在ですよ!」

「わざわざ弁明しなくて良かったんだよ?」


 秋人に笑顔で圧力をかけられた瑞月は目を逸らしてあははー、とわざとらしい笑い声を上げた。

 秋人はというと、少し気にするように自分の髪を触る。


「昨日からやけに僕の髪について触れてくるけど、何か気に障ることでもしたかな」

「このネタ体育祭の頃から始まってますよ」

「ネタ......」


 苦笑いしかできない、と言いたげな秋人に瑞月が言う。


「日々ストレスを抱えているであろう秋人先輩が安心して髪の毛が生えていることを確認できる......かなって」

「なんで最後に顔を逸らしたの?」


 本当の事を言えばただ楽しいからなのだが、それを言うのもなぁ、と瑞月は最後まで誤魔化し通すことにした。

 そうしてしばらく攻防を続けていた二人だったが、段々可笑しくなってきて一緒に笑い出す。

 准と由紀子は瑞月たちの少し前を二人で歩いているため、後ろの様子には気付いていないようだ。


 そうこうしているうちに店に着いて、准が女子二人に注文を聞く。どうやらまとめて買ってきてくれるらしい。


「森山ちゃんは?」

「じゃあ、レモンで」


 瑞月からお金を受け取り、「了解」と秋人を連れて離れていく背中を見送りながら瑞月はぼんやりと思う。

 レモンって、先輩の髪が思い浮かぶな。

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