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赤い傘、君と二人  作者: 文月 彩葉
二、少女漫画はわりとファンタジー
26/65

26嵐は突然に

 期末考査が終わった、夏休み直前の放課後、いつものように図書室にて瑞月(みつき)秋人(あきひと)は読書をしていた。

 いや、いつもならば瑞月は自習をしているところなのだが、しばらくは勉強をしたくない、と読書をすることにしたのである。


「森山さんはもうすぐ水泳終わりなのかな」

「そうですね、今週で最後です」


 でも、なんでですか? とその問いかけの理由をきくと、秋人は読み終わった本を静かに机の上に置いた。


「女子が終わったら、次男子が水泳始まるから、もうそろそろかな、と思ってね」

「中学は男女一緒だったんですけど、高校ではそうじゃないんですよね」


 瑞月の言葉に秋人は「それは流石にね......」と苦い表情を浮かべる。


「思春期の男子を舐めちゃだめだよ」

「舐めてるつもりはないんですけど、やっぱり気になるものなんですか?」


 男子はその......女子を。と微妙に言葉を濁しつつの問いに秋人は真剣な眼差しを向けた。

 少し嫌な予感がした瑞月は僅かに頬を引き攣らせる。しかし、後悔してももう遅い。既に秋人は口を開いているところだった。


「あくまで、一般的には、気になるものだろうね」


 あくまで、と一般的には、をかなり強調して返された答えに瑞月は苦笑する。


「先輩はそうじゃない、と?」

「ごく普通の男子並には興味がある、と言ってもいいかもしれないけど、少なくとも誰彼構わず気になる、なんてことはないかな」


 その言葉に目をぱちくりさせた瑞月を見て、秋人が「どうかした?」と首を傾げた。


「誤魔化さないんですね」


 以前までの秋人ならば「気にならないかな」と言うか、もしくは答えないかだと思っていたのだ。

 その予想を裏切る言葉に瑞月は少なからず驚いていた。

 そんな瑞月に秋人は言う。


「気にならない、って言っても嘘くさくなるだけじゃない?」

「まぁ......二次元じゃないんだから、とは思います」


 「だよね」と秋人は頷き、机に肘を置いて頬杖をつく。

 その拍子に彼の金髪がサラリと前に落ちる。それを耳にかけつつ、秋人は軽く目を伏せる。

 その色っぽい仕草に、瑞月は気まずげに目をそらした。


 そんな微妙な静寂を壊すかのように、勢いよく図書室の扉が開かれた。


「瑞月ー!」

「......里依(りえ)?」


 驚きを隠せない瑞月に、そのまま入ってきた里依は掴みかかると、グラグラと揺らし始める。


「助けてー! 瑞月さんー!」

「ちょ、わかったから、落ち着いて」


 ギブギブ、と里依の腕を叩いて、やっと手を離してもらい、瑞月は息を整えるために大きく息を吐いた。

 里依もだいぶ落ち着いてきたようで、額に滲んだ汗を拭っている。

 その一連の流れを見ていた秋人は里依に椅子をすすめ、話を聞く体勢を整えた。


「それで、どうしたの?」

「ちょっとお願いがあるんだけど」


 瑞月に答えた里依は深刻そうな雰囲気を出す。

 こういう時の里依の「お願い」というのは大体ろくなものが無い。

 宿題写させて、ならまだしも、毎朝お味噌汁作りに来て、むしろ嫁に来て、と言われた時は流石の瑞月も「は?」と返す他なかった。


 しかし、聞かないわけにはいかない。意を決して瑞月は口を開いた。


「何?」

「あのさ......」


 言い難そうにする里依だったが、覚悟を決めたのか、パッ、と顔を上げる。


「ダブルデートして!」

「......は?」


 思わず関係の無い秋人の顔を見てしまった瑞月に、彼は苦笑を返す。

 とりあえず話を聞いてみよう、と言うような表情をされたので、瑞月は里依に向き直る。


「えっと......誰と?」

「それなんだけど」


 里依は首を傾げた瑞月から目線をずらし、秋人にそれを向ける。

 何かを察知したらしい秋人が「あー」と声を漏らした。


「宮野先輩、お願いします! 瑞月と一緒に来てください!」

「私は参加決定なの?」


 頭を下げた里依は瑞月の呟きをスルーし、再度「お願いします」と言う。

 秋人は困惑したように眉を寄せていたが、このままではいけない、と里依に顔を上げさせる。


「お願いできますか?」


 期待に満ちた里依の目から逃れるように顔を逸らしつつ、秋人は言葉を濁した。

 しかし、ここで諦めるのならば里依ではない。

 彼女の目がキラリ、と光ったのを瑞月は見た。あ、めんどくさいやつだ、と瑞月は心の中で呟く。


「そうですかー、行けないなら、どうしようかなー、瑞月の相手役。最悪その辺の男の子捕まえてくるしかないかぁ」


 わざとらしく言葉の合間合間にチラ、と秋人を見る里依に、瑞月は驚いてバッと顔を向けた。

 捕まえてこれるかどうかは別として、本当にそうなったら困る。赤の他人と恋人のフリなど瑞月には到底出来そうもないことだ。

 そんな瑞月の様子を見ていた秋人が「分かった、行くよ」と言う。


「いいんですか!? ありがとうございます!」


 ほとんど脅しだったくせに。

 瑞月は里依に冷たい視線を送り、秋人は「まぁ、うん」と答える。

 きっと、さっきの選択を後悔しているだろうな、と申し訳なさそうな顔で秋人を見た瑞月に、彼は「気にしないで」と微笑んだ。


「それで、日にちは? 明後日から夏休みでしょ?」

「夏休み初日」


 予定ないでしょ、という里依に瑞月は、ないけど、と返す。

 部活に入っていないため、夏休みはほとんど予定などないのである。それは秋人も同じだろう。

 というか、つい数十分前くらいに「夏休みは自分で本漁りしようかな」なんて言っていたくらいだ。暇じゃないわけが無い。


 一応里依は秋人にも訊き、二人とも大丈夫なことを確認すると嬉しそうに瑞月の腕をぶんぶん振る。


「本当にありがとねー! じゃあ私帰るから、ばいばい!」


 勢いよく図書室を出ていった里依を呆然と見送り、瑞月は目を瞬かせた。

 次いで秋人に目を向け、口は開かずに「夢じゃないですよね」と言う。

 彼もそれを理解し、静かに頷く。


 そうして、口を開くのが嫌になるくらいの疲労を吐き出すように、瑞月と秋人はどちらからともなく、ため息をつくのだった。

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