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赤い傘、君と二人  作者: 文月 彩葉
一、とある日常で
24/65

24放たれる速球

 あの後、悟に急かされた瑞月は由紀子に連れられて川の側にいた。

 里依には由紀子から事実を聞き出してこい、という視線で送り出された。もちろん、言われずともそうするつもりだった瑞月は彼女に頷きを一つ返し、こうして二人で川の石に座り込んでいるのである。

 僅かに赤くなった手を水で冷やしながら。


「本当にごめん!」

「いいよ、気にしないで。中条さんは怪我とかない?」

「ないない! もう本当にごめんなさい」


 両手を顔の前で合わせて頭を下げる由紀子に「もういいから」と顔を上げるように言う。

 自分の方に顔を向けた彼女をちらりと横目で見やりながら、瑞月は口を開いた。


「そんなことより、中条さんって、牧原君とどういう関係?」

「そんなこと、って......。悟との関係? ただの幼なじみだけど......」

「幼なじみ!」


 なんて美味しい設定だろう!

 知らず知らずのうちに頬が緩んでしまう。里依だったら「妄想が捗る」と興奮を隠さずに言うだろう。

 そんな瑞月に苦笑を返した由紀子は、ふと思い出したように「あ、でも」と言った。


「私が好きなのは柳瀬先輩であって、悟とは何もないからね」

「__え?」

「ん?」


 聞き間違いだろうか、ともう一度同じセリフを言ってもらう。


「私が好きなのは柳瀬先輩であって」

「ストップ。......柳瀬先輩? 宮野先輩じゃなくて?」


 眉を寄せてそうきく瑞月に、由紀子は「えー?」と笑った。

 意味わかんないよー、ないない。という言葉が聞こえてくるような「えー?」である。

 文字にしたならば、ないない、の後ろに(笑)が付いていることだろう。


「なんで宮野先輩? というか柳瀬先輩って言って__」

「ないよ」

「ないね」


 言葉を遮るような瑞月の返しに、由紀子も真顔で頷いた。

 思わずジト目で彼女を見れば、彼女はたじろいで言い訳を始める。


「い、いや、だってね、あの時はまだ名前を知らなかったんだよ! あの後に色んな人に聞いて回って、やっと分かったんだから」

「へー」

「ほんとだって!」

「あぁ、うん。それは分かったんだけど......」


 どうやら今まで勘違いをしていたらしい。

 確かに思い返してみれば、由紀子は「体育祭の時に話していた先輩」としか言っていなかった。

 そう言われて、咄嗟に、一番仲の良い先輩を思い浮かべてしまったのだ。逆に、それで准を思い出せ、という方が無理な話である。


「と、いうことは、中条さんの好きな人っていうのは、柳瀬先輩だったってことだよね?」


 コクリ、と頷いた由紀子に瑞月はホッと安堵の息を吐いた。「......?」そんな自分に、首を傾げる。


 どうして安心してるんだろう。

 自分で自分が分からない。それほど、意識していなかった行動だった。

 単に、仲の良い友人を取られるのが嫌だったから、なのだろうか。


「......うん。それ以外にないな」


 黙り込んでいたかと思ったら唐突にそう呟いた瑞月に驚いたかのように、由紀子が「どうかした?」ときく。

 その問いに、なんでもない、と答えて立ち上がる。

 不思議そうな表情を浮かべた由紀子に、瑞月は手を差し伸べた。


「カレー出来たみたいだから、行こう」

「あ、あぁ、カレー......。うん、行こっか」


 瑞月の手を取って立ち上がった由紀子は、瑞月がそれを離そうとすると、掴んだ手をぎゅっと握って、里依たちのいる方へ向かう。

 予想外の行動に一瞬、目を丸くさせた瑞月だったが、結局何も言わずに彼女に手を引かれるまま歩き出す。


「あっ、瑞月! 手大丈夫?」


 戻ってきたのを見るや否や早速そうきいてきた里依に「大丈夫」と苦笑混じりに答え、目の前で手を振ってみせる。

 多少の赤みはあれど、跡に残るような火傷ではない。


 それを確認した里依が安心したように「良かったー」と呟き、次いで自分のリュックサックから塗り薬を取り出した。

 そのまま彼女は、瑞月も愛用しているそれを少量手に取って、火傷した部分に塗り込んでいく。


「愛でも生まれたの?」


 片方の手を由紀子に握られたままで、里依にもされるがままになっていた瑞月を見た里依が、塗り薬を仕舞いながら静かに言った。


「生まれてないから」


 瑞月も淡々と返し、悟と話をしている由紀子の手をやんわり外す。

 彼女は握っていたことが頭から抜けていたのか、恥ずかしそうに「ごめん」と謝ってくる。


「別にいいよ。......とりあえず、ご飯食べよう? もう準備終わったらしいし」


 瑞月たちがなんやかんやしている間に、他の班員たちが準備をしてくれていた。

 自分たちが早く食べたかっただけかもしれないが、どちらにせよありがたい事だ。

 由紀子たちと共にテーブルへ向かい、端から腰掛ける。


「いただきまーす!」


 全員が座ったのを確認してから、一番最初にカレーに手をつけたのはもちろん里依だ。

 そんな彼女に笑いながらそれぞれ手を合わせ、「いただきます」と声を合わせた。


 里依特製のカレーは好評だった。

 皆会話をしながら、食事を楽しんでいる。まさに、団欒。これが食事の本来あるべき姿なのだろう。

 微笑ましいな、と一人頬を緩めていると、右隣に座っていた悟が声をかけてきた。


「手、大丈夫だった?」

「うん、全然大丈夫。心配してくれてありがとう」

「本当に、由紀子が迷惑かけたみたいで、ごめん」


 頭を下げる悟に慌てて、そんなことないよ、と返す。


「そういえば、中条さんと幼なじみなんだってね。......率直にきいていい?」

「いいけど......何?」


 訝しげな顔をする彼に、思い切って訊ねることにした。

 由紀子の件で、下手に推測するよりもこっちの方が良いと判断したからである。


「牧原君って、中条さんのこと好きなの?」

「えっ!?」


 あまりにストレートな問いに、悟が軽く咳き込む。

 彼が落ち着くのを待ってから、もう一度きく。全く以て失礼であることは理解しているものの、瑞月としてはこの件をなんとか解決させておきたかったのだ。

 幸い、彼も気分を害した様子はなく、ただ困ったように眉を寄せて、笑みを浮かべるだけだった。


「全然そんなことないよ。由紀子の恋愛って一過性なものが多い上に、かなり他人に迷惑をかけるから、目を離してられないんだよ」

「なるほど......苦労、してるんだね」


 「ほんとに」とため息混じりに聞こえてきた言葉に、瑞月も遠い目をする。

 まるで、お母さんみたいだ。

 そんな考えに思わず笑い声が漏れてしまい、それを察したらしい悟に軽く睨みつけられた。

 ごめんごめん、と彼に謝りつつ、瑞月はふと空を仰ぎ見る。


 そこにはやはり、来た時と同じ青い空が広がるばかりで、何も変わった様子はない。

 それを眺める瑞月の頬を、爽やかな風が撫でていった。

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