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赤い傘、君と二人  作者: 文月 彩葉
一、とある日常で
17/65

17貢ぎ物ですか

 結局瑞月はアイスティーを頼んだ。またまた秋人と注文が被り、少し笑い合ったのは一時間ほど前の話である。


 現在、午後4時。喫茶店に入ってから一時間何をしていたのかと言うと、いつも通り読書である。

 一時間黙々と本を読み続けたのだ。


 もちろん、読んでいたのは今日秋人が買ったもの。散々探し回っただけあってどれも面白い話ばかりだった。

 その事に瑞月も満足していた。やはり至高の一冊を探し求めるというのは、宝探しのようなワクワク感がある。

 だから瑞月はいつもあの場所へ来てしまうのだった。きっとこれからは秋人もそうなってしまうことだろう。


 会計を済ませ店から出た二人は駅へ向かっていた。

 元来た道を戻りながら、瑞月がぽつりと呟く。その顔は、前に向けられたままである。


「......奢ってもらっちゃって良かったんですか」


 その言葉に隣に目を向けた秋人だが、瑞月と目が合わないのを見るとすぐに顔を元の位置に戻した。

 そう、秋人は会計の際「このくらい出すよ」と言って瑞月の分までお金を払ってしまったのだ。


 「確かにね」と秋人が言う。


「何が『確かに』なんですか」

「お金関係はきちんとすべきだよね。それがどれだけ親しき仲といえども」

「......分かってるならなんで奢ったりなんてしたんですか」


 今度は瑞月が秋人の顔を見る。

 やはり横顔しか見えなくて、結局また前を向くのだが。


 少しの間、返答もせずただ歩いていた秋人は、駅が見えて来た頃にやっと口を開いた。


「あのね、森山さん」

「はい」


 そこで一拍ためる。

 二人の目線は相変わらず平行線を辿ったまま、交わらない。

 かと思えば秋人は、まるで言い聞かせるかのような口調で瑞月に言う。


「男には男の、プライドってものがあるんだよ」

「はぁ......?」


 いまいちよくわからない、と瑞月は首を傾げる。

 そこでまた、一旦会話が途切れた。

 少し感じる秋人への違和感に、瑞月は訝しげな表情を浮かべながらもなにも言わない。

 彼もやはり、なにも言わなかった。


 駅まで辿り着き、ICカードで改札を通りながら、秋人は先ほどの言葉の続きを話し始めることにしたようだ。

 瑞月はその後ろに着いていきながら、朝とは逆だな、とぼんやり思った。


「君も既に知っている通り、僕はかっこつけだからね。いいかっこをしたいだけなんだよ」

「......それとこれとは別なんじゃないんですか?」

「同じだよ。......それに、一旦奢っておいて後でお金返して、なんて言えるわけがないでしょ?」


 これくらい、かっこつけさせてよ。


 そう言われてしまえば、瑞月はもうそれ以上、この件に関してとやかく言うことは出来ない。

 せいぜい彼の望み通り、お礼の言葉を述べることくらいしか。


「......ありがとうございます」

「どういたしまして」


 瑞月の言葉に秋人は、ほっとしたような笑みを見せる。


 「......ずるい」そんな言葉は、電車の到着する音にかき消されてしまって彼には届かない。

 やはり行きと同じように「行こう」と促されて、瑞月は電車に乗り込むのだった。




 「家まで送るよ」

 電車から降り、改札を出たところで秋人はそう言った。

 イケメンは、ご丁寧に女子を家まで送る生き物らしい。彼だけかもしれないが。


 時間もそんなに遅くなく、日も長くなってきていてまだ十分明るいというのに、秋人は瑞月を家まで送ってくれるらしい。

 駅前で押し問答するのもなぁ、と考えた瑞月は素直に頷き、彼の言葉に甘えることにした。


 歩いている間は、今日買った本について秋人が語り通していた。

 それほど気に入ってくれた、ということは瑞月にとっても嬉しいことなのだが、話が休まる気配が全くせず、相槌しか打てない。


 その上彼の話は段々マニアックなところまで到達し、最後の方には瑞月も「へー」「そうなんですか」「良かったですね」のような投げやりな返答ばかりになってしまった。


 普通逆だろ、女子か。というツッコミはもちろん心の中に閉まってある。

 ふと横を見た瑞月が「あ」と声を出す。


「ここです」


 瑞月が自分の家の前で立ち止まり、秋人も瑞月の数歩手前で止まった。


 「それじゃあ、ありがとうございました」


 ぺこりと軽く頭を下げてそう言い、早々に帰ろうとした瑞月を秋人は引き留めた。


 不意に腕を掴まれたことに瑞月はびっくりして秋人の方を振り向く。

 すると彼も驚いたような顔をしてパッと腕を離す。まるで銃を向けられた人のように両腕を上げた秋人に、瑞月が怪訝そうな表情を浮かべた。


「なんで先輩がびっくりしてるんですか」

「ほんとにね。びっくりだよね」


 ふざけてるんですか? と眉を寄せた瑞月に秋人は腕を下ろし、鞄の中を漁り出す。

 話を聞け、という言葉の代わりに彼を呼ぶ。


「先輩?」

「__はい、これ」

「え?」


 秋人が鞄から瑞月に差し出してきたのは、一つの小さな袋。紙袋だが、しっかりとラッピングが施されている。

 何ですかこれ、と秋人の顔を見る瑞月に、彼は袋を手渡した。


 恐る恐る開け、中に入っていたものを取り出す。


「......栞?」


 それは金属製の栞であった。

 かなり細部にまでこだわったデザインで、何かの植物とウサギがいることは分かるのだが、その植物が何なのかは分からない。

 ただ、かなりピンポイントで瑞月の好みであることは確かである。


 しかし何故秋人はこれを自分に渡したのか理解できない瑞月は、困惑げに彼を見上げた。


「えっと......これ、どうしたんですか? 貢ぎ物?」


 それに対して秋人は少し目を伏せる。彼の長いまつ毛がふっと影を落とした。


「僕的にはね、本を貸してもらってるのだってポイント制にしているのに、全くそれを使おうとしない森山さんには不満があるんだよ」

「あー......」


 そういえばそんな制度作ってたな、と瑞月は今になって思い出す。

 わざわざ彼にお願いすることなど何も無いし、完全に忘れていた。


「だから、こうやってちょっとずつお礼を返しておこうと思って」

「いや、別にお礼とか、気にしなくていいんですけど」


 学校に本を持ってきて、それを秋人に貸している。ただそれだけのことなのに。

 そんな思いが顔に出ていたのか、秋人が言葉を続ける。


「ほら、貯めてたら後々すごく大きいお願いごとされそうだから」

「保身か」


 冷たい視線を送る瑞月に秋人は苦笑いを返す。否定しないのがまた、彼らしい。

 はぁ、とため息を吐き出すと彼は「だから、どうぞ」といつもの微笑みを浮かべる。


「じゃあ、どうも」


 使わせてもらいます、と返した瑞月は今度こそ秋人と挨拶を交わし、家の中に入った。

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