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赤い傘、君と二人  作者: 文月 彩葉
二、少女漫画はわりとファンタジー
31/65

31お腹いっぱい

 その後も四人で会話をしながら中をまわり、順調に半日が過ぎようとしていた。

 四人で、とは言っても基本喋るのは瑞月と里依の二人で、男二人は彼女たちの会話に時折相槌を打つ程度である。


 昼食は館内で売っているパンを食べることにした。さすがは水族館と言うべきか、全て魚の形をしている。魚と言っても、亀や蟹なども混じっているのだが。

 その中の一つであるイルカの可愛らしい形に、「食べれないー」と見悶える里依を秋人が苦笑しつつ、早く食べるよう諭す。


 ベンチに座り、空になったパンの袋を小さく結びながらそれを見ていた瑞月は、あることに気がついた。

 秋人が、普通に女子と接している。それこそ、いつも瑞月と接するような態度で。

 思い返せば、里依がダブルデートの話を持ち込んできたときもそうだったような気がする。

 自分の、友人だから、だろうか。


 そんな瑞月の思考は、突然声をかけられたことにより引き戻された。


「妬ける?」

「えっ......?」


 瑞月と同じくパンを食べ終えたらしい、奏汰が隣に腰掛ける。その目は里依と秋人に向けられたままだ。


「......楢葉さんは」

「奏汰でいいよ」

「はぁ」


 苦手だなぁ、このノリ。と瑞月が苦笑を浮かべる。

 下の名前で呼び合うという、いかにも人気者グループっぽい行為は、大体の人を名字で呼んでいる瑞月としては慣れないものなのだ。


 しかし、断る理由もない。

 言われればその通りに呼ぶ。これもまた、いつもの瑞月である。要するに、人の呼び方にさほど興味がないのだ。

 里依だって、彼女が何も言わなければ瑞月は今も「小日向さん」と呼んでいたことだろう。


「奏汰さんは、嫉妬してるんですか」


 奏汰が一瞬、瑞月に目を寄越す。

 しかしすぐに元に戻すと、彼は小さく微笑んだ。


「君と彼は、付き合ってはいないのかな」

「なんでそんなこと」

「里依からは君たち二人とダブルデートする、としか聞いていなかったから。......どうにも君と秋人君は、恋人同士というには、少し世間一般のそれとは違うように見えてね」


 瑞月の問いには答えず、まるで独り言のように語る奏汰に、瑞月が困ったような表情を浮かべて目を逸らした。

 もっとも、彼は瑞月を見ていないのだから、そんな行動も目に入っていないだろうが。


 確かに秋人とは恋人同士ではない。

 二人の間に僅かな距離があるのはよく見ていればすぐに気づくはずだ。


 それにしても、里依は何を考えているのだろうか。

 秋人の持っているパンを写真で撮り始めた里依を眺めていた瑞月は、首を傾げた。

 しかし、考え込もうとすると、奏汰の声がそれを邪魔する。


「気になるんだよねぇ」

「何がですか?」


 奏汰が、わざとらしく顎に手をあてて、顔を覗き込んでくる。その顔の近さに、瑞月は思わず仰け反った。

 奏汰は楽しげに笑うと、追い詰めるようにまた少し距離を縮める。


「恋人にしては遠いけれど、ただの知り合いというには少し近すぎる。一体、どんな関係なの?」


 色素の薄い瞳にジッと見つめられて、瑞月は手を伸ばし、すぐ側にある彼の体を押す。

 「ち__」近いです、と言おうとした矢先、別の腕が瑞月から奏汰を離した。


「さすがにそれは、見逃せないよ」


 里依と話していたはずの秋人が止めると、奏汰は大人しく瑞月から離れて「ごめんね、瑞月ちゃん」と素直に謝る。

 あっさり引き下がったのを見て、少し拍子抜けしたまま、瑞月は「大丈夫です」と返す。


「もー、奏汰君! 悪ふざけも大概にしてよね」

「ごめんごめん」


 パンを食べ終えて秋人と共に話を聞いていたらしい、里依が頬を膨らませて怒る。

 それを宥めに立ち上がった奏汰を見送った秋人が、入れ替わるように瑞月の隣に腰掛けた。

 そこでやっと気分が落ち着き、瑞月は息を吐き出す。


「大丈夫?」

「はい。ちょっと、驚いただけです。奏汰さんも本気で私をどうこうしようとは思ってなかったみたいですし」


 心配させないように笑いかけ、秋人が瑞月を見つめたまま固まっていることに気がつく。

 「先輩?」と声をかけると、秋人は「あ......えっと」と何やら言いにくそうにしながら繕ったような笑みを浮かべた。


「さっきまで、楢葉さん、じゃなかった?」

「下の名前で呼んで、と言われたので」

「そう......」


 いつもと違う様子に瑞月が心配げな表情を見せる。

 なんだか今日の彼は、少し、余裕が無いように思う。瑞月がそう感じ始めたのは、電車を降りてからだ。

 あのときも、彼は同じような反応をしていた。


「そうだ、森山さん」

「はい」

「もうすぐイルカショーやるらしいんだけど、行かない?」


 秋人がわざと話を逸らしたことに気づきながらも、瑞月は深追いすることができない。

 きっとこれが奏汰の言う、「恋人にしては遠い」ということなのだろう。


 お互いが、相手の深い場所へ足を踏み入れないように、少し近づけば少し離れて、を繰り返している。けれどそれは、相手を思っているが故に、関係を壊したくないが故にしてしまうことでもある。

 だからこそ、周りから見た二人の距離は近いようで遠いのだ。


「......行きます」


 返事をした瑞月に頷いた秋人は立ち上がり、未だ膨れっ面のままでいる里依に声をかける。


「小日向さん、森山さんがイルカショー行くって」

「ほんとですか! じゃあ早速行きましょう!」


 よほどイルカショーに行きたかったらしい。途端に機嫌を直した里依はさっと瑞月の前まで来ると、言葉を発する暇もなく、瑞月の腕を引いて歩き始めた。

 慌てて近くのゴミ箱へ、手に持っていたパンの袋を捨て、里依に引かれるまま歩く。どちらかと言うと、引きずられていく、と言った方が正しいかもしれない。


「__ごめん」

「え?」


 突然謝られた瑞月は驚いて里依を見る。もちろん、彼女は真っ直ぐ前を見たままだ。


「奏汰君、たまに暴走するんだよね」

「暴走......なの?」

「なんか、特に知りたいことは放っておけない性格で」

「それはまた」


 好奇心旺盛だね、と瑞月が苦笑する。

 探究心があるのは良いことかもしれないが、彼は少しやり過ぎだと思うところがある。それが暴走、ということなのだろう。

 しかし、瑞月としては、奏汰はもう少し考えて行動しているように見えていた。そうではないのだろうか、と首を傾げると、思考を読んだかのように里依が口を開いた。


「でも、いきなり、ましてや女の子にあんな事しないんだけどなぁ」


 そうぼやく里依を横目に、瑞月はふと上を見上げ、一つ息を吐く。

 なんにせよ、楢葉 奏汰という人間は、かなり面倒な部類に入りそうだ。


「あの人と付き合っていけるの?」


 気になって問いかけた瑞月の言葉に、里依が「もちろん」と自信満々に即答する。

 納得がいかなくて、眉を寄せる瑞月に、「だって」と彼女が言う。


「そういうところ含めて好きなんだから」

「あっそ」


 惚気かよ、と瑞月は再度深いため息をこぼした。

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